第113話 厨房の見学

 馬車でたどり着いたのは、中心街から少し外れた小さな食堂だった。多分中心街の食堂よりその外の方が、アルテュル様が訪れていたことがバレないからだろう。

 中心街のお店は、貴族向けでなくても貴族の使用人がたくさん利用してるからな。


 馬車がお店の前にぴったりと止まり、馬車の扉が開かれた。扉を開いたのは、よくある貴族家の使用人の服を着ている男性だ。この人は王族の護衛の人なのかな?

 その男性に従って馬車を降りて、皆でお店の中に入っていく。お店の中に入ると、中には深く頭を下げて待っている人が二人いた。


「面を上げよ」


 ステファンがそう言うと、二人は頭を上げた。五十代くらいに見える男女だ。夫婦かな?

 というかそれよりも、凄い! めちゃくちゃカッコいい!! 面を上げよ、とか言ってみたい!

 王様みたいだ。まあ、ステファンは本物の王子様なんだけど、仲良くなったらたまに忘れそうになるんだよね。

 でもこういうところで思い出す。かっこいいなぁ。

 ステファンにはオーラがあるんだよね。人が無意識に従っちゃうオーラが。俺は全然ないからな……オーラ欲しい。


 そんなバカなことを考えていたら話が進んでいて、皆で厨房に行くことになっていた。

 厨房に行くと、ちょうど俺の実家と同じような作りで懐かしい雰囲気だ。母さんと父さん、マリーは元気かな。


「では、まずは鶏肉をそのまま焼いたものと塩をまぶして焼いたものを作ってくれ」

「かしこまりました」


 ステファンがそう言うと、二人はテキパキと動き始める。ただ顔は強張っていることから、かなり緊張しているようだ。手も震えているように見える。そんなに緊張しなくてもいいのに……

 俺は二人の緊張を少しでも和らげようと、二人の手伝いを申し出た。


「ステファン様、私もお二人を手伝っても良いでしょうか? 私なら何を説明すれば良いのかも理解していますし」

「確かにそうだな。ただ作っているところを見るよりも、説明してもらえた方がありがたい。レオンよろしく頼む」

「かしこまりました」


 俺は緊張している二人に近づいていく。すると、俺が近づくだけで二人はビクッとした。本当に可哀想なほど緊張してるな。

 俺は適度な距離を保ったところで立ち止まり、二人に挨拶をした。


「こんにちは。俺はレオンです。俺は平民だからそんなに緊張しなくていいよ。俺も手伝うから、もう少しリラックスしても大丈夫だよ」


 俺はわざと敬語を使わずに、平民だと言うことを信じてもらえるように話した。


「へ、平民なのか……?」

「うん! 王立学校に通ってるけど平民だよ。実家は西の外れにある食堂なんだ」

「そうか。それなら親の手伝いもしてたのか?」

「そうだよ! だから色々手伝えるからね」

「それはありがたいわ。よろしくね」

「よろしくな」


 二人は目に見えて顔の強張りが解け、ホッとした顔をした。やっぱり同じ平民がいると安心するよね。

 貴族だけだと、平民の気持ちなんてわかってくれなさそうって思うし。


「じゃあ始めようか。まずは鶏肉からだよね。鶏肉はある?」

「ああ、さっき必要なものは全て貰ったから、大量にあるぞ」


 おじさんがそうやって示した先には、大量の食料や調味料が置かれていた。こんなに大量にあったら、何人いても食べきれないレベルだよ。

 多分騎士の人たちも貴族だから、どのくらいが必要なのか分からなかったんだろうな。


「じゃあおじさんは鶏肉を準備してね。おばさんはフライパンの準備と竈に火を入れてくれる?」

「わかった」

「私はフライパンと竈だね」


 おじさんが食材の中から鶏肉を持ってきた。鶏肉は一羽丸々だ。肉屋で必要な部位だけ買えるのに、どこが必要か分からなかったんだな……

 おじさんはもも肉を取り出すみたいだ。


「アルテュル様、今おじさんが捌いているのが鶏肉です。これは鶏肉一羽丸々ですので、ここからもも肉や胸肉など部位に応じて捌いていきます。本日はもも肉を使います」

「これが鶏肉……?」

「私も丸々一羽は初めてみたな」

「あまり美味しそうには見えませんわね」


 皆は結構引いてるみたいだ。ステファンとマルティーヌも丸々一羽は初めてなんだな。確かに俺も、丸々一羽の鶏肉はこの世界に来て初めてみた。

 リュシアンは動じていないようだけど、見たことあるのかな?


「ちなみに、おじさんが鶏肉を捌くのに使っているのが包丁です」

「包丁というのは初めて聞いたが、そのナイフのようなものを包丁というのか?」

「おっしゃる通りです。料理に使うための刃物を包丁と言います」

「わかった」


 アルテュル様は少しでも多くのことを学ぼうとしているようだ。本当に素直だよな。普通ならプライドが邪魔をして、素直に教えを乞うのは難しいだろう。

 俺もできる限りのことを教えられるように頑張ろう。


「おばさんは竈に火を入れています」

「竈は暖炉みたいだな」


 そうか。確かに貴族の屋敷には暖炉があるから、竈は理解しやすいのかも。

 でもそれも、ストーブが普及したら必要なくなっちゃうのか。なんか勿体無いな。暖炉ってカッコいいのに。

 

「暖炉と似たような仕組みです。貴族様のお屋敷では暖を取るために使われますが、厨房では料理をするために使われます」

「料理をするのに火をどのようにして使うのだ?」


 え? ちょっと待って……もしかして焼くとか煮るとか、そんな調理法も理解してないのか。

 でもよく考えてみれば、教えられなかったら知らないままなんだな……。いつも出来上がった料理だけを食べてれば、調理法なんてイメージできないだろうし。

 でも料理って温かいよね? なんで温かいのか考えたらわかる気がするけど。


「基本的に料理とは、食材を焼いたり煮たりして作るのです。アルテュル様が普段召し上がっている食事は、温かいものばかりですよね? それは火で調理しているからなのです」

「そうなのか……食材が元々温かいわけではないのだな。確かに先ほどたくさん実物を見たが、どれも冷たかった。しかし、火で焼いてしまえば炭になるのではないのか?」

「いえ、勿論焼きすぎてしまえば炭になりますが、適度に焼くのであれば問題ありません」

「そうなのだな」


 本当に驚くほど知識が偏ってる。流石に傀儡貴族にするつもりだったとしても、このくらい教えてあげた方がよかったんじゃないの? アルテュル様のお父さんも極端すぎるよ。

 もう何の意図もなしに、アルテュル様が嫌いだからとか言われた方が納得できる気がする……


「今おばさんが手にしたものをフライパンと言いまして、それを火で温めてその上で食材を焼きます」


 そこまで説明が終わったところで、おじさんがもも肉を一口サイズに捌き終わったようなので、早速焼いてもらう。


「こちらが一口サイズに切った鶏肉です。こちら半分には塩をかけて、こちら半分には何もかけずに焼きます」


 そうして鶏肉を焼いてもらい、お皿に塩をかけたものとかけてないものを、一つずつ盛り付けて渡していく。

 毒味はした方が良いのかな? そう思って俺がステファンに聞こうとすると、一緒に来ていた王族の護衛の方が、どこからかカトラリーを取り出して毒味をしてしまった。

 素早い……この人って護衛じゃなくて従者なの? それとも従者の仕事もできる護衛?

 全く分からないけど、有能なことは確かだよね。今も毒見が終わったら、皆の分のカトラリーを手渡してるし。

 それどこから取り出したの? 不思議すぎる……色々突っ込みたいけど教えてくれなさそうだし、とりあえずスルーしよう。


「では、何も味付けしてない方から食べてみてください」

 

 俺がそう言うと、皆は躊躇わずに鶏肉を口に入れた。

 俺の分もあったので、俺も食べてみる。うん、不味くもないけど美味しくもない。鶏肉そのものの味だ。


「アルテュル様、いかがでしょうか? これが何もつけていない鶏肉本来の味です」

「美味しくないな……」

「では、塩をまぶした方を食べてみてください」


 アルテュル様は塩をまぶした方を口に入れた。口に入れた瞬間に驚くような顔になり、ひたすらにもぐもぐと食べている。美味しかったのだろう。

 俺も食べてみよう。うん、美味しい。普通に美味しい。


「こっちは美味しいな……あの塩をかけるだけでここまで美味しくなるとは驚きだ」

「塩だけで食べるとそこまで美味しくなくても、他の食材と合わせて調理をすると美味しくなるのです」


 そこからはアルテュル様のリクエストで、牛肉の煮込み料理を作ってもらい、その後にパンを焼いてもらって皆で食べた。

 この食堂が選ばれた理由は、お店でパンを焼いているからのようだな。基本的にパンはパン屋から買ってくるのだが、たまに拘って食堂で作ってる人もいるんだ。

 アルテュル様は終始驚いた様子で、頻繁に質問を繰り返しできる限りたくさんのことを学ぼうと努力していた。



 そうして食堂を後にして、俺たちは王立学校に戻ってきた。いつもの研究会が終わる時間より少し遅くなっちゃったな。早めに解散した方が良いだろう。

 馬車から降りるとアルテュル様が皆に挨拶をして、最後に俺の方を向いた。


「レオン……今日は色々教えてくれてありがとう。助かった」

「お気になさらないでください。また何かありましたらいつでもご説明いたします」

「ああ、その時はよろしく頼む。じゃあな」


 そうしてアルテュル様は、足早に馬車乗り場に帰っていった。

 今日の出来事がきっかけで、アルテュル様にとって良い方向に進んだらいいな。俺は心からそう思った。今まで結構ひどいことも言われてきたけど、アルテュル様も被害者だからな。


「じゃあ帰ろうか。なんか疲れたよ〜」

「そうだな。もういつもより遅い時間だぞ」

「ステファンとマルティーヌも帰るよね?」

「ああ、流石にもう帰らないとだな」

「お父様が心配するわね」

「父上は少し心配性すぎるのだ」


 アレクシス様心配性なんだ。確かに王族だけど、子供大好きって感じだもんな。俺の中では王族って家族の仲も殺伐としてるイメージなんだけど、この国は全くそんなことはない。


「じゃあまたね」

「また明日」

「うん!」


 そうしてステファンとマルティーヌと別れて、俺とリュシアンは帰路についた。

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