第107話 新たなお友達?

 昨日の衝撃的な話から一夜明けて、俺たちはいつも通りの日常を過ごしていた。


 あの話を聞いたからといって、俺たちに今すぐ何かできるわけではないからしょうがない。

 昨日の話は忘れられないけど、とりあえずいつも通りの日常を過ごすしかない。俺がどんなに心配していても何も変わらないし。でも、今までよりは攻撃力を身につけることに特化していこう。そう思った。

 それから昨日の夜考えたのは、一度魔物の森に行ってみたいってことだ。やっぱり話に聞いただけでは上手くイメージできないし、一度見るだけでもどんな風に魔法や剣術を鍛えれば良いのかわかると思うんだ。

 今度、リシャール様に話してみようと思う。



 ただ、魔物の森のことばかり考えてるわけにもいかない。俺は今日もいつも通りに一日授業を受けて、次は四限の魔法の授業だ。回復魔法のグループは、今日から騎士団の訓練場に行き実践形式の授業になる。

 かなり楽しみだな。


「レオン、じゃあ僕は帰るね。屋台頑張ってくるよ」

「うん! 頑張ってね。俺は魔法の授業行ってくる」

「騎士団の訓練場に行くんだっけ?」

「そうなんだ。実践形式の授業になるんだって!」

「レオン……何でそんなにワクワクしてるの?」


 ロニーが呆れたような目で俺を見てくる。何でって……騎士団の訓練場なんて男のロマンじゃないか!


「騎士団の訓練場に行けるなんて、楽しみに決まってるじゃん!」

「でも、騎士は殆ど貴族様だよ? 力も強い貴族様なんて怖くない?」

「うーん、そうかな? 別に大丈夫だよ」


 俺は魔法があっていざという時は身を守れるから、あんまり怖いって意識はないんだよな。俺本人じゃなくて家族や友達に矛先が向く方がよっぽど怖い。


「レオンぽいね。まあ頑張ってね」

「うん! また明日ね」

「また明日」


 そう言ってロニーと別れて、訓練場に向かった。

 訓練場に着きしばらく待っていると、一人の生徒がやって来た。回復魔法のグループは全部で四人だが、俺とマルティーヌの他は、男の子と女の子が一人ずつだ。

 男の子の方は、あからさまではないが俺のことを良く思っていないような様子だった。ただ、女の子の方は穏やかで優しそうで、俺にも笑いかけてくれたんだよな。この学校ではかなり珍しい。基本的に嫌われるか怖がられるかだからな。

 そして、今やって来たのは女の子の方だ。この前は話せなかったけど話しかけてもいいかな……? 

 俺を蔑んだ目で見てくることもないし、怖がっている様子もあまりない。仲良く慣れたら嬉しいんだけど……


 そんなことを考えてぐるぐると悩んでいると、女の子の方から俺に近づいて来た。


「初めまして。私はダリガード男爵家三女、ステイシー・ダリガードです。ステイシーと呼んでくださいね。回復属性の方は少ないですから、仲良くしてもらえると嬉しいです」


 ステイシー様はそう言ってにっこりと微笑んだ。

 王立学校でこんな……こんな対応をされることがあるなんて!! 俺は思わず泣きそうなほど感動した。普通に仲良くしてくれる人がいるなんて思ってなかった。


「初めまして、レオンと申します。よろしくお願いいたします」

「もっと緩く接してくれていいのですよ。友達になりましょう?」

「わ、私で良いのでしょうか……? 自分で言うのもおかしいですが、私は平民なのですが」

「それがどうかしたのですか? 皆同じ生き物ではありませんか。花も木も虫も動物も、生きているものは皆友達ですわ」


 い、生き物? 急によく分からない話になったぞ。

 えっと……この女の子、不思議ちゃんって感じなのかな? よく言えば天然?


「生きているものは皆友達ということでしょうか?」

「ええ、おっしゃる通りですわ。なので私、食事が嫌いなのです。お友達を食べるなどあり得ませんわ。ただお父様とお母様がどうしても食べろとおっしゃるので、お野菜たちから一部をもらって食べているのです。葉っぱの一部や根の一部や実を泣く泣く貰っていますの。お父様に、人の髪の毛が抜けるようにいらないものを貰っているだけだからと言われ、納得はしたのです」


 この子ヤバいくらいの不思議ちゃんだった……突き抜けすぎていじめられるとかもないタイプの子だ。

 お父さんとお母さんは優しい人たちだったんだな。普通の貴族なら家から追い出されるか、家から出されないにしても王立学校には行かせてもらえなかったかも。

 そもそも身分が高い人への作法とかできるのかな? 生き物は皆友達だと思ってるのなら、身分なんか関係ないと思ってそう……いや、流石にそれだと王立学校に行かせてもらえないか。最低限の作法はできるんだろうな。

 

 でもヤバいくらいの不思議ちゃんだけど、普通に話しかけてもらえたことが嬉しすぎてヤバいよりも嬉しいが勝ってるよ。


「植物にとって葉や実は、適度に取ってもらった方がよく育つということもありますので、余分な部分をもらうのならば、逆に喜ばれているのではないでしょうか?」

「本当ですか!? それならば良かったです。これからは毎日、取って欲しい葉や実がないか聞いてみることにいたします」


 聞いてみる? 聞いてみるって誰に?

 ……余り突っ込まない方が良いかも。


「そうしてみると喜ばれるかもしれませんね」

「レオンと友達になれて良かったです。今度私のお友達に紹介させていただけませんか?」

「友達とは……?」

「まずは屋敷の畑にいる子たちに紹介させてください」


 やっぱり人間じゃないのね! 俺は思わず、ステイシー様が畑の野菜に向かって俺を紹介しているところを思い浮かべてしまった。


「ふふっ……ははははっ……」


 やばい……めちゃくちゃツボに入った! 笑いが止まらないよ。待って、誰か助けて!

 ステイシー様は不思議そうに首を傾げてるし。

 俺はなんとか笑いを抑え込んで、ステイシー様に謝った。


「ステイシー様、本当に申し訳ございません。ステイシー様のお屋敷に行くところを想像したら、楽しくなってしまって」

「まあ、私のお友達に会うことをそんなに楽しみにしてくれているのですね」


 ステイシー様は満面の笑みでそう言った。ステイシー様違います。全然違います。

 俺は思わずまた笑いが込み上がって来そうになり、腹筋に力を入れてなんとか抑えた。ただ、顔が不自然ににやけてしまうのは戻せない。


 そんな不思議な会話を繰り広げていると、訓練場にもう一人の男の子が入ってきて、そのすぐ後にマルティーヌもやって来た。

 俺は話すのをやめようと思い、ステイシー様から少し距離を取るために一歩を踏み出したが、そこでステイシー様が大きな声を出した。


「あっ! 忘れていましたわ」


 俺はその声に驚いて思わずステイシー様の方をもう一度向くと、ステイシー様は申し訳なさそうな顔をして言った。


「レオン、私お部屋にいるお花たちのことを忘れていましたの。怒られてしまいます。レオンを紹介するのはそちらが先になります。畑の子達に会うことを楽しみにしてくださっているのに、大変申し訳ないのですが……」

「ぶはっ……」


 俺は思わず吹き出して慌てて自分の口を手で覆った。待って、それは反則。笑わせに来てる?

 しかも、もう一人の男の子もマルティーヌも聞いてるんだけど!

 俺は流石にここで笑ってたらヤバいと思い、なんとか笑いを抑え込んだ。ステイシー様予想通りだけど、空気読めないのですね!


「ステイシー様、どちらが先でも大丈夫です。お屋敷に行く機会がありましたら、その時はご紹介をよろしくお願いいたします。このお話はまた後にいたしましょう。そろそろ授業も始まりますので……」

「そうですわね! 楽しみにしています」


 何故かダリガード男爵家の屋敷にお邪魔することになってしまった。別に嫌ではないんだけど、どんな貴族かもわからないしリシャール様に聞かないとだよな……そこはちょっと面倒くさい。

 ステイシー様は平民ということを気にしなくても、他の方は違うかもしれないし……でも、王立学校で普通に話してくれる人が増えたという点では、本当にありがたいし嬉しい。


 そこまで考えたところで強い視線を感じてそっちを向くと、マルティーヌと目が合った。

 えっと……なんか怒ってます? ちょっとオーラが怖いんだけど。俺何もしてないよ!?

 マルティーヌはツカツカと早足で俺のところまでやって来た。


「レオン、先程はとても楽しそうでしたけれど、何を話されていたのですか?」


 何をって言われても困る……強いて言えば野菜について? それともお友達について?


「ステイシー様の、お友達についてです」


 これしか答えようがないよ!


「お友達ですか……? 共通のお友達でもいますの?」


 マルティーヌが途端に不思議な顔になった。分かるよ。普通そう考えるよね。でも違うんだよ。

 俺がどう言おうか悩んでいると、横からステイシー様が会話に入って来た。


「王女殿下、ダリガード男爵家三女、ステイシー・ダリガードでございます。レオンとは私の畑のお友達のことについてお話ししておりました」

「畑のお友達ですか……?」

「はい! とっても可愛いのです。私がお水をあげるととても喜んでくれます。悩みも真剣に聞いてくれますし、私たちはとても仲良しなのです」

「そ、それは良かったですね……」

「はい! 王女殿下もぜひお屋敷にいらしてください。そして私のお友達に紹介させてください」

「も、申し訳ありませんが、あなたのお屋敷に出向くのは難しいですわ」

「そうなのですか? 何故でしょう?」


 何故でしょうって、当たり前のことだよね!?

 マルティーヌがかなり困惑している。ステイシー様、マルティーヌの方が身分が上だと一応は理解しているみたいだけど、とりあえず敬語を使えばいいくらいに思ってるよね!? 全然違うからね!

 ステイシー様のお父さんとお母さん! あなた達の子供、すごく危なっかしいですよ!

 マルティーヌが助けを求めるように俺の顔を見た。ここで助けを求められても困る、困るけど何か言わないとだよね。


「ステイシー様、マルティーヌ様がお屋敷に出向くのは難しいと思われます。私はいつでもお屋敷に伺えますので、私だけではダメでしょうか?」

「レオン……申し訳ありません。あなたとの約束が先でしたのに、他の方と約束をしてはダメでしたね……」


 全然違います! 全然違うけど、もうその認識でいいです。


「とにかく、マルティーヌ様ではなく私がお屋敷に伺います」

「かしこまりました。皆でレオンをお待ちしております」


 よしっ……とりあえずマルティーヌからは意識を逸らせたな。ただ、俺がステイシー様のお屋敷を訪れることは

決定事項みたいになってしまった。

 もうしょうがないよね。リシャール様、もし面倒くさいことになってしまったら本当にごめんなさい!


 そこまで話したところで、訓練場にオッセン先生が入って来た。

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