第95話 クレープの試作

 屋敷に馬車が到着すると、ロジェとリュシアンの従者が待っていてくれた。


「レオン様、お帰りなさいませ」

「ロジェ、ただいま。馬車に買って来たものがたくさん入ってるから、全部厨房に運び込んでくれる? クレープの試作で何時でも厨房を使って良いって言われてるから大丈夫だと思うんだけど、その確認もお願い」

「かしこまりました。では、レオン様はまずお着替えをいたしましょう」


 確かに、今着てる服はいい服だから汚れたら大変だな。


「そうだね。一度部屋に行くよ」

「かしこまりました」

「レオン、クレープ楽しみにしているぞ」

「はい。美味しいものをお作りいたします」


 これからが大変だ、頑張らないと!



 俺は部屋に戻って簡素な服に着替えて、厨房に来た。厨房では、夕食作りのためにたくさんの料理人が忙しく動いている。俺は厨房の三分の一ほどを自由に使っていいそうだ。

 凄くありがたいが、料理人の皆さんの視線は結構厳しくて居心地が悪いな。まあ、厨房は料理人にとって重要な場所だから、素人が入って来たら気に入らないのもわかる。

 ナセルさんが寛容過ぎたんだよな〜。美味しいものを作るから許してください。


「あの……レオン様ですよね?」

「え? は、はい! 私がレオンですが……?」


 三人の料理人さんが突然話しかけて来た。まだ何もしてないんだけど、どうしたのかな?


「俺たちレオン様の手伝いをするように言われているので、何でも言ってください」

「え? いいのですか?」

「はい。そう言われましたので」

「そうですか。ではよろしくお願いします」


 何となく、めんどくさいと思ってるようなやる気のない雰囲気だけど、仕事はしてくれそうだからいいだろう。人手はありがたい。


「では、二人の方は水を汲んで調理器具を洗っていただけますか? もう一人の方は、私の補助をして欲しいです」

「かしこまりました」


 まずは生地を焼いてみよう。それができたら次はマヨネーズを作る。そこまでできれば難しいことは何もないな。キャベツを切って豚肉を焼くだけだ。


 よしっ! 俺はボウルとお玉を先に洗ってもらって、生地作りを始めた。


「今日はクレープという料理の試作をします。まずはボウルに小麦粉と卵、砂糖、水を入れて混ぜます」


 俺がそういうと、俺に付いてくれた料理人さんはすぐに材料を持って来てくれた。めちゃくちゃありがたい。

 分量はどのくらいだろうか……ホットケーキの時と同じか少し水が多いくらいにしてみよう。

 俺は小麦粉に砂糖を入れて混ぜ、そこに卵を入れて混ぜて、最後に水を入れて水の量を調整した。

 うーん、多分このくらいでいいはずだ。とりあえず焼いてみよう。鉄板をセットして温め、その上にお玉で生地を流し入れた。そしてお玉の底で円を描くように生地を伸ばしていく。


 そのまま少し待っていると生地が焼けてきたので、フライ返しで裏返し、まな板の上に焼けた生地を載せた。

 おおっ! ちょっと分厚いけど焼けてる!

 あとは味だな。俺は味見として一口食べてみた。うん……結構いけるな。悪くない味になってる。日本で言ったら、めちゃくちゃ美味しいわけではないけど普通のクレープ屋さんって感じだ。

 とりあえず生地はこれで良いだろう。


「すみません、さっきやったのと同じように、残りの生地で焼けるだけ焼いてもらえますか?」

「かしこまりました。ただ、初めてやるので失敗してしまうかもしれませんが……」

「それは別に大丈夫です。その場合はまた生地を作って貰えますか? 三十枚程度作ってもらえると嬉しいです」

「かしこまりました」


 その間に俺はマヨネーズを作ろう。調理器具を洗ってくれていた二人にも手伝ってもらえるかな? ちょうど洗い終わったみたいだ。


「調味料を作りたいのですが、手伝っていただけますか?」

「調味料ですか……? かしこまりました」


 よしっ、マヨネーズは確か……卵と塩、油、お酢を混ぜればいいんだよな? 分量はよくわからないけど。


「とりあえず……ボウルに卵を一つ入れて、塩を少しとお酢と油を入れてよく混ぜてください。お酢と油の量は塩よりは多いくらいでお願いします」

「かしこまりました」


 それから料理人さんが凄く頑張って混ぜてくれたが、マヨネーズにならない。何でだろう……?

 何か材料が違うのかな? 確かこの三つで良かったはずなんだけど……分量が違うとか?

 う〜ん、そういえばお菓子作りとかだと卵白だけ使ったりするよな。マヨネーズもそうなのかな?


「これで良いのでしょうか?」

「うーん、これは失敗ですね。お皿に移して次を試しましょう。次は、卵の白身部分だけを使います」

「白身部分だけですか? ……かしこまりました」


 そしてまた料理人さんが頑張って混ぜてくれたが、またマヨネーズにならない。

 何で!? さっきより遠くなった気がするんだけど。

 ということは、卵黄だけ使うのかな?


「すみません、次は卵黄だけ使ってやってみてもらえますか?」

「……かしこまりました」


 いっぱい手伝わせてごめんなさい……!! 俺が自分で混ぜてもいいんだけど、子供の力だとかなり大変な作業だし、身体強化を使うと流石におかしいと思われるから……

 それからしばらく混ぜてもらうと、俺が知ってるマヨネーズに近づいてきた。卵黄だけ使うのが正解だったんだ!

 ただ、まだ何かが違う……うーん、油が足りないのかな? マヨネーズってかなり油がたくさん入ってるもんな。前に、トーストにマヨネーズを塗って焼いたことがあるけど、かなり油が出てきてた。


「もう少し油を増やしてもらえますか? 少しずつお願いします」


 うん。見た目はマヨネーズに近づいたような気はする。でもやっぱりちょっと違うな。

 一度味見をしてみるか。


 ……あれ? でもこれって生卵だよね……食べても大丈夫なのかな。食中毒とか怖くない?


 そう考えたら食べるのが急に怖くなってきた。それにリシャール様達に出して、食中毒になったりしたら大変だよね。どうにか魔法で調べられないかな? 

 うーん、ヒールみたいに回復属性の魔力を通してみればわかるかもしれない。

 俺は料理人さんに別の手伝いを頼んで少し目をそらしてもらってる隙に、マヨネーズに回復属性の魔力を通してみた。人に害がある物を判別するイメージだ。

 

 ……うわっ、なんかヤバいやつがある。これ食べちゃダメなやつだ!

 

 気づいて良かった……後はこれをどうやって除去するかだけど、ヒールと同じような感じで殺菌できないかな? 

 そう思って魔法を使ってみた。すると悪いものが全てなくなっている。おおっ、凄い! さすが魔法だ。


 でもこれだと毎回俺がいないとダメじゃん……屋台でマヨネーズ使えないよ。どうすればいいかな。

 そういえばリシャール様が前に、俺が個人で使う分の魔石や魔鉄は融通してくれるって言ってたよね。それならリシャール様に頼んで魔石と魔鉄を貰ったら、殺菌の魔法具を作ってロニーに渡せばいいか。

 ロニーの家に置いてもらって、卵自体を殺菌しちゃえばいいよね。屋台まで持っていくのは危ないだろうから。

 そうなると、卵の状態で殺菌できるのか確かめないと。俺は卵に回復属性の魔力を通して殺菌してみた。

 できる。完璧だな。


 ふぅ〜とりあえず問題解決だ。良かったぁ。

 後はマヨネーズを完成させられれば完璧だな! 俺は指で少しだけマヨネーズを取り舐めてみた。うーん、美味しいけど日本のものには全然辿りついてない。

 何がダメなんだろう? 混ぜる順番?


 それから俺は一通り混ぜる順番や分量を試してみて、とりあえずかなり美味しいマヨネーズが作れるようになった。

 最初に卵黄と塩とお酢を混ぜて、そこに油を少しずつ加えて混ぜていくのが一番いい気がする。それにこの世界のお酢は少し独特なんだけど、量は多めの方が美味しいかも。

 とは言っても、日本のマヨネーズのお酢の分量がわからないから、これでも少ないのかもしれないけどね。


「これで完成です!」

「これで完成ですか? これは美味しいのですか?」

「はい。食べてみますか? そのままよりも野菜につけた方がわかりやすいと思います」


 俺は買ってきたキャベツを少し切って、マヨネーズをつけて料理人さん達に渡した。


「どうぞ」


 料理人さん達は恐る恐るながらも、自分で作ったので変なものは入ってないとわかっているからなのか、マヨネーズ付きキャベツを口に入れた。


「おおっ! これ美味いぞ!!」

「本当だ! 何だこれは!?」

「そのままのキャベツがこんなに美味しく食べられるなんて……!」


 料理人さん達は大興奮で美味しさを伝えてくれる。顔は満面の笑みだ。

 気に入ってくれたみたいで良かったぁ……


「気に入ってもらえて良かったです!」

「はい! これは素晴らしい発明ですよ!」

「良かったです。それでは続きも手伝ってもらえますか?」

「かしこまりました!」


 凄くやる気になってくれたみたいで良かった。


「あと少しなのでよろしくお願いします。生地は焼き終わりましたか?」

「はい。焼き終わりました」

「では、次は豚肉を塩焼きにしてください。お二人はキャベツを細く切って欲しいです」

「はい!」


 よしっ……俺はその間に蜂蜜バターのクレープを作ってしまおう。

 まずはバターを適量取って、生地に伸ばしていく。うーん、まだ温かさがあるから一応は溶けるけど時間がかかるな。屋台では、鉄板の上で生地を温めながらやったほうがいいかも。

 そして、バターを溶かしたらその上に蜂蜜を垂らして、半分に畳んで丸めて完成だ!

 これ絶対美味しいな。甘い匂いとバターの匂いが最高すぎる。


 俺は次々に作ってお皿に乗せていく。しかしその過程でふと気付いた。日本だとクレープは紙で巻いて売るけど、この世界ではどうしよう?

 スープを売ってる屋台とかだと、料理はその場で食べてお皿は回収するんだよな。うーん、でもそれだとお皿を洗う手間が結構大変だから……パンを売ってる屋台はそのまま売ってるから、クレープもそのままでいいかな?

 生地は少し厚めにしてるし、そのままでも支障はない気がする。とりあえずそのまま売ることにして、問題が起きたら考えよう。


 よしっ、これで十五個目だから蜂蜜バターは終わりだな。あとは豚肉の方だ。名前は……豚肉サラダクレープでいいかな?

 そっちを作ろう。まずはマヨネーズを塗って、キャベツを敷き詰めてその上に豚肉を乗せる。そして畳んで丸めて完成だ。

 これは、見栄えのために豚肉を置く位置を考えた方がいいな。上の方に見えるように置いて下側にも少し入れて……これでいいだろう!


「これで完成です! これを夕食の際に一人一つずつ出ししてもらえますか?」

「かしこまりました。では、片付けはお任せください。そろそろ夕食の時間ですので」

「ありがとうございます。では、本日使用した器具は全てひとまとめにしておいてもらえますか? 後で別の場所に運びますので。日持ちしない食料品は、厨房で使ってください」


 俺はそう言って急いで厨房を出た。早く着替えて食堂に行かないと!

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