第35話 公爵家からの手紙
家に帰ってきた日は疲れていてすぐに寝てしまったので、手紙をまだ読んでいない。
次の日の午後、何が書いてあるのか少し怖いが手紙を開くことにした。
手紙は日本でいう時候の挨拶から始まり、かなり装飾された文言が並んでいる。
内容は大きく分けて二つだった。一つは秋の終わり頃に公爵領に行くので一緒に行かないかという誘い。もう一つは近いうちに公爵家に来てくれというものだ。
なんで俺が一緒に公爵領に行くんだ? そもそも公爵領ってどこにあるんだろう。この世界の地図どころかこの国の地図も見たことがないから、位置関係が全くわからない。
でも、公爵家からの誘いはほぼ命令だよな。さすがに断れない。色々良くしてもらってるしな。それに王都の外に行ってみたかったんだ!
俺はこの世界で、王都の中心街と西の外れ、農業地区の三ヶ所しか行ったことがないからな。これは楽しみだ!
もう一つの近いうちに公爵家に来てくれっていうのは、どういうことだろ? 公爵領に行くのと関係があるのかな。まあ、これも行ってみればわかるか。
とりあえず早い方がいいだろうから、明日行ってみようかな。
俺は厨房に行き、母さんに聞いてみた。
「母さん、明日公爵家に行ってきても大丈夫? できるだけ早くきて欲しいって手紙に書いてあったんだ」
「ええ、うちは大丈夫だから行ってきなさい。失礼のないようにするのよ」
「うん!」
俺と母さんがそんな話をしていると、父さんが少し悩むような仕草をしている。
「父さんどうしたの? 何か心配事でもある?」
俺がそう聞くと、父さんはゆっくりと首を横に振りながら答えた。
「違うんだ。心配事じゃないんだけど……レオンはこれからも家を空けることが増えるだろうし、学校に行ったら家を出るだろう? それなら従業員を雇った方がいいんじゃないかと思ったんだよ」
「確かにそうね。マリーが一人では大変だろうし、一人くらい雇ってもいいかもしれないわ」
「なんかごめんね……」
普通の子供なら親の仕事を手伝って、そのまま跡を継ぐんだろうからこんな悩みはなかったはずなのに……
俺がそう思って少し落ち込んでいると、母さんと父さんは慌てた様子になった。
「違うんだレオン! お前が悪いとかそんなことはないんだよ。前は父さんと母さんの二人だけでお店をやってたんだから。でも最近はお客さんが増えたし、従業員を雇うのは当たり前なんだ」
「そうよ。今まで手伝ってくれてありがとう」
そう言われると心が軽くなるな……でも新しい従業員の人が一人前になるまでは、しっかり働こう!
というか、従業員ってどうやって募集するんだろう? 張り紙をしても読めない人が多いだろうし……
「新しい従業員の人が一人前になるまでは頑張るよ! それで、従業員ってどうやって募集するの?」
「働き手の募集は教会に出すのよ。教会に行って雇用条件や給金を伝えると、それを張り紙にして教会の掲示板に張ってくれるの。仕事を探してる人はそこに行って、仕事を探すわ。文字が読めない人には、教会の人が内容を読み上げてくれるから、とても便利なのよ」
そんな仕組みがあったのか。というか教会めちゃくちゃ万能。孤児院と病院併設の市役所みたいな感じだよな。
「便利なんだね。いい人が来るといいな!」
「そうね、働き者の子が来てくれると助かるわ」
「今度父さんが募集を出しに行ってくるよ。レオンはうちの仕事は気にせず、やりたいことをやっていいからね」
「うん! 父さん、母さん、ありがとう」
いい両親すぎる…………絶対に親孝行する!!
そして次の日の朝。
俺は乗合馬車に乗り、タウンゼント公爵家に向かっている。服はこの間もらった服を着てきた。公爵領に行くならもう少し服を買った方がいいかもしれない。
しばらく馬車に揺られていると、中心街に入る広場にたどり着いた。ここからは歩きだ。この間行った時に道は覚えたけれど、結構遠いから頑張って歩かないと。
歩き以外の移動手段があるといいよなぁ。例えば転移魔法とか飛行魔法とか。この世界にはそういう便利な魔法はないんだよな。
あとファンタジー世界の定番、アイテムボックス! あれも欲しいよな。あったらめちゃくちゃ便利だ。
そんなことを考えながら歩いていると、タウンゼント公爵家の門前まで辿り着いた。
「すみません、リシャール様から手紙をもらって来たんですけど、これがその手紙です」
「確認するのでしばらくお待ちください」
門番さんはそういうと、手紙を持って門番の詰所のようなところに入っていった。しばらく待っていると戻ってきた。
「確認取れましたのでお入りください。今迎えを呼んでいますので、もう少しお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
門番さんに促されて敷地の中に入り少し待つと、アンヌさんが迎えに来てくれた。アンヌさんの隣には十代後半くらいに見える男性がいる。お屋敷の使用人の服を着てるから、新人さんとかなのかな?
「レオン様、わざわざお越しいただきありがとうございます。こちらにいるのは使用人のロジェでございます。レオン様がこちらのお屋敷にいる際は、ロジェが身の回りの世話をいたします」
「ロジェです。よろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ロジェさんは無表情でにこりともせずに挨拶をしてきた。なんか感じ悪いな、平民の俺の世話なんて嫌だってことか?
俺がそんなことを考えながら微妙な表情でロジェさんを見つめていると、アンヌさんが少し苦笑いをして教えてくれた。
「ロジェは仕事に関してはとても優秀なのですが、真面目すぎるせいか愛想がなくて申し訳ありません。誰にでもこの調子なので、レオン様の下で働くのが嫌だというわけではないのです」
「そうなんですね……」
どうせなら愛想が良くて仲良くなれそうな人が良かったよ! 今の話を聞いてるはずなのに、表情は一切変わってないし。気難しそうだ……先が思いやられるな。
「では、私はこれで失礼いたします。ロジェ、レオン様をよろしくお願いします」
「かしこまりました。レオン様、お部屋にご案内いたします」
アンヌさんはロジェさんに俺を任すと、他の場所に行ってしまった。ロジェさんと二人きりはきついよ、アンヌさん戻ってきて〜!
ロジェさんはご案内しますと言ったっきり、一言も喋らず淡々と歩いてるし。仲良くなる気ゼロですか!?
そうして気まずい時間を過ごして案内されたのは、以前も使った客室だった。
「レオン様。本日は夕食の席の後、リシャール様からお話があると思います。それまではご自由にしていただいて構いません。しかし、夕食の前に入浴とお召し替えだけは済ませていただきますので、そのつもりでお願いいたします」
「わかりました。昼食はどうすればいいのでしょうか?」
「昼食はこちらの部屋にご用意いたします。それから、私はこの屋敷の使用人でレオン様は客人ですので、敬語は必要ありません。呼ぶときも敬称なしでロジェとお呼びください」
「でも、ロジェさんの方が年上ですし、俺は平民ですから」
「いえ、それは関係ありません。どうぞ、敬語も敬称もなしでお願いいたします」
うっ……有無を言わさないような目で見られている。さっきまで無表情だったくせに。
年上を呼び捨てにするのとか全く慣れないんだよなぁ。でもこれからは必要なことかもしれないし、ここで慣れとくのもいいのかもしれないな。
「わかった。じゃあ、ロジェと呼ぶね」
「はい。これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。それでこれからなんだけど、銀行に行きたいんだけどいいかな?」
「かしこまりました。では、昼食後に馬車を手配しておきます」
「ありがとう」
そうして俺はロジェに給仕してもらい、まだ少し気まずい昼食を食べて、少し食休みをしてから銀行に向かって馬車に乗り込んだ。ロジェはついてきてくれるらしい。
銀行では財布のお金が少なくなってきていたので、また何かに使えるように銀貨十枚を下ろした。これで口座残高は白金貨二十四枚と金貨三枚、日本円で二千四百三十万円ほどだ。
財布には銀貨十枚と銅貨八枚で十万八千円だ。
これで暫くは保つだろう。結構お金は持ってるが、これから何にお金がかかるかわからないので、できるだけ貯めておきたいのだ。
銀行に行った後は特に用もないので、また屋敷に戻ってきた。夕食に向けて準備をしなければいけない。
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