第33話 畑仕事と森

 次の日の朝。

 今日はおじいちゃんの畑仕事を手伝うことにした。畑では小麦と野菜を育てているみたいだ。小麦は秋に種を植えて夏の初め頃に収穫し、小麦を収穫した畑で夏野菜を育て、収穫したらまた小麦の種を植える、というサイクルらしい。

 また、小麦の栽培時期に植えなければいけない野菜は、別の畑で育てているようだ。


 今日はちょうど小麦の収穫をするようで、その手伝いをする。


「レオン、そこの鎌を持って小麦畑に来てくれ」

「はーい!」


 この世界にはもちろん機械はないので、全て手作業で収穫だ。畑は結構広い……これは終わりが見えないな。

 俺が畑に行くと、おばあちゃんやおじさんたち、父さんも収穫を始めていた。


「レオンはここから始めてくれ」

「わかったよ」


 ザクッザクッザクッ………

 ザクッザクッザクッ………


 暫くは無言で麦を刈り続けた。ふぅ〜、かなり疲れた。結構進んだかと思って後ろを振り返ると、全然進んでない!

 やばい……このペースだといつになっても終わらなそうだ。そう思って周りを見てみると、おじいちゃんは俺の三倍は進んでいる。

 なんで!? なんかコツでもあるのか?

 見ていると、一振りで刈れる麦の量が全然違う。鎌の使い方なのかな?

 なんとか真似しようとしてみたが上手くいかない。俺は技術を身につけることは諦めて、せめて少しでも役に立てるように、休まず麦を刈り続けた。


 それからしばらくして、お昼休憩になった。


「レオン、結構頑張ってたな。初めてにしては上出来だ」

「本当に!? ありがとう」


 お昼の席でおじいちゃんがそう褒めてくれた。俺は思ったよりも役に立っていないかもと思って落ち込んでいたので、なんだか嬉しい。自然と顔がニコニコしてしまう。


「ああ、レオンたちが手伝ってくれたおかげで仕事がかなり捗った! 午後は森にでも行くか? まだ今の時期なら採れる山菜もあるはずだ」

「行きたい!」


 いつも森の同じ場所にしか行ったことがなかったからな。別の森も楽しみだ!


「よし、じゃあ俺とレオンでたくさん山菜を採ってくるか」

「うん!」


 そんな話をしていたら、一緒にお昼を食べていたマリーも森に行きたがった。


「私も! 私も一緒に行きたい!」

「マリーも行きたいか、でも森はちょっと遠いぞ?」

「うん! いつも森行ってるから大丈夫だよ!」

「そうか、じゃあ一緒に行くか」



 俺とマリーとおじいちゃんは、お昼を食べきってから森に行く準備をした。


「じゃあ行ってくるね!」

「気をつけるんだよ。おじいちゃんに迷惑かけないようにね」


 父さんがいつもと違う森に行くのを心配している。ちゃんと獣よけの鈴も持ったし大丈夫なのに、父さんは結構心配性なんだよな。


 一時間近く歩くと森にたどり着いた。確かに少し遠い。

 いつもの森とあまり変わらないようだったが、街の近くの森はたくさんの人が出入りしてるから、外縁部なら人が踏んだような道も結構あるが、ここにはほとんどなかった。

 あまり人が入ってない森なんだろう。たくさん収穫できそうだ。


「よし、じゃあ俺の後にマリー、最後がレオンで行こう。何かあったらすぐ知らせるんだぞ」

「うん!」

「わかったよ」


 そうして俺たちは森の中に入っていった。

 森の中はいわば、食材の宝庫だった。木苺などの果物もたくさん採れたし、タラの芽などの山菜も少し大きくなっていたが、まだギリギリ採れる時期だったようで結構取れた。


「お兄ちゃん! 大量だね!」


 マリーはさっきからずっと嬉しそうにしている。いつもの森はたくさんの人が行くから、こんなに採取できないからな。確かにこれは楽しい、俺でもテンションが上がってくる。


「二人とも、この辺はいつも人が入っていかない場所だから、足場も悪いし獣もいるし気をつけるんだ。獣よけの鈴を持っていれば大丈夫だとは思うが、念の為だ」

「はーい!」

「気をつけるよ」


 それからもしばらく採取をして、籠がいっぱいになってきたのでそろそろ戻ることにした。


「そろそろ戻ろうか」

「うん! おじいちゃんいっぱい採れたね!」

「そうだな〜」


 おじいちゃんがマリーの可愛さにやられてデレデレしている。流石マリーだ。既におじいちゃんを骨抜きにしている。

 まあ、あの可愛さならしょうがないよな。


 そんな馬鹿なことを考えている時、どこからかガサガサっと音がした。

 俺はハッとして辺りを警戒すると、茂みからまだ小さな子熊が現れた。一瞬可愛いと和んでしまったが、すぐに気持ちを引き締めた。

 子熊がいるってことは親熊もいるってことだ。子熊が俺たちの近くにいることを知れば、すぐに襲ってくるかも知れない。


「おじいちゃん、ここはすぐに離れた方がいいかも」

「そうだな。親熊が来る前に早く行こう」


 そう言って俺たちがこの場から足早に去ろうとしたその時、さらに奥の茂みから親熊が姿を現し、俺たちの姿を見た途端怒って突っ込んできた。


 どうしよう…………おじいちゃんとマリーを見てみると、おじいちゃんはマリーを抱き抱えて熊の直進から逃げている。

 俺もとりあえず同じ方向に逃げた。


 ただし熊は方向転換して、俺たちの方に突進してくる。このままだとまずいな。おじいちゃんはマリーを抱えてるからあまり早く動けないだろうし……

 できれば俺の能力はバレないようにしたいんだけど……でも死んだら元も子もない。俺はナイフを手に、身体強化だけは使うことにした。



 俺は突進してきている熊の側面まで走り、魔力を思いっきり右足に集めて、熊を横から右足で蹴り飛ばした。

 流石に熊を遠くまで飛ばすのは無理だが、熊は体勢を崩して倒れたので、なんとか突進を止めることはできた。


 しかし、熊はすぐに起きあがろうとしている。俺は起き上がる前に仕留めようと、ブーストをかけて熊に一瞬で近づき、腕にビルドアップをかけて熊の首を目掛けてナイフを振り下ろした。

 しかし、ナイフの切れ味があまり良くなく、深くまで刃が入らない。なんだよこのナイフ! 使えない!

 俺が動揺した一瞬の隙をつき、熊が腕を振るって俺を突き飛ばそうとしてきた。咄嗟に足にビルドアップをかけて熊を蹴って後ろに飛びのく。


 危なっ!! 油断は禁物だ。


 熊は俺の一撃で怒り狂ったようで、さっきよりも早いペースで俺に向かって突進してくる。俺はギリギリで突進を避け、その隙に熊の首をナイフで切りつけた。

 よしっ! 今度はさっきよりも深く切れたようで、首からかなり出血している。


 しかし熊はまだ俺に向かって突進しようしてくる。まだ死なないのか!? 

 俺はまたナイフを構えて熊と対峙した。

 しかし、熊はその途中でズドンッと倒れ、そのまま動かなくなった。

 死んだのか……?

 恐る恐る近づきナイフで触ってみたが、一切動かない。死んでるな。


 …………誰にも怪我がなくてよかった。結構危なかったな。

 やっぱり魔法だけじゃなくて、剣の腕とか体術も磨くべきな気がする。全属性を隠そうとすると、回復魔法かバレない程度の身体強化魔法しか使えないからな。

 でもどうやって学ぶかが問題だ。

 確か、王立学校では剣の授業もあるんだよな。とりあえず剣の授業は取って、真剣に授業を受けよう。


 しかし、獣よけの鈴をつけてたのに熊に会うって、なんて運が悪いんだ。

 まあ、特殊なものじゃなくてただの鈴なんだろうから、万能でないのはしょうがないんだけど。


 俺がそんなことを考えていると、おじいちゃんとマリーが俺の元へ来た。


「死んだのか……?」

「多分、二人とも怪我してない?」

「ああ、俺は大丈夫だ」

「マリーも平気だよ! お兄ちゃん凄いね! カッコ良かった!」


 マリーが興奮してカッコ良かったと言ってくれる。

 …………頑張って良かった。


「それにしてもレオン、すごく強いんだな……」

「俺、剣の才能があるのかも」


 俺はなんとか誤魔化そうと、頭をフル回転させながらおじいちゃんと話していた。

 できる限り知られちゃいけないって言ってたからな。


「でもすごく慣れてるようじゃなかったか?」

「それは……前にも熊と会ったことがあるんだよ。あの時は死ぬかと思った。今回は慣れてたから冷静に対処できたんだ」

「そうなのか……?」


 おじいちゃんがまだ納得できない顔をしている。なんとか話を逸らさないと……


「それより森で熊と会うことってあるの?」

「いや、俺が知ってる限りじゃほぼないな。たまに熊の姿を見たとしても、襲ってくることはあまりないと聞く。レオンは熊と戦うのが二回目だなんて、運が相当悪いんじゃないか?」


 前のは獣よけの鈴をつけてなくて、わざわざ森の奥に入り込んだからだけど……今回のは偶然だよな。

 俺って運悪いのかも、気をつけよう。


「これからはもっと気をつけるよ。それよりこの熊どうする?」

「持って帰ることもできないし、このまま置いておくしかないな。俺は解体もできないんだ。レオンのじいじならできるだろうが、ここまでまた戻ってくるほど、熊の肉や毛皮が欲しいわけでもないからな」

「だよね。じゃあ他の獣が来ないうちに早く帰ろうよ」


 俺が辺りを見回すと、子熊ももうここにはいなかった。他の親熊を連れてこられても困るからな。


「じゃあマリー帰ろうか。怖くなかった?」

「ちょっと怖かったけど、お兄ちゃんが倒してくれたからもう大丈夫!」

「マリーは偉いなぁ」


 おじいちゃんがそう言いながらマリーの頭をガシガシと撫でている。


 俺たちはいつもより足早に森を抜けて帰路についた。

 そうそう獣には会わないと分かっていても、緊張していたようで、森から出たらホッとして体の力が抜けた。

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