第32話 病気の牛と回復魔法

 父さんの実家に泊まって、次の日の朝。俺は疲れからぐっすりと眠れたのか、日が上り始めてるくらいの時間に目が覚めた。しかし、マリーはまだ寝ているが、父さんと母さんの姿はない。

 まだいつもなら寝てるくらいの時間なのに……

 俺は不思議に思って、リビングのほうに行ってみると、みんなが集まって朝ごはんを食べているところだった。


「あら、レオン早いわね。今日は疲れてるだろうから、寝かせておこうと思ったんだけど、もう起きて大丈夫なの?」

「うん。ぐっすり寝たからもう眠くないよ」

「ならレオンも仕事の手伝いをするかい?」

「仕事の手伝い?」

「そうよ、母さんと父さんはお互いの実家で仕事を手伝う予定なの。レオンはどうする?」


 それ楽しそう……!! どんな感じで農業や畜産をしてるのか興味あるし、特に畜産を見てみたい!!


「俺もやりたい! 動物見てみたい!」

「なら私と一緒に行きましょう。早く準備してご飯食べちゃいなさい」

「はーい!」


 俺がそう母さんと話していると、おじいちゃんが話しかけてきた。


「レオン、明日は畑も手伝ってくれよ? ずっとあっちにいたら寂しいからな」


 おじいちゃんが畑を選ばなかったことをちょっと拗ねている。昨日も思ったけど、孫大好きな人たちだよな……頻繁に会えないからなのか?


「わかったよ! 明日は畑ね」



 そんな話をしつつ、俺は準備をして、母さんと母さんの実家へ向かった。


「じいじ、ばあば、俺も手伝っていい?」


 呼び名で区別をつけるため、母方の祖父母はじいじとばあば。父方の祖父母はおじいちゃんとおばあちゃん。そう呼び分けているらしい。


「おお、レオンか! よく来たな」


 じいじは大袈裟なくらい喜んでくれた。


「じゃあまずは、餌やりを手伝ってもらうかな」

「わかった!」


 そうして連れて行かれた牛舎の牛は、驚くことに乳牛だった。この世界、乳牛なんていたんだ! 

 でも、乳牛って自然にいるものだっけ? よくわからないけど、この世界って日本にいたものは結構いるんだよな。しかも何故か、現代日本にいたものだ。いつかその理由がわかるのだろうか?


 じいじに聞いてみると、基本的には食べるための牛や豚、鳥を育ててるらしい。しかし一部の畜産家は、昔の偉い人から乳牛が与えられていて、それを今でも育てているそうだ。基本的にじいじは乳牛の世話で、おじさん夫婦が他の動物の世話をしているらしい。

 牛乳は基本的にはバターなどに加工して、貴族家や豪商などが買うようだ。冬ならそのままの牛乳も売るらしいが、夏は保存が難しいので売れないらしい。確かに腐ったら大変だもんな。

 製氷機ができたら、夏でも牛乳が売れそうだな。金持ちの貴族なら、牛乳を運ぶために製氷機を使うとかありそうだし。それでじいじたちの生活がもっと豊かになればいいな。


「レオン、こっちだ」

「はーい」


 俺はまず牛たちに餌をやった。餌は牧草のようなものだったが、たくさん持つと結構重くてこれだけでもかなり重労働だ……

 それが終わったら次は搾乳だ。最初はじいじに教えてもらいながら搾乳をする。


「レオン、まずは乳頭の付け根を親指と人差し指でぎゅっと抑えて、上から順番にゆびに力を入れていくんだ」

「こう?」

「そう、上手いぞ!」


 じいじはそう言って俺の頭をガシガシと撫でてくれた。

 そこからは俺も一人で黙々と乳を搾った。だんだん手が痛くなってきたが、なんとか搾り切れた。疲れるな……

 身体強化は、使うと繊細な手加減が難しくなるから、牛が可哀想かと思って使わなかったのだ。

 俺は最後まで搾り終わったと思って、う〜ん! と伸びながら立ち上がったが、そこで端にもう一頭いたことに気づいた。

 あともう一頭いたのか……でもなんであいつだけ他のと少し離れてるんだ?


「じいじ、あの子も搾乳するの?」

「ああ、あいつか。あいつは今乳頭炎にかかってるから乳が出ないんだ。なんとか治してやろうと思って清潔にして世話してるんだが、なかなか治らなくてな」

「乳頭炎?」

「ああ、乳頭が赤く腫れて乳が出なくなる病気なんだ。乳頭をきれいに清潔にしてやると大体が治るんだが、あいつは長引いててな。可哀想だから早く治してやりたいんだがな」


 清潔にすれば治ることが多いってことは、乳頭にばい菌とかウイルスが入って炎症を起こしてるってことだよな?

 もしかして…………回復魔法で治せるんじゃないか?

 これは怪我じゃなくて病気だろうし、回復魔法が病気にも効果があるのかもわかるかも!

 試してみたいな。


「じいじ、俺の魔法は回復属性なんだけど、魔法試してあげてもいい? 効果があるかわからないけど悪い影響はないと思うし……」

「それは別にいいが、回復属性は怪我にしか効かないんだろう?」

「でも、俺の魔力量は五だし、もしかしたらってこともあるから」

「それなら、やってみてくれ」


 俺はじいじの了承を得て、その牛の元へ行った。

 乳頭を見てみると、結構赤くなっていて痛そうだ。確か炎症は、体に入ってきたウイルスと戦ってるから起きるものだったよな。それなら悪いウイルスを除去してあげればいいはずだ。

 俺は乳頭に手をかざし、ばい菌やウイルスを除去するイメージをした。詳細なイメージなんて無理だからなんとなくだ。アニメ絵のイメージでも、イメージしないよりはマシだろう。

 頭の中でばい菌を除去して炎症を抑えるイメージを固めて、魔法を使った。うっ…………結構魔力を使うな。イメージが曖昧だからだろうな。でも治ったはずだ。

 俺は、さっきまで赤く腫れ上がっていた乳頭を見てみた。すると他の牛と同じ状態に戻っていて、赤みも残っていない。成功だ!!

 ……ということは、病気も治せる可能性があるってことだな。やっぱり俺の予想通りだ。でも魔力をかなり使うから、もっと魔力量を増やさないとダメだな……まだまだ特訓しなきゃ。


 そんな考察をしていると、じいじが焦れたように呼びかけてきた。


「レオン、どうだったんだ?」

「多分治ったと思うよ!」

「本当か!?」


 じいじが慌てて牛の元にやってきて、乳頭を確認している。


「本当に治ってるな……レオン、凄いな! さすが俺の孫だ!!」


 じいじの喜び方が半端ない。これは周りに言いふらさないように言っといた方がいいかも……


「じいじ、このことは他の人には内緒だよ? うちの牛も治してくれとか言われたら、大変だから」

「わ、わかった……」


 じいじは渋々と言った感じだが了承してくれた。絶対周りの人に自慢して回る気だったな。まあ、孫の不利益になるようなことはやらなそうだから大丈夫だろう。



 それからはまたお手伝いを再開した。次は牛舎の掃除だ。

 まずは床に落ちているフンなどを取り除いて綺麗にし、牛が寝ているところもきれいに掃除をする。

 それから牛の飲み水を入れてる桶を井戸に持っていき、綺麗に洗ってから水で満たす。すごく辛かった……何度水魔法を使いたいと思ったかわからない。

 じいじとばあばは水属性と火属性らしいが、魔力量が少なく仕事で使えるほどではないらしい。


 そこまで終わったところで、そろそろお昼になるところだったので、俺と母さんは一度父さんの実家に帰ることにした。お昼はそっちで食べることになっているようだ。


 父さんの実家に帰ると、マリーと父さんがお昼の準備をしていた。料理は料理人に頼もうってことらしい。

 お昼は新鮮な野菜と牛乳を使った、ミルクスープとパンだ。いつも同じ味のスープばかり食べてるから、ミルクスープはめちゃくちゃ美味しかった。



 お昼を食べてからはまた母さんの実家に戻った。するとじいじが楽しそうに俺を呼ぶ。


「レオン、こっちに来い。これからバターを作るから一緒に作ろう」

「本当に!? 作る!」


 バター作りなんて初めてだ。

 そういえば、前にパンケーキを焼いた時バターがあって高級品じゃないのかって思ったけど、実家で作ってるなら手に入るのは当たり前だな。

 ステーキの肉も原価高くないのかって思ってたけど、実家から安値で買ってるとかなのかもな。


「よし、じゃあ作ろうか」


 バターの作り方は、牛乳から分離させた乳脂肪分を、回せる樽みたいなのに入れてひたすら回すというものだった。当然だけど、全部手作業だ。

 牛乳から分離させるところはじいじがやってくれていたので、俺は回すだけだったがめちゃくちゃ大変だった。とにかく筋力と体力がないと、できないだろう。

 あと、牛乳やバターを冷やす必要があるのか、井戸から冷たい水を汲んでくるのも頻繁で大変そうだった。


 日本でどうやってバターを作ってたか知らないけど、多分機械だったんだろうなぁ……機械が欲しい!!


 バターは結構長い時間をかけて、やっと完成した。


「よしっ、完成だ。このバターはレオンにあげるぞ。初めて作ったバターだからな」

「本当に!? ありがとう!」

「バターはしばらく保存できるだろう。家に持って帰って料理にでも使いなさい」

「うん! ありがと」


 確かに、母さんもバターは常温で置いてて普通に使ってたし、常温でも長く持つのかもな。この世界の夏は日本ほど暑くないから、日陰に置いておけばしばらく大丈夫なのだろうか? 一応こっそりと氷で冷やしておこう。

 難しいだろうけど、製氷機がどんどん平民にも行き渡って欲しいな。


「レオン、父さんの実家に帰るわよ」


 え!? もうそんな時間なの!? 午後ずっとバター作ってたってこと!? それは疲れるよ。


「母さんちょっと待って! じいじありがとう!!」


 俺は慌ててじいじにお礼を言って、母さんを追いかけた。

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