第26話 魔物の森

 しばらくは穏やかな毎日が続いていた。俺はマルセルさんのところで魔法具を考えたり、家の手伝いをしたり、マリーとニコラ、ルークと森に行ったり、屋台巡りをしたり、歴史の教材を読んで勉強したりしていた。

 そして、俺が転生してきた時は少し肌寒いくらいの気温だったのが、最近は暑くて長時間外にいると辛いくらいの気温になってきた。


 そんな穏やかな日常を過ごしながらも、俺はずっと魔物の森についてが頭に引っかかっていた。

 マルセルさんにも聞いてみたが、教材に書いてある以上の詳しいことは知らず、最近の魔物の森についての情報も持ってないようだった。マルセルさんが学生だった時代は、まだそれほど魔物の森が問題になってはいなかったようだ。

 フレデリックさんに聞いてみたくても、自分から公爵家を訪れる勇気はなく、フレデリックさんがうちに来てくれるのを待つしかない。


 そんなじれじれとした毎日を過ごしていると、やっとフレデリックさんが食堂に来てくれた。


「いらっしゃいま……フレデリック様! やっと来てくれたんですね!」

「え? レオンどうしたんだ? 何か俺に用事でもあったのか?」

「歴史の教材を読んでどうしても気になってることがあったんですけど、フレデリック様が来ないから聞く機会がなくて……」

「それはすまなかったな」


 フレデリックさんが苦笑いをしている。

 やばいっ……ずっと魔物の森のこと聞きたいと思ってたから、つい責めるようなことを言っちゃった。

 フレデリックさんは俺のところに来る義務なんてないのに……


「ご、ごめんなさい! つい、勢い良く……」

「別にいいんだ、来れなくて悪かった。確かにレオンからの連絡手段があった方がいいな」


 フレデリックさんはそう言って、紋章のようなものが彫られている少し大きめなコインを俺に渡した。


「これは……?」

「公爵家の関係者である証だ。これを門番に見せて、名前と誰に貰ったかを言えば中に入れてもらえるから、アルバンにでも伝言を頼めば俺まで届くだろう」


 それって結構すごいものなんじゃ!? 俺がもらっていいのか? なんか持ってるの怖いんだけど……


「こんなすごいもの貰ってもいいんですか?」

「ああ、ただ無くさないようには気をつけてくれ。レオンの容姿や名前は門番に伝えておくから、他の者が拾っても使える可能性はかなり低いんだけどな」

「絶対に無くさないように気をつけます!」


 一番なくしちゃダメなやつだ……財布の奥に入れて肌身離さず持ち歩こう。


「それで、レオンは何が聞きたいんだ?」


 俺はそこでハッと気づいた。フレデリックさんをまだ席に案内してない!


「ごめんなさい! その前に席にどうぞ! お昼食べますか?」

「ああ、ありがとう。じゃあ先にお昼を食べようかな」



 そうしてフレデリックさんがお昼を食べ切って、他のお客さんもいなくなったので、お昼営業は終了になった。

 母さんと父さんが食堂を使っていいと言ってくれたので、食堂で話をすることにして向かい合わせで座った。


「それで何かわからないところでもあったのか?」

「はい。教材を読んでて魔物の森のことが気になって。魔物の森ってなんですか?」

「魔物の森か……」


 俺が魔物の森のことを口に出すと、フレデリックさんはかなり厳しい顔になった。

 それから少し考えをまとめるようにして、口を開いた。


「魔物の森は普通の森とは違って、魔物が住んでいる森だ。魔物とは魔法を使える動物のことだな」

「魔法が使える動物ですか……?」

「ああ、弱い魔物は普通の平民でも倒せるくらいだが、強い魔物は騎士が何人もいないと勝てない。結構厄介な奴らだ」

「魔物の森ってどこにあるんですか?」

「魔物の森はこの国の東の端にある。ここからは馬車で二週間はかかるくらいの距離だな。だから王都まで魔物が来ることはないから大丈夫だぞ」


 魔法を使える動物って怖いな……遠いから大丈夫って言ってるけど、本当に大丈夫なのか?


「でも、騎士団が侵攻を止めてるって書いてありました。ということは魔物の森は広がってるってことじゃないんですか?」

「まあ…………確かに魔物の森は広がってるが、騎士団が木を切り倒し、外縁部の魔物は定期的に倒してるから大丈夫だ。広がる力と抑える力が拮抗してるくらいだからな」


 フレデリックさんはそう言って、少し嘘くさいような作り笑いをした。普通の子供ならそれで騙せただろうけど、俺は騙されないぞ。

 これは、魔物の森の広がる力の方が強いのかもしれないな……もしそうだったら人間が住むところがどんどん飲み込まれていくってことか。

 もっと情報が欲しい。でも、フレデリックさんはこれ以上教えてくれそうにないし、情報規制が掛かっているとかかな?

 大勢に知られてパニックになっても大変だからな。


 でももし村や街が飲み込まれてるのなら、どうやって隠してるのだろう?

 先に適当な理由をつけて引っ越しさせて、立ち入り禁止とかだろうか。

 まあ、今考えてもしょうがないな。これも情報収集しないとだ。俺に何かできるのかはわからないけど、全属性だし能力だけはあるからな。


「フレデリック様、教えてくださってありがとうございます。騎士団の方々が止めていてくれてるなら安心ですね」


 俺はそう言って安心させるように子供らしい笑みを浮かべた。

 今は何も気づいてないふりの方がいいだろう。フレデリックさんが情報を漏らしたことになっても迷惑がかかるしな。



 それからフレデリックさんが帰っても、俺はずっとさっきの話について考えていた。

 この世界に魔物なんて存在がいたなんて……この世界には脅威となる存在があまりいないと思ってたから、攻撃魔法の練習は一切してこなかったけど、これからはやるべきかもしれない。


 俺は全部の属性魔法が使えるんだから、組み合わせて強い攻撃魔法もできるかもしれないし、自分の身を守る術は先に身につけるべきだったな。

 とにかく時間がある時に一人で森に行って、魔法の練習をしよう。


 それにこれは俺の推測だが、魔力量の限界まで使って回復、を繰り返していると、魔力量がちょっとずつ増えてる気がするんだよな。

 これは俺だけに起きる現象なのか、他の人もなのかはわからないけど、多分俺だけだろう。マルセルさんも生まれつきの魔力量が変わることはないって言ってたし。

 また俺だけの特殊能力だけど、これには感謝しないとだな。とにかく強くなれるなら強くなるべきだ。俺の能力が他の人と違って規格外なのは、いつものことだ。

 とにかく森で魔法の練習だな! 頑張ろう!


 そこまで思考をまとめたところで、マリーの声が頭の中に入ってきた。


「お兄ちゃん!」


 俺は深く考え込んでいたので、マリーに呼びかけられて思わずビクッとしてしまった。びっくりした〜。


「お兄ちゃん、何に驚いてるの?」

「何でもないよ。ちょっとマリーの声にびっくりしただけ」

「そうなの?」


 マリーが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「うん、大丈夫だよ。それで何の用?」

「お兄ちゃん忘れたの!? 今日は父さんが用事があるから、母さんと一緒に買い出しに行くって朝に言ったでしょ!」

「ご、ごめん! そうだったね」


 俺が周りを見てみると、買い物籠を持った母さんも立っていた。


「レオン、難しい顔で考え込んでどうしたの? 買い物に行くわよ」

「う、うん! 俺が持っていく籠は?」

「机の上に置いてあるわ」


 俺は慌てて籠を掴んで、母さんとマリーに続いて家を出た。

 さっきまで考えてたことはとりあえず頭の隅に追いやって、買い物に集中しようと母さんの隣に並んで歩いた。

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