第2話 忘れたくて忘れられなくて

—1—


 夏が終われば秋が来る。

 通学路の公園に佇むイチョウの木も綺麗な黄色の葉をつけていた。


 ブランコと滑り台しかない小さな公園だが、僕と美緒は学校帰りによく通っていた。

 美緒のお気に入りはブランコだった。

 そうだ。ブランコといえば1年生の頃にこんな出来事があった。


「瑠衣、このまま漕ぎ続けていたらいつか空を飛ぶことができるかな?」


 美緒は西に沈む夕日を横目で見ながらそんなことをつぶやいた。

 空に目をやると、山に帰るカラスの群れが途切れることなく飛んでいた。

 あのとき、美緒は何を考えていたのだろうか。


 本当に空を飛びたいと思っていたのだろうか。

 それで僕はどう答えたんだっけ?


 冬になればしんしんと雪が降り、辺りを銀世界へと変える。

 ため息混じりに吐いた白い吐息がこの広い世界に溶けて消える。

 不思議なことにどの景色を見ても美緒と過ごした日々を思い出す。


 去年は家の前に雪だるまを1つずつ作ったっけ。

 どっちが大きく雪だるまを作れるか競い合っていたはずだったのに気がついたら協力してたな。


 木の枝を拾ってきて腕に見立てて、頭にバケツを被せて。

 美緒が家の冷蔵庫からこっそり人参を2本持ってきて鼻の位置に刺していたのが笑えた。


 その日のうちに母親にバレて「勝手に持っていくな! 美緒のカレーだけ人参抜きね!」と怒られていたのが印象に残っている。


 そして、春。

 雪が溶け、新しい命が芽吹く季節。

 爽やかな風が出会いと別れを告げる。


 この世界の人たちに唯一平等に与えられたもの。

 それは時間だと思う。


 今過ごしている一瞬一瞬をどう生きるかで将来の自分が決定される。

 しかし、誰しもが前を向いて生きていけるわけではない。


 僕もその1人だった。

 心のどこかにポッカリと空いた穴を埋める方法が分からず、ただただ迫り来る時間の波に身を任せていた。


 勉強、クラブ活動、友達との付き合い、卒業。

 入学、勉強、部活、恋愛、テスト、受験、卒業。

 入学。


 僕は7年という月日をかけて徐々に美緒のことを忘れていった。

 いや、忘れていったというよりは、前に進むために必死に忘れようと努力したんだ。


 美緒と過ごした大切な思い出を誰からも壊されないように鍵をかけて胸の奥にしまった。


 そして、僕の記憶から望月美緒という存在は完全に消えた。

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