あの夏の想い、時を超えて、君を見つけた

丹野海里

第1話 室外機に腰掛ける少女

—1—


 真夏の太陽の下。

 だるような暑さと焦りから汗をダラダラと垂らしていた僕は地面にできた黒い染みを見つめていた。


「最悪。マジでどこで無くしたんだろう? 昨日の夜までは確実にあったはずだからやっぱり今日の朝かな?」


 1週間前に開催された地元の夏祭り。

 僕は1回500円で豪華景品が当たるかもしれないというくじ引きをした。

 8歳の僕からすればとてつもない大金だったが、特賞の最新ゲーム機に目が惹かれ、まんまと誘惑に負けてしまった。


 結果はもちろん残念賞。500円が一瞬にしてネズミのストラップへと早変わりすることとなった。


 僕はそのストラップをランドセルに付けて登校していたのだが、気がついたら無くなっていた。


瑠衣るい、これだけ探しても見つからないってことはもしかしたら誰かが拾ってくれたのかもよ。それにしても今日も暑いね」


 同じクラスの望月美緒もちづきみおが室外機に左手を付いて、よいしょと腰掛けるとタンクトップで額の汗を拭った。

 その際、お腹がチラッと顔を覗かせたが美緒はそんなことなど気にしていないとばかりにこう続けた。


「探し物って忘れた頃に見つかるらしいよ。だから今いくら必死に探したところで出てこないんじゃないかな」


「でも——」


 僕は彼女の真剣な表情を前にして言葉を飲み込んだ。


「でも?」


 美緒が首を傾げる。

 美緒にはなぜ僕がこれだけ必死になってストラップを探しているのか分からないだろうな。


 1週間前の夏祭り。

 そこには僕と僕の両親、それから美緒の4人で足を運んでいた。


 美緒の家は父親の仕事の都合で9月1日に転勤することが決まっている。

 最後の思い出にということで、僕から美緒を夏祭りに誘ったのだ。


 一言で言うと、僕は美緒のことが好きだった。


 両親も僕の気持ちに薄っすら勘づいていたから協力してくれたのだろう。

 終始僕と美緒の邪魔にならないようにと、一歩引いた位置から見守ってくれていた。


 屋台で焼きそばやらたこ焼きやらを注文した僕たちは、人混みを避け、大きな木の下に腰掛けることにした。

 そして、学校で流行っている芸能人の話やお互いがハマっているアーティストの話なんかをしながらお腹を膨らませた。


 普段の美緒は男子の中に混ざって外を走り回っているような活発な性格なのだが、この日は紫陽花が模された浴衣に身を包んでいてとても綺麗だった。


 楽しそうに笑う美緒の姿を見て、勇気を出して誘って良かったと心から思った。


 それと同時にこの幸せな時間が終わりに近づいているという現実に恐怖を感じ始めていた。

 あと半月もすればこうやって美緒と話をすることもできなくなる。

 僕はそれに耐えられるだろうか。


「お、なんか当たったみたいだね」


 カランカランという鐘の音が僕たちの耳に届いた。

 どうやらくじ引きで当たりが出たみたいだ。


「行ってみよっか?」


「そうだね」


 食べ終えた容器と割り箸をゴミ箱に捨て、僕と美緒はくじ引きの列に並ぶことにした。

 順番はすぐに回ってきた。


 小さなカゴにぎっしり入れられた指先ほどの大きさのくじ。

 100枚、いや200枚以上はありそうだ。


 僕は特賞の最新ゲーム機を1度見た後、自分の直感を信じて1枚引いた。


「どうだった?」


 美緒が結果を見るべく覗き込んできた。

 急にそんなに近くに寄られるとドキッとしてしまう。


「ハズレ。ほら次は美緒の番だよ」


「私はこう見えても運が良いからね。バシッと当てちゃうよ! あっ、ハズレだ」


 美緒は分かりやすくシュンと小さく萎むと、次の瞬間何を思ったのか僕の顔を見て微笑んだ。


「ま、瑠衣とお揃いだからいいか」


 美緒は女の子のネズミのストラップを僕の目線の高さまで持ち上げると嬉しそうに左右に揺らした。


 僕の脳内に「瑠衣とお揃い」という言葉と、嬉しそうに微笑む美緒の表情が浮かんだ。


 絶対にストラップを見つける。

 あのストラップは僕と美緒を繋ぐ大切な物だから。


 しかし、結局ストラップが見つかることはなかった。

 そして、僕が美緒に想いを伝えることはなく、美緒は転校してしまった。

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