第20話 動画撮影をしよう
「はーい。今日のレッスンはここまで。お疲れ様でしたー」
パンと手を叩いて、終了を告げるエミル先生。
「心音ちゃんは、ほんと歌が上手だね。もう教えることないかも」
「えへへ、そうですかぁ? 嬉しいですぅ! けど、エミル先生からはもっといっぱい教わることがありますよ。やっぱり基礎ができている人は違います」
「穂織ちゃんもすっごい上達ぶり。これならすぐにプロ級になれるわよ」
「ふふっ、足を引っ張らなくて済みそうで安心したよ」
「あたしはあたしは?」
「和奏ちゃんは、がんばれ」
親指をグッと立てて、バチンとウインクするエミル先生。わかってるよ。がんばってるよ。つい最近までジャイアンリサイタルだったんだもん。
楽しげに会話をしていると、京史郎がやってくる。
「終わったか?」
「ええ、ちょうどね。いやあ、全員が才能の塊だね」
「あんまし褒めるなよ。こいつら、すぐに調子のるから」
「男は鉄のように叩いて育てる。女の子は花のように優しく育てる。基本よ?」
京史郎が、じぃっと和奏を見てくる。たぶん『こいつの育て方は、カテゴリ的に男向けか女向けなのか、どうなんだ?』という嫌味を瞳で語っているのだろう。
「んじゃ、私はこれで帰るわね。京史郎くん、いい仕事あったら紹介してね」
手をひらひらとふって、退室するエミル先生。
「レッスン終わるの、ちょっと早くねえっすか?」
「ああ。今日は撮影をやるもんでな」
「撮影! どっかのテレビ局とかくるんすか! それともユーチューバーとのコラボッ? 雑誌のグラビアッ?」
詰め寄る和奏の脳天を、バインダーでガツンと叩く。痛いけど、動じないもん。
「うちみたいな三流事務所なんざ、ローカル局ですら取り上げてくれねえよ。……撮影ってのは、動画サイトのだ。定期的にアップして、アピールする」
「さすがは京さんです。ちゃんと考えてるんですね!」
「動画デビュー……。みんなに見られるのかぁ……ちょっと恥ずかしいね」
「け、けど、こういう地道なアピールが、ファンを掴むんですよ。ね? ね? がんばりましょう、穂織先輩っ」
穂織と心音のやりとりを見て、若干のぎこちなさを感じる和奏。
「……なんか、今日のおまえら、よそよそしくないか?」
なんとなく、心音が気を遣っているような感じがした。
「そそそ、そんなことないでございますよ! ね?」
「うん。むしろ、仲良くなってると思うけどなぁ」
「あたしの気のせいかなぁ。……そういえば、心音って足を怪我してるよな? 武道やってると、歩き方でわかるんだよ」
「そそそそうですか? え、ええと、昨晩寝ていたら、こむら返りがあって、ちょっと痛いなって感じなだけです! ね? 穂織先輩」
「なんで、私に同意を求めるのかな?」
「ち、違ッ、ななななななんでもないです! 大丈夫ですよ! 平気平気! ぬぐぐ」
バタバタと激しく足踏みしてみせる心音。まあ、そこまで動けるなら大丈夫だろう。
「俺の話を聞け。――ったく。ほれ、これが台本だ。ほぼアドリブで構わねえが、流れだけでも目ぇ通しとけ――」
和奏たちが台本に目を通す。紙ペラ一枚の雑な説明だ。そのうちに京史郎が撮影機材を良い。そんなわけで、さらりと撮影が開始される。
☆
――アクション。
「ども、榊原芸能事務所の和奏です」
「心音でーす」
「穂織だよ」
カメラに向かって自己紹介。三人共がテーブル手前のアナウンサーのような状況である。
「本日より始まりました。榊原芸能事務所のアイドルチャンネルぅ。まだ、ユニット名すら決まっていない三人が織り成す、ハチャメチャドッキドキな番組なんです」
司会進行は心音。はっきりいって適任者だと思う。ノリノリだし、メンバーではもっともアイドルっぽい。しゃべりも上手い。
「ちなみに、偶然なんですけど、このメンバーは、みんな乙女華高校に通ってるんですよね。――って、あれ? 学校って、言ってよかったんでしたっけ?」
カメラの向こう側で、京史郎がオッケーのジェスチャーをしていた。
「チャンネルを通じて、少しでも私たちのことを知ってもらえたらと思いまぁす。番組の最後に、和奏先輩が凄いことするみたいなので、楽しみにしていてくださいね!」
「え? あたしが? なにをすんの? 脱ぐとか?」
「脱がないよ、和奏ちゃん」と、穂織がツッコミを入れる。
「そういえば、みなさんって愛称は決まってるんですか?」
進行に戻る穂織。
「ああ、うちの社長が勝手に決めたんだ」
「じゃあ、和奏先輩、聞かせてもらってもいいですか?」
「なんだっけ? 若様だっけか?」
「自分で『様』付けですか。痛いですね……」
「社長に言えよ」
「じゃ、次は穂織先輩」
「聖女子と書いてほーりぃだったかな」
「もっと痛いです……。ちなみに、私はコロネです! 本名が心音ですからね! うちの社長がつけてくれたんですよ! ――京さんっていうんですけどね。もの凄くかっこいいんです!」
「っていうか、身内で愛称を考えてる時点で痛くねえ? 若様はちょっとなぁ」
「中身が伴えば問題ないんですよ。これから凄いことしてくれるみたいですしね?」
「らしいな。知らされてないから怖いけど」
そのタイミングで、通行人の如く京史郎が背後を通過する。
「あ、京さーん!」
抱きつこうとする心音。京史郎は、子猫を摘まむようにして彼女の後ろ襟を捉える。そのままスイングして投げ飛ばし、フレームアウト。どんがらガッシャーンみたいな効果音。
「社長、映っていいんすか」と、和奏が聞いた。
「R18みてえな扱いすんなよ。問題あるならモザイクかけとけ」
「編集しときますね。――で、あたし、特技を披露するらしいんすけど、何やるんすか」
「――空手だ」
「そうなんです! 実は、和奏先輩は空手の達人なんですよ!」
画面外から戻ってきた心音が説明してくれた。そして京史郎が、軽く身体を動かして告げる。
「立て、バ奏」
「へ……? もしかして、社長と……?」
「相手がいた方が、盛り上がるだろ?」
そう言うと、穂織と心音がデスクと椅子を片付ける。
――こうして、和奏と京史郎が対峙する絵が生まれた。
カメラの前で睨み合う女子高生と元極道。台本には『和奏が特技を見せる』とだけ書いてあった。空手はわかるが、まさか京史郎と殴り合うことになるとは思わなかった。
「いいんすか、本気でやっても?」
「カメラの向こうの思春期坊やどもは、ぬるい空手なんてみたくねえよ」
――本気か? いや、本気でやらなければならない案件だろう。中途半端にやっては、和奏の魅力も凄さも伝わらない。再生数も増えない。
ならばと京史郎には悪いが、喧嘩最強の元極道という肩書きは本日で終了。アイドル成功への道への踏み台となってもらう。ついでに、いままでの鬱憤も晴らさせてもらう。
「――じゃ、行きますよ」
「和奏ちゃん、落ち着いてね」
「京さん、ファイトです!」
リアルファイトが始まった。
トントンと、軽いステップから間合いへと入り込む和奏。すかさず回し蹴り。ダイナミックな動きを演出。だが、京史郎は軽くブロックする。
「社長、やるじゃないっすか。じゃ、これはどうっすか?」
下段から中段への連続蹴り。防がれる。しかし、これはあくまで布石。意識を下方へやったのちに繰り出すのは、上段への回し蹴り。喧嘩屋には反応できまい。
そう、思ったのだが――。
「ふぇええっ?」
同じタイミングで、京史郎も回し蹴り。お互いの足が交差される。だが、食らったのは和奏の方。ほんのわずかのスピードの差だった。顔面に靴底をぶつけられた和奏は、鼻血を噴出させながら、仰向けになって無残に倒れたのである。
「和奏ちゃーん! 和奏ちゃーん!」
「やったあ! 京さん、凄ーい!」
稲妻のような蹴りだった。空手みたいな一本を取りにいくための一撃ではない。相手に怪我をさせ、戦意を喪失させてやろうという暴力的な蹴りだ。動画内で、女子高生が流血なんてありえるか!
「ぐぐッ! あったま来たぜ! 本気でやってやる!」
ヘッドスプリングで起き上がり、敵意満載で睨みつける。
「やられ役のザコみてぇな台詞ぅ」
ヘラヘラと挑発する京史郎。
「こ、の! ぐぎゃ!」
京史郎の蹴りが、今度は股間にヒット。
「あ、そうだ。女にちんちんはないんだった」
「はぎ……あ、ぐ……おああぁぁぁああぁらぁぁッ! ぶっ殺すッ!」
☆
「この動画、やばくねえ?」
「これ血だろ」
「女子高生を公開処刑かよ」
「ん、よく見たら京史郎じゃねえか?」
「顔、腫れてる」
「京? なにやっとるんや……あいつ」
「うわーん、和奏ちゃん和奏ちゃん!」
「金的が効いてる?」
「やっぱちんちんがあるのか?」
「顔はイケメンだけど胸はデカいな」
「アイドル……だよな?」
「売り物を、ぐしゃぐしゃにしていいの?」
「デビュー前に再起不能か」
「通報しました」
「撮影ですよ」
「通報しました」
「完全な暴力です」
「この緑色、ヤクザだよ」
「京史郎終わったな」
「通報しました」
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