第11話 困ったちゃん×2

 オーディションは合格。

 ご機嫌な心音だった。


 あのあと、京史郎とアイドルたちとでプロフィールを煮詰めた。京史郎ともお近づきになれたし、心音にとっては有意義な一日だったと言える。


 事務所を出たあと、心音は穂織と一緒に帰ることになった。


「へえ、穂織先輩も、こっちなんですね」


「和奏ちゃんと一緒に帰りたい時は、遠回りすることもあるんだけどね」


「仲良しさんなんですね」


「うん。子供の頃から、ずっと一緒だったからね」


 心音は、楽しげに会話を交錯させる。


「穂織先輩は、なんでアイドルになろうと思ったんですか?」


「和奏ちゃんが『アイドルやりたい』って、言ったからかな?」


「それが志望動機……?」


「一緒にいたいんだ。変かな?」


「全然変じゃないですよ! 私だって、京さんと一緒にいたいから、事務所に入ったんです! その気持ち、すっごくわかります!」


「でもね、それだけじゃないのかもしれない。もともと人前に出るの好きじゃないんだ。けど、こういうのをきっかけに、自分も変われたらいいなって」


「自分を変えたいんですか?」


「変わりたいっていうよりも、成長したいっていうのかな。和奏ちゃんを見てるとね、そう感じるんだ。自分の人生をがんばって切り開いていくって凄いよ。そんな彼女を見ているのも楽しいし、一緒にいると自分もいろいろとやれるんだって思えてくる」


「そっか。じゃあ、みんなでがんばってお仕事を盛り上げていかないとですね!」


 天真爛漫な笑顔で語る心音。


「本当にそう思ってる?」


「もちろんです!」


「それなら、ちょっと言いにくいことを言わせてもらうけど――」


「なんです?」


「――なんで下駄箱にカミソリなんて入れたのかな?」


「気に入らないからです――」


 突如として切り出してくる穂織の一問。心音は悪びれることもなく、間髪入れずに笑顔で即答。冷たくなった空気の中、血生臭い会話を交錯させる。


「やっぱり、心音ちゃんなんだ。犯人」


「っていうか、あの場で言い出すんじゃないかと思いましたよ」


 どうやら、穂織の方は気づいてくれたようだ。きっかけは、京史郎に手紙を持ってくるよう頼まれた時のこと。手紙の丸みを帯びた文字が、カミソリレターの宛名の文字そっくりだったそうだ。


「隠すつもりはなかった……か。どういうことかな?」


 京史郎と関わったら、こういう危険なこともあるんだって、思い知らせようとした。恐怖が宿れば、自然と遠ざかる。こうして犯人こころねの存在を見せるのも効果的だと思った。この世には、おかしい奴がいるのだとわかればさらに遠ざかる。


 まあ、それでやめてもらわなくても構わない。心音にとっての人生は、京史郎と紡ぐ永遠の恋物語。成就するまでの困難も、心地よいスパイスである。


 立ちはだかるのなら、それを乗り越えるのも愛。試行錯誤するのも愛。不愉快だが、その不愉快もスパイス。ゲームと同じだ。困難の先に達成感がある。


「事務所、やめません?」


「はは、仲良くやっていくっていうのは、無理なのかな?」


「うーん。難しくないですか?」


 心音は、笑みを浮かべながら困ったような表情をする。


「ふたりとも、夢見るバカじゃないというか……あきらかにモブじゃないですよね?」


 心音の理想としては、印象のない、そこそこのアイドルたちで事務所を運営すること。その中で唯一戦力になるのが唯坂心音。京史郎は心音を頼り、心音は京史郎のためにアイドルたちをまとめる。そうすることで心音は唯一無二の存在になれる。


 京史郎は、和奏と穂織を気に入っているのだろう。和奏に対しぶっきらぼうな応対をしているが、それは信頼の裏返しでもある。実に不愉快だ。


「私も和奏ちゃんも、京史郎さんと特別仲良くなりたいわけじゃない。ただ、アイドルという夢を追いかけてみたいだけ。心音ちゃんの邪魔にはならないと思うけど?」


 本当は怖いくせに、ちゃんと意見を言える。穂織のこういうところが、モブではないと心音は思う。


「けど、京史郎さんが気に入っちゃうかも。殴られても、罵詈雑言を浴びせられても、あきらめない根性。和奏先輩って、意外と京さんの好みなんですよね」


「……なんで殴られたことを知ってるのかな?」


「盗聴器です」


 事務所に忍び込んで、仕掛けさせてもらった。誰がどんな話をしているのか、心音にはすべて筒抜けなのである。


「やめないのなら、こっちもいっぱい努力いたずらしちゃいます」


「やめようよ。一緒にアイドル目指した方が、きっと楽しいよ。京史郎さんのためにもなると思うんだけど――」


「ふふっ、穂織先輩って、案外度胸がありますよね。私が、こういう人間だってわかってるのに、ふたりきりの時にこの話を切り出した……守ってくれる和奏先輩もいないのに」


 悪戯っぽく笑みを浮かべる心音。


「……京史郎さんが悲しむよ?」


 夏川穂織は真顔で告げる。怯える気配は見られない。おそらく、怒りが恐怖を上回っているのだろう。彼女もまた、和奏という人間が好きなのだ。好きこそ正義。勇気を与えてくれる。心音にも、その気持ちが分かる。


「脅しですか? 密告するんですか?」


「ううん。けど、そういう意地悪は、いつかバレる」


 足を止める心音。誰もいない街路で、両手を広げて無邪気にくるりと回る。


「ふふふ。好きにしていいですよ。続けるのも、密告するのも。それとも、河原にでも行って決闘しましょうか? こう見えて、強いですよ、私」


 そっと、鞄の中からサバイバルナイフを見せる。鉈のように大きく、腕ぐらいなら、一振りで落とせそうなほどだ。警察に見つかれば、補導ぐらいではすまないだろう。


「私は、和奏先輩と同じで、一度きりの人生を目一杯生きようとしているんです。そのための手段は選びませんから。――ね? そういう子の気持ち、わかるんでしょ?」


 ふふっと笑みを浮かべると、ナイフを鞄の中へと戻す。


「これから穂織先輩がどういう行動に出るのか、楽しみにさせていただきまぁす」



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