第7話 殺られるまえに殺るひとたち
一難去ってまた一難。
世の中、思うように物事は運ばないものだ。京史郎という頑固ヤクザをクリアしたと思ったら、今度は親父の説得か。
「参ったな。この展開は考えてなかった……」
「和奏ちゃんのお父さん、厳しいからね」
事務所からの帰り。
和奏と穂織は、商店街を歩いて行く。
確実に言える。言葉で説得することはできない。弁護士だろうがメンタリストだろうが詐欺士だろうが市長だろうが総理大臣だろうが、親父の意思を崩すことはできまい。
意にそぐわない行動をしたら、確実に殺される。市内の一流校高とごまかして、乙女華に入学した時も、親父は激怒した。半殺しにされた。それでも乙女華に通い続けることができたのは、それなりに世間へ自慢できる高校だったから。
あと、女子校に通っても、いずれは実家の道場を継ぐと、勝手に信じ込んでいるからだろう。だが、アイドルとなったらどうだ。軌道に乗れば、もはやそれは就職に直結する。親父が許すとは思えない。
「こうなったら力尽くで書かせるしか……」
「和奏ちゃん。勝ったことないよね?」
「穂織が協力してくれたら、なんとかなるかも」
「ふたりがかりでも、勝てる相手じゃないよ」
穂織も、秋野道場に通っていたことがある。スジはいいと親父も言っていた。黒帯も持っている。暴力が好きではないのか、二年ぐらいでやめたけど。
「うむむ。お母さんは認めてくれるだろうけど……親父に密告するだろうし……」
「お母さんも反対すると思うよ。なにせ、社長は城島組の元構成員だからね」
「そこは隠そう」
「ちゃんと理解してもらわないと、あとで京史郎さんに迷惑がかかるかも」
「あいつのことは気にしなくていいんじゃないかな。――ん――?」
ふと、振り返る和奏。
「どうしたの?」
「いや、誰かに見られているような気がしたんだが……」
しかし、景色に違和感はない。いつもの高道屋商店街。いつもの雑踏である。これだけ人がいれば、視線ぐらい当然あるか。
「気のせいじゃないかな?」
「もしかして、あたしの存在が邪魔なんで、あの
「どうする? 殺られる前に殺る?」
「冗談だよ。けど、怖いっちゃ怖いなぁ」
京史郎は恨みを買いすぎている。それは和奏の知ったことではないが、奴の側にいるだけで巻き込まれることもあるだろう。
「なんつーか。アイドルってスリリングな職業だよな……」
☆
――わかっていたことだった。
想い人が芸能事務所を立ち上げた。アイドルを専門に扱っている。商売が順調にいけば、職業柄若い女の子に囲まれる日々が始まる。自分以外の誰かが、京史郎と急接近するなんて当たり前のことだった。
「はあ……」
眼鏡の少女は、高道屋商店街の路地で、淡い溜息をついた。
極道と女子高生。それは相容れぬ仲だった。乙女華に通いながら、そんな身分の方と付き合えば、学校も警察も問題にするだろう。それはあの御方に迷惑がかかる。
――人生を救ってくれた、榊原京史郎に。
想っているだけでよかった。けど、彼のバイオレンスな日々は終焉を迎え、桃色に満ちあふれた未来が始まろうとしている。
「どうしよっかなぁ……うぅ……」
頭を抱える眼鏡の少女。京史郎のためを想えば、アイドルとして務めるのが最善であろう。けど、もし使えない奴だと捨てられたら、落とし穴に突き落とされたて、蓋をされたような気分になる。だから遠くから見守っていた。
――けど、あのふたりを見ていたらたまらなくなった。
「和奏先輩、かっこいいんですよねぇ……。穂織先輩もすっごくかわいいですし……。うう、このままじゃ京さんを取られちゃう……」
彼女は乙女華高校一年生。
趣味はラブレターを書くこと。好きな彼に思いを馳せ、日々の気持ちを文に綴る。けど、渡さない。ずっと引き出しの中にしまっておく。日を増すごとに増える手紙を見て、自分の想いの強さを再確認する。膨れあがっていく気持ちが、心を高揚させる。
だが、和奏と穂織を見て、焦りを感じていた。ずっと、京史郎をストーキングしていたのに――。……彼女たちは、面白くない感情を心音に与えてくる。
「こうなったら、私もアイドルになるしかないですよね……うう、緊張してきた。――そうだ! この気持ちを、早く手紙にしなくちゃ!」
ふと、大通りの方から男ふたりがやってくる。
「はーい、かわいいお嬢さん。こんな
「へ? あわわわ。べべ、別になにもですよ?」
「学校の帰り? その制服、乙女華だよね? 俺らカラオケ行くんだけど一緒にどう?」
「っていうか、断っても、連れて行くけどねー。誘拐じゃないよ。強制参加なだけぇ」
「ごごご、ごめんなさい、急いでいるもので――」
「おっとお」
ヘラヘラと笑いながら、進路を塞いでくる男ふたり。心音が困惑していると、男は笑いながら言った。
「あはは、うっそだよー。この時間帯、学生を狙ったナンパが多いから気をつけた方が――あ、ばっががががががががッ!」
突如として、男のひとりが悶え始める。それもそのはずだった。唯坂心音が、スタンガンを押し当てているのだから。
脱力して倒れる男。心音はスキットルを取り出し、中に入っていたガソリンをかけ始める。
「おまえ! ななななにしてんだ!」
「え? 正当防衛ですけど?」
そして、再びスタンガンのスイッチを入れ、ガソリンまみれの男に向けて放り投げる。火花がガソリンに着火。彼は一瞬にして火だるまになった。
「ぐぎゃあぁああぁぁぁぁッ!」
「お、おいッ! フッ、フミヒロ!」
あわてて、もうひとりの男がジャケットを被せて、鎮火を謀る。
「げほっ! フミヒロ! 大丈夫かッ?」
ようやく炎が収まった。商店街からの小さな路地ゆえ、気づかれなかったのか。はたまた気づいても、関わりたくなくて無視されたのか。人が集まってくる気配はなかった。
「う、うう……あ、あの女は……どこへ行った……」
「乙女華の生徒だ。クソが。必ず見つけ出して――え……あ……」
突如として右足の太股の裏に激痛。、男が地面に膝を突く。倒れそうになりながらも彼が振り返ると、そこには唯坂心音がバタフライナイフを握りながら立っていた。
「あ……あぁああぁぁあぁッ!」
「あの……見てないですよね?」と、静かに問いかける心音。
「な、なにを……」
「あたしの顔も乙女華の制服も」
「ふ、ふざけるな! こんなことしてタダで――」
「……済むとは思ってませんよ。だから、私も必至なんです。もし、見たって言うのなら、眼球をえぐり取らなくちゃいけません。しゃべれないように舌を抜かなくちゃいけません。そんなの嫌ですよねえ? ねえ? ねえねえねえ?」
淡々と紡がれる心音の言葉。男は顔色を青くして、態度を変える。
「は……はい……な、なにも見てません」
「えいッ!」
「ぐぎゃあぁああぁぁあぁぁッ!」
太股の次は右腕。刃先がずぶりと沈んだ。
「そっちの火だるまの彼も……見てないですよね?」
「みみみみ、見てないです! ごめんなさいごめんなさい!」
「そう、よかったです!」
バタフライナイフを引き抜き、緑色のハンカチで機嫌良く血を拭き取る。
「さっ、帰って京史郎さんにラブレター書かなくっちゃ。――あと、和奏先輩にもラブレターをつくらなくっちゃ」
想いこそ力。そして愛。もう、遠くから見てるだけじゃ駄目なんだ。力こそ想い。そして愛。自ら行動することで、もっと近い存在にならなくっちゃ。
唯坂心音。京さんのためにアイドルやります!
――そして、ライバルは蹴落とします。
絶対に負けませんから!
人は集まってこなくても、誰かが小火だと通報したのだろう。唯坂心音の帰り道には、消防車のサイレンが鳴り響いていた。
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