第6話 榊原組構成員

 結果報告。昨日の喧嘩であるが、とりあえずは無事収拾がついた。


 京史郎が、痛い大人たちを殲滅。その後は150人にものぼるチンピラを、事務所の外へと放り出す作業に勤しんでいたようだ。


 ちなみに、意識のない和奏は、穂織が自宅まで運んでくれた。道場に置いておくよう指示があったので、言われるままにしてきたらしい。


 夜になっても目が覚めないから、親父の弟子に、バケツで水をぶっかけられて起こされた。弟子が悪いわけではない。鬼親父が命じたに違いない。


 そんなこんなで、事件の翌日。

 榊原芸能事務所に場面は変わる。


「くそっ……面倒なことになっちまったぜ……」


 ソファに腰掛け頭を抱える京史郎。彼の前には和奏と穂織の両名が並んでいた。その両名を睨みながら、彼は悔しそうに言う。


「……知ってのとおり、ウチは新進気鋭のアイドル事務所だ」


「うっす」

「成り行きとは怖いね」


「不本意だが、いまある手札でやっていくしかねえ。おまえらを、正式にうちのアイドルとして採用することにする」


 榊原組構成員。

 もとい榊原芸能事務所、所属アイドル。


 ――秋野和奏。

 ――夏川穂織。


 両名が、このたびアイドルとして活動をすることになった。


「いくらなんでも穂織だけってわけにもいかねえ。メンバーは随時増やしていくからな」


「和奏ちゃんもいるよ!」


「ちんちんはえてるような奴が、自分のコトをちゃん付けで呼ぶな。気持ち悪い」


「はえてねえっすよ。へへっ、約束は約束っすからね。ちゃんと面倒見てくださいよ」


 ――昨日、京史郎は喧嘩の最中に和奏を殴ってしまった。わざとというわけではなく、それは和奏もわかっていた。だが、利用しない手はないと思った。


 現在進行形で警察に目を付けられている元悪党が、女子高生の顔面に鉄拳をめり込ませたのである。和奏が出るとこへ出れば、彼は留置場でトランジット。そのまま刑務所へ行くのは間違いない。なので、通報しないことを条件に、採用してもらったのである。


 京史郎もタダではすまなかった。条件を飲む代わりに、穂織にもアイドルになってもらうこと。それが絶対だという。気の咎める和奏であったが、穂織は渋々了承してくれた。


「嫌なら断っても良かったんだぜ?」と、和奏。


「複雑な気持ちだね。好きな人の役に立てることは嬉しいよ。けど、元極道の下で働くというのは、なんとも言えない背徳感があるね」


 ほのかに笑ってみせる穂織。怒ってはいないけど、困っているといった感じだろうか。


「まあ、あまりに悪質なら、和奏ちゃんを連れてやめさせてもらうから。見極めるためにも、一緒にいた方がいいよね」


 もし和奏が入るのであれば、自分も入らざるをえないと思っていたようだ。それぐらい、彼女は和奏のことが好きだったらしい。ごめん。


「んじゃ、これからの計画だ」


 ネットやSNSで存在をアピール。ユーチューブにチャンネルを開設し、ファンを増やしていく。最初のゴールはデビューライブを成功させること。できれば、それまでに、ひとりかふたりはメンバーを増やしたい。


「ライブっすか。練習とかするんですよね。がんばらねえとな……」


「おまえには期待してねえ。歌の上手い奴を連れてこい。当日は吹き替えでごまかす。いや、そいつとバ奏を入れ替えれば解決か。よし、おまえは用済みだ。やめていいぞ」


「あったまきた。絶対に上手くなってやる」


「とりあえずは、プロフィールだな。サイトに掲載するから、質問に答えろ。細かい部分はあとで用紙を渡すから、明日までに書いてこい」


「うす」


「んじゃ、穂織からだ。自己紹介してみろ」


「夏川穂織。乙女華高校の二年生だよ」


「ニックネームは?」


「にっくねぇむ……? 特にないけど」


「普通あるだろ。なっつーとか、ほおりんとか」


 安直だなぁと思った和奏。


「社長が言うと、すっげえ滑稽っすね。ないすよ。マジで。穂織って呼んでます」


「じゃあ、ほーりぃだな」


「ふむ、悪くないね。聖なる女子高生と書いて聖女子ほーりぃ。なかなかのセンスだよ」


「そんな意味を込めたつもりはなかったんだが……ま、気に入ったんならいいや」


 決まった項目は、京史郎が手っ取り早くパソコンに打ち込んでいる。


「趣味は?」


「読書かな?」


「そんな設定でファンが喜ぶと思うか? 世の中のキモオタどもをバカにするな」


 ファンのことをキモオタと称するあんたの方が、バカにしていると思います。


「っていうか、社長が手本を見せてくださいよ」


 さすがに穂織がかわいそうになってきたので、意地悪返しをする和奏。


「元城島組の榊原京史郎。愛称はきょんしぃ。趣味はキノコ栽培。最近のお気に入りはカンタケ。特技はアウトドア。毎年六月から七月辺りに山でキャンプを張って一週間過ごす。好きなモノは金。尊敬する人は福沢諭吉。嫌いなモノはダニと税務署――」


「なんで、ちゃんと答えられんだよ!」


「おまえらが頼りなかったら、いよいよ俺の出番じゃねえか。なんのために頭を緑色にしてると思ってんだよ。ファンに覚えてもらいやすいからだぞ」


「そうすか。いざという時は社長が三人目のメンバーになるんすね。すっげ楽しみ」


「なるほど。しかし、プロフィールを面白おかしくするというのは……」


「嘘をつけとは言ってねえよ。掘り下げろって言ってんだ」


「掘り下げる……か。ならば、趣味はライトノベルだね。男性向けの萌え系が好みかな。主人公を和奏ちゃんに、ヒロインを私に置き換えて想像するんだ」


「へ? そ、そそそそうなのッ?」


 なんの躊躇いもなく、恥ずかしいことを言うので、和奏の方が赤面してしまう。


「調子が出てきたじゃねえか。――特技は?」


「特技は変装……じゃなくて、コスプレかな? ああ、これも趣味になっちゃうか」


「気にすんな。キモオタが食いつきそうな要素だ。そういうのをアピールしていけ」


 ――うん、ちょっときゅんきゅんしてる。


 穂織は、子供の頃から、みんなに内緒でアニメキャラの衣装などを着るのが好きだった。両親が、そういう目立った服装が嫌いなので、隠れた趣味になってしまっている。


 たぶん、和奏しか知らないと思う。それを、アイドルとして成功するために、ひいては和奏の夢のために、彼女は腐った野菜に打ち明けたのである。なんと健気な少女なのだろう。


「志望動機は?」


「元極道が設立した芸能事務所に、親友が入るって言うから仕方なく」


「それも悪くねえな。健気だね」


 口頭質問はそんなところだ。あとは、おいおい聞いていくだろうし、身長や体重、スリーサイズや好きな食べ物なんかは、用紙に書き込めば良い。


「和奏。次はおまえだ」


「うっす。乙女華高校二年生。秋野和奏です。愛称は……アッキーノ? あきのん?」


「似合わねぇ……」


「じゃあ、社長が考えてくださいよ」


「おまえも、アドリブ力を鍛えろ。……愛称は若様だ。おまえ、女性受けいいだろ?」


「まあ……。けど『様』って……」


「女性受けを狙うなら『俺様感』は武器だ。面は悪くないし、スタイルもいい。売れ筋からはズレちゃいるが、個性次第では戦えないこともない」


 和奏は少し驚いていた。無碍に扱われると思っていた。けど、京史郎のビジネスに取り組む姿勢は本物みたいだ。ちゃんと自分の言葉で理由を説明できている。正解かどうかは、やってみるまでわからないけど、仕事を舐めているわけではないらしい。


「……あざす」


 短い言葉だが、和奏は頭を下げて礼を言った。


「あ? いいから次だ。趣味と特技」


「趣味はアイドル。特技は空手」


「アイドルが趣味か。膨らませがいがねえな。――おまえ、バイクの免許取れ」


「ボーイッシュ路線って奴ですね。けど、そんな金ありませんよ」


「免許は自腹だ。バイトしろ。バイクはこっちで用意してやる。俺も足が欲しかったし」


「じゃあ、スズキのカタナを買いましょう! 見たことありますけど、かっこいいっす」


「俺も使うって言ってんだろ。笑われたくねえ」


 趣味は『バイク(免許の取得がんばってマス)』と『空手』だそうだ。


「いいねいいね! なんだかアイドルらしくなってきたぜ」


 プロフィールづくりをしていると、なんだか楽しくなってくる。和奏は気分が高揚してきた。


「とりあえず、そんなところか。ああ、そうだ。この書類に両親のサインをもらってこいよ」


 そう言って、京史郎はビジネスバッグから書類を取り出した。


「へ……?」


 和奏が固まる。狼狽しながら聞き返す。


「な……オ、親は関係ナいでショ?」


「学生の身分で親の許可がいらないわけねえだろ。ああ、そういや、親父は、おまえを道場の跡継ぎにしたいんだっけぇ? ケケケ、お気の毒ぅ」


 ――やばい。あたしは近々死ぬかもしれない。

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