アンモナイト

Kitsuny_Story

第1話

車は狭い路地を進んでいる。一台がギリギリ通れるコンクリートの間を車は進んでいく。運転する彼女は表情一つ変えていない。むしろ助手席の僕の方がハラハラしていた。


 舗装された道をしばらく進むと、いつのまにか土の道になっている。水たまりにタイヤがはまると、車は大きくバウンドした。僕は声を出して驚いて、彼女は無反応だった。


 狭い路地が突然終わる。路地を抜けると、大きな道に出る。でもその道は断崖絶壁に挟まれた谷の底だった。グランドキャニオンの底と言えば伝わるだろうか。谷の真ん中にはたくさんの生き物が歩いていた。キリンやシマウマやカバもいる。車で近づくと、生き物たちの足元は草が生い茂っていた。茶色い土の道に、グリーンベルトがどこまでも続いてる。グリーンベルトの上を生き物は列になって行進しているのだ。


 生き物たちが進む方向に車を走らせる。はじめは見たことのある動物たちばかりだった。動物たちの列の前の方に行くと、見たことのない動物たちばかりになる。あんなに牙が剥き出しのトラなんていたのか。「あれ、マンモスじゃない?」と彼女がつぶやく。まさかと思って目をやると、2本の大きな牙にフサフサの茶色い体毛。あれはどう見てもマンモスだった。彼女も面食らった顔をしていた。


 そのうち坂道に変わる。車はグングン登っていく。動物たちも登っていく。どうやらこの上に目指すべきものがあるようだ。坂道を登り切ると、そこは広大な草原の大地だった。大地には無数の生き物が立っている。遠くには恐竜もいる。首長竜とティラノサウルスの横顔が見える。


「あそこの湖にも何かいるかな?」と僕が言うと、彼女が車を近づけてくれる。湖の水面には何も生き物がいなかった。何もいないよと言おうとした瞬間、音楽が大地中に鳴り響いた。聞いたことのあるメロディーだった。「松田聖子さんの赤いスイトピーでしょ」と彼女が言う。


確かにその通りだった。松田聖子さんの透き通る歌声が大地にこだまする。水面にもう一度目をやると、そこには綺麗な螺旋を描く生き物がたくさん浮いている。「アンモナイトだ!」僕は堪らず大声で叫ぶ。僕はアンモナイトの化石コレクターだ。生きたアンモナイトを見ることができるなんて!


「何匹か持って帰れないかな?」と僕は車を降りる。「ちょっとやめなさいよ!」と彼女は注意するが、僕は足を止めない。僕は湖の際に立ってアンモナイトに手を伸ばす。一匹のアンモナイトに手が届きそうになったその瞬間、アンモナイトが大きな口を開け僕の右手を口に入れる。そのまま僕を湖の中に引っ張り込む。アンモナイトは僕を湖の底にまで連れて行く。僕は何とか右手を抜こうと暴れたが、アンモナイトの力が強い。暴れた分、息が苦しくなり意識が遠のいて行く。目の前が真っ暗になり、そこで僕の記憶は終わりを迎える。


「ちょっと、そろそろ起きてよ!閉館の時間だって放送が流れてる」と肩を誰かが叩く。目を開けると、彼女がこちらを睨んでる。僕はベンチに座って寝ていたようだ。そして僕の周りにはアンモナイトの化石が部屋中に展示されている。


「これだけアンモナイトの化石見られたら、満足したでしょ?」という彼女の言葉に、博物館に彼女と来たことを思い出す。


僕の右手にはアンモナイトに噛まれた感触がまた残ってる。僕は右手で彼女の左手を握りしめ、足早に博物館の出口にむかう。館内には閉館の時間を知らせる「赤いスイトピー」が鳴り響いていた。

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