浮遊感 。。 ー彼女を知るための5つの話ー
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静かに日常を過ごしている柚希だけれど、意外にも彼女はバスケをやっている。
女子の中では大きめな方だけれど動きは結構素早くて、相手のボールをカットしたかと思うとすぐに攻め込んでゴールを決めてしまう。
「ナイシュ柚希」
「ん」
ゼッケンで汗を拭いながら戻って来た柚希の手にタッチする。
「一年に負けてんなー!」
二年生チームが気合を入れた。
柚希にとって幸いだったのは、先輩たちが「先輩」の地位に胡坐をかくような人たちじゃなかったことかもしれない。
もしもそういう部活だったら、ただ淡々とゲームを進めていくような柚希はとっくに嫌われていたに違いないから。
最終クォーター。
試合は同点。
「二十秒……あと一点決められれば。柚希、頑張るよ!」
「うん。……っ……!」
一瞬、彼女が表情をゆがめたように見えた。
「ん? 柚希どした」
「いや、何でも」
「いや……」
気になるところだったが、ホイッスルが鳴ってしまった。
相手ボールからスタート、どうにか取り返さなければならないが。
さすがに経験値が違う。先輩たちは素早いパス回しでどんどん自陣に攻め込んでくる。
ボールを持つ先輩に柚希が立ち塞がった。避けようとする先輩、私もディフェンスに回る。ダブルチームという名前がついているのは後で知った。
こちら側のディフェンスが弱くなるから、リスキーではあるけれど、まずは止めないと。
先輩は露骨に嫌そうな顔をしていた。
柚希を避ければ私が、私を避ければ柚希がそれを阻止する。
しかしこちらはこちらで、ボールを取らないと同点で終わってしまう。
一瞬の隙を……、そう思ったとき、私の方に身体を傾けかけた先輩が、柚希の向こうのチームメイトにボールを投げようとした。
「柚希!」
ここはカットしないと!
私は叫んだ。
柚希も一瞬で察したようで、ボールに手を伸ばした、が。
「んっ……!!」
とたんに顔を歪め、手を引っ込めてしまった。
「えっ」
残り五秒、パスの通った先輩チームがゴールを決め、間もなくホイッスルが響いた。
顧問の話を聞いて解散。
後は自主練で残る人と、帰る人とに分かれる。
普段は(これまた意外にも)柚希も、私も残るのだけれど、今日は帰ることにした。というか無理やり私が「今日は帰るよ」と説得して、体育館を出た。
「痛い……!」
薄暗い部室。柚希の手首に触れると、彼女はぐっと顔を歪めた。
「いつから?」
「昨日の、お昼くらいから、かな」
「馬鹿。昨日の部活んときにはもう痛かったんじゃない」
「迷惑かけたくなかった」
「途中で言われる方が迷惑だって、もう」
パパっとテーピングをかけていく。
(柚希、結構手小っちゃいよな。背はおっきいのに)
そんな余計なことを考えつつテープを巻いていくと、珍しく柚希が声をかけてきた。
「上手だね。テーピング」
「んー? まあね」
「小学生の時も、やってたんだっけ」
「ミニバスね」
「そっか」
「はい完成。応急処置だから、痛かったらちゃんと保健室行くこと。いい?」
「はい」
柚希は微笑する。
「ね、ほんとにわかってる?」
「大丈夫」
彼女はテープのまかれた手を蛍光灯にかざして、またも笑った。たまに絆創膏で喜ぶ子どもがいるけれど、それみたいな感じだ。
「まったくもう……今日は帰ろうね」
「うん」
相変わらずけがをしたことを理解しているのかしていないのか、わからない様子で柚希は笑った。
こういう笑顔を普段にも見せておけば、もっと周りに人もよってくるだろうし、男子にもモテるだろうに。
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