夏の日とプチシュークリーム
水原麻以
憧れの先輩と僕の騙し合いラブゲーム
太陽が少し翳りだして水温が冷たくなった。肌の火照りを奪うには十分だ。僕たちは急いで岸を目指す。前をゆく彼女の肩紐にはくっきりと焼け跡がついている。その視線に気づいたのか彼女は振り返った。
「関口君、あのね」
僕はぎょっとし目を反らす。そして素直に謝った。「ご、ごめんなさい」
すると彼女は僕の瞳の奥まで覗き込んだ。じいっと探索するように。
そして口元をゆがめた。
「プチ」
「ぷち」
反射的に出た言葉が同時にハモる。彼女はドキッとし僕は口ごもってしまう。
「あ、あ、あ、あの」
「あ、あなたこそどうぞ」
しばし譲り合った後、僕は彼女の好意に甘えることにした。
「ごめんなさい。その、先輩の水着、つい見ちゃいました」
すると彼女は「今の今まで穴が開くほど観賞しておきながら?
他に謝ることがあるでしょ!」と激おこ。
論点はそこじゃないんだ。肩紐はあくまできっかけであって、本当は…。
「本当はプチシューのことでしょ? そんなに好きでだけど男のプライドが邪魔をするっていうならLINEで押しえてくれたらよかったのに。箱買いしてあげる」
み、見抜かれている。
「確かにカフェテリアで先輩のプチシューを1個取ったのは僕です。ごめんなさい」
ここで謝るまでもなく事態は炎上していて女子の間どころか学校中で情報共有されてる。悪事千里を走ると昨日、現国で習ったけど今日の体育で早速役立つとは予想外だ。1年と2年は合同で房総の海に来ている。プールはメンテ中だ。休む予定だったけど体育は必須科目だけに単位認定が厳しい。
村八分で学歴が危うくなるリスクをなぜ犯したか。僕にもわからない。ただ先輩のテーブルのプチシューに萌えたことは事実だ。つい手を伸ばしてしまった。
そのことを正直に話すと、先輩は表情を和らげた。
「いいの。あたしも関口を釣ったんじゃないかって女子にいわれてる」
ああ、それでやっぱりか、と腑に落ちた。班分けのくじ引きにバイアスを感じた。僕と先輩は隔離されたってわけだ。
「それで…どうするんです?」
僕は岸を見やった。他のメンバーは早々とバスタオルで身体を拭きジャージの砂を払っている。
「帰るしかないでしょ…」
先輩はほんのり赤く染まった空を見上げた。そしてなぜか僕に背中を向ける。
「あの…先輩…肩が」
キャッと短い悲鳴と飛沫があがった。
そして僕は唐突に足をつかまれた。
否応なく引きずり込まれる。
ごぼごぼごぼ。
(せ、先輩、こんなところでプロポーズですか?)
ごぼごぼごぼ。
(バカもう何言ってるのよ。)
(だって先輩、これ手の込んだドッキリでしょ。そうじゃないとしたら大掛かりなフラグでしょ)
(はぁ?もう、いみわからない)
(またまた、先輩。みんなグルなんでしょ。僕たちを…)
くんずほぐれつ、だんだん酸素が足りなくなってくる。
先輩は息が切れる前に浮上するはずだ。ガバっと顔を出して深呼吸。そして「関口君のことをずっと前から…」
ビキニのボトムが僕の目の高さに来る。過剰に刺激的だ。心臓がバクバクする。いっそこのまま…。
(死んでちょうだい)
えっ、と僕は耳を疑った。ぐいっと羽交い絞めされる。先輩ってこんなに腕力あったっけ。
たいした抵抗もできないままどんどん沈んでいく。
(せっ、先輩?)
すると先輩はとんでもないことを暴露した。
(女どもったら、あたしが関口とフラグ立てるとおもってるんだぁー、あたしはねぇ!)
そういって僕の首を絞めた。
(も、もしかして、先輩がくじを?)
(だってこうするしかなかったのよ。ごめんなさい!)
そして僕の意識を奈落の底に蹴り落とした。
…数か月後、僕は漂白された天井を最初に認識した。枕もとで刑事さんが写真を見せてくれた。「この人に間違いはありませんか?」
僕は五分刈りになった男と記憶を一致させることに難儀した。彼、いや彼女は僕とのフラグをへし折る事で認めて貰う約束をクラスの女子たちからとりつけていた。そのLINEが漏れた。県警は潜水具を付けて張り込んでいたらしい。
「確かに間違いはありませんが、先輩はどうなったんです?」
「公判中なので詳細は教えられません。ただし、一つだけ言えることがあります」
刑事さんは僕に言い聞かせるように告げた。だいたい予想はつく。
僕が一番聞きたくないフレーズだ。
「も」
「もしかして、母が?」
またハモった。
どうぞ、と僕が譲る。
「お母さんが、『そろそろ女の子に戻って欲しい』、と」
ああ、ちくしょう。やっぱりそうだ。これは青春の誤謬っていうやつなのか。
夏の日とプチシュークリーム 水原麻以 @maimizuhara
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