第8話 食事

「ほうほう、それは興味深いですね」


 研修会のあと、オランゲ先生に声を掛けたらそのまま食事へ向かう流れに。

『久々ってほど久々でもないねー、先々月まで授業受けてわけだし。でもオランゲちゃんは優秀だよねほんと。さすが元宮廷教師。授業は眠いけど』


「魔物化した動物は見当たらず、豚鬼オークが8体発生ですか。リゼ川上流域ということはミスカ山地ですね。リゼ遺跡群の西端からおよそ7km、ふむ……」

「魔力氾濫地の痕跡が川沿いに細長く分布しているのも特徴的だと思います」

『それ、図を見るに川沿いってほど沿ってないと思うなぁ』

「はい。話を聞く限り、植物への影響からしてかなり強い魔力源が存在したはずです。なのに



 先日バルテリさんが報告してくれた豚鬼オーク発生調査の件。ギルド調査官からの報告調書が上がってきましたが、どうにも不思議です。

 「植物には強い魔力の痕跡が残り、地上にも数百mにわたって魔力源が存在した痕跡がある」。しかし「周囲に魔物化した動物は見当たらず、魔物の死骸なども存在しない」と言うのです。そもそもの魔力源がどのように発生したかも不明ですし、鬼だけを生み出し忽然と消えた魔力溜まりも謎。緊急性は低いとして危険度イエローは解除され、報告調書も機密指定されずにそのまま公開されています。

『支部もなんで危険度分類解除しちゃったんだろ。結局原因不明のままじゃん』


「ユーキくんも知っての通り、鬼の発生については未解明な部分が多い。魔力溜まりから発生すると言われているが、じゃないんだからゼロから生まれるはずはない。何らかの素材……豚鬼オークはまあ、イノシシだろうね、それが魔力変性した結果と見るのが妥当だろう。ではなぜ彼らは『イノシシの魔物』ではなく『豚鬼』になったのか」


「それは、魔力の吸収の仕方と教えられました」

『魔女、アリスの説ね』


「そうだね、一般的にはそう考えられている。種の特性を維持できないほどの急激な変性の結果だと。けど、僕は違うと思うねぇ。だっておかしいでしょ、どうして鬼は三種類しかいないのか」


小鬼ゴブリン豚鬼オーク大鬼オーガですね」

『何がベースでもそのどれかの形態になるってんだから、不思議よね』


「そう、三種類とも何故か直立二足歩行をする。イノシシがだよ、いくら豚鬼オークになりましたって言ってもさ、いきなり人間みたいに歩くと思います?」


 ……確かに。言われてみると不自然極まりない。


「それだけ魔力の影響が大きかった、とか?」

「魔力の影響がひっっっじょーに大きかったとして、それで『とても強いイノシシ』ではなく『なぜか人間みたいに歩くイノシシ』になる道理がありますかねぇ?本能が強化される魔物化はまだ道理がある。そりゃ魔物化にしてもとか、とか、とか、冷静に考えれば意味不明だけどね、それでもギリギリ理解の範疇だ。しかし鬼はどうだい、僕には分からないよ。あまりにも不自然だ」

「なるほど……。先生はどうお考えなのでしょうか」


 ううん……もはや「今まで何も疑問に思わなかったこと」が疑問だ。そもそも鬼についての研究が少なすぎるのでは?アリス――「魔女」と呼ばれた偉大な研究者の『魔術概論』以降で鬼についての主要な論文はあっただろうか。少なくともボクは目にしていない、ということはこの町の図書館には入っていない。アリスの論から50年近く新説が出ていないと?まさか。脅威であることは間違いないにのに……もしや、隠蔽されている?だめだめ、それじゃ陰謀論。落ち着け。何で鬼は二足歩行するんだろう。四足の方が速度も安定性も上のはずです。……手を自由にしたかった?何のために?

『手を何かに使いたかったんでしょ。剣持つとか盾持つとか陣形成するとか』


「一つの説があります。……あまり大きな声では言えませんが。つまり兵器です」


 おっとー。陰謀論の臭いが充満してきました。やっぱそうなるんですね。いえ、オランゲ先生が言うならもう陰謀論と言い切れない。それなりの理屈があるんでしょう。


「記録上、王国内の鬼の発生は遺跡群の存在と高い相関があります。鬼の発生から遺跡の存在を疑い、掘り当てたという例もあるくらいです」

「あ、特級冒険者の」

『ネイコフか』

「そうです。よくご存知ですね、ユーキくん」

「ふふ、以前先生の授業で聞きました」

「おや、そうでしたか」


 特級冒険者ネイコフ。遺跡関連に多大な功績を持ち、死後贈与が基本の特級称号を生前授与された数少ない白金級冒険者プラチナハンターの一人。かつてはルクシア支部を拠点としていたようで、ルクシアのギルドには彼専用の特別室があるとか。近年はルクシアには姿を見せず、どうやら王命でザルパの遺跡群調査に潜りっぱなしという噂です。「ザルパの賢者」という二つ名から老人の姿を想像しがちですが、なんとまだ30歳前後だと。……つまり20歳はたちそこそこで特級の称号を得たことになります。信じられません。アンドル並みに話を盛ってると思います。




「ふーむ、このスープはいいですね……。魚介出汁をベースにいくつかの香味野菜を混ぜているようですが……いや旨い。いくらでも飲めそうだ」

「お口に合ってよかったです。先生は普段屋台なんて来ないでしょうから」

『いいなぁ、わたしも飲みたいー!飲ませろー!』


 お昼時から夜にかけて、ギルドの周りには冒険者向けの屋台がいくつも並びます。当たり外れが激しいので初心者にはお勧めできませんが。しかも人気店はすぐに売り切れて店を閉めてしまいます。この店は少し離れた場所にあり営業も不定期なので美味しいわりに人が少ない、いわゆる穴場なんです。今日はやってて良かった。昼食に銀貨1枚は安くないけど。

『ぷぷぷ、ユーキの家賃と同額ね』


「パンとの相性も素晴らしい。いや、これはなかなかですよ。午後の仕事を放り出してワインを頂きたいくらいだ。辛口の白かな、酸味の強いリンゴ酒でもいけそうだ」

「日によっては魚料理もあるんですけど、それもとても美味しいですよ」

「いい話を聞いた。是非通わせてもらおう」


 リゼの川魚は泥臭くてあまり好きじゃなかったんですが、この屋台の魚料理はとっても美味しいんです。孤児院で食べてた魚は一体何だったんでしょう。見た目は同じ焼き魚なのに、味は全くの別物でした。絶妙な塩加減で、骨まで柔らかく、しかも内臓の苦みが全然臭くないんです。ああ、思い出したら涎が。

『孤児院のアレは作ってる奴らが悪い。わたしはもっと上手く作った』


 


「……で、なんだったかな」

「鬼と遺跡の話です」


「そうだった。もしかすると機密事項かもしれませんが、僕が調べたところによると、少なくとも記録上、鬼は遺跡の周囲10km圏内でしか発生していないんです。これはつまり遺跡のが鬼を作り出している、と言えるんじゃないかな。遺跡のと言い換えてもいい」

『何か、ねぇ。オランゲちゃん本当は全部分かってるんじゃないの?勿体ぶった言い方しないでよ』


 先生は正面を向いたまま小声で話します。なんだか諜報員にでもなった気分。屋台には他の客はおらず、店主は少し離れた場所で仕込み中。術式を使った盗聴でもない限り聞かれることはないでしょう。こんな場所に術式を仕込んでいたら、それはそれで驚きですが。

『大丈夫よ。魔力線の不自然な変動は無い。ってか、諜報員気取りとかウケるんですけど』


「作り出している……人為的な存在、ということでしょうか」

「さあ……。現在の遺跡は無人だ。だから人為的というのが妥当な表現かどうかは分からん。しかし、鬼は本来的に何らかの目的をもって生まれた存在なんじゃないかと、僕は考えている」


「それが兵器だと」

「ふふふ……まあ、そう考えると辻褄の合う部分がある、という程度の根拠ですがね。しかしこういう考察は大事ですよ、学問としては」


 先生の話を聞くともうとしか考えられなくなりますが、先生は飽くまで「一つの説」として心に留めなさいと仰います。

『ユーキは思い込み激しいからね。そういう時は論敵になったつもりで反論するための穴を探すといいわ、諜報員さん。プププ』


「そこで最初の話に戻りますが、魔物が発生しない理由です。例えばこんなのはどうでしょう。『ある種の魔力溜まりには予め術式が込められていて、それは動物を鬼に変化させる』。まあ、言っといて何ですが根拠も何もありません」


「術式の込められた魔力溜まり……」

『まあ確かに筋の通った話ね。鬼と魔物の関係に限れば、ってことでしょうけど』

「それを司るのが遺跡群地下深くに眠る魔力源、というお話でどうでしょうか。なかなか魅力的なストーリーが描けるのでは?」


 むむむ。


「川沿いに細長い魔力氾濫地……細長いのではなく円弧状なのでは……地下深くから球状に発する魔力と地表面との交点……円弧状の分布とすれば納得できる……過去の発生状況を再調査して……」

『ああ……自分の世界に入っちゃった。妄想が捗りますなぁ』


「ユーキくん?あまり真に受けないでくださいね?」


「しかしその場合に遺跡上部が鬼だらけにならない理由は何だ……?地下の魔力以外の要素が何か……例えば複数の遺跡からの干渉……いや、遺跡群の距離からしてあり得ない……地上の要素か……?」

『昼食休憩終わりますよー。ユーキくーん。おーい』


「はいはい、その辺で。ユーキくん、そろそろ戻らないといけないのでは?」

「……あっ!!」


『走ればギリってとこかな』


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