第9話 依頼
「それでは、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします。不明点は聞いてください。あ、記入はそちらのスペースで」
どうにか午後の始業に間に合った。13時の鐘と同時にカウンター着。指導係のニコさんは苦笑い。謝罪をする間もなく、業務再開を待っていた行列への対応が始まります。この時間帯は依頼の発注受注と完了報告が混在し、カウンター前が混沌としがち。ベテランのナーシアさんはサクサク捌きますがまだボクはそうはいきません。
「なあ、完了報告まだか?そっちの兄ちゃんより前に出したはずだぞ」
『Fランク依頼完了報告、級位なしの新人冒険者アラン。確かに5分前に完了報告提出済みね。ただし討伐証明書が未添付の不備。あ、言っちゃダメよ。今ニコが売却カウンターまで取りに走ってるから』
「も、申し訳ございません!ただいま完了報告のお客様には少々お時間をいただいております!お掛けになってお待ちください!」
「すみません、ここの欄はどう書けばいいんでしょうか」
『こっちは……依頼発注、行方不明者の捜索願い、か。表情から見るに相当な心労ね。親しい人なんでしょう』
「ええと、はい、こちらは依頼遂行上の必要経費が発生した場合の対応について記載をお願いしています。依頼金額に上乗せするか、経費まで含め依頼金額とするかをご記入ください。そうですねー、一般論として、目的地までの行程や宿泊費用は依頼金額に含める場合が多いですが、依頼遂行に特殊な技術や資材が必要となる際には別途経費精算を行う場合が多いようです」
「あ、あの、冒険者になりたいんです!」
『あら可愛い。でも年齢制限満たしてるかなぁ?』
「はい!新規組合員の申し込みですね。ありがとうございます。文字は書けますか?ではこちらの用紙に……」
ああ目が回る……。ふと隣を見ると、ナーシアさんは時たま談笑しながらボクの倍近いお客さんに対応している。シンジラレナイ。待ってる人も全然怒ってないし、何て言うか空気が違う。
「ユーキ。さっきの完了報告、承認だ。はい用紙とタグ」
『新人のアランね。16歳、リゼ川北岸農村集落出身、彼女無し』
「アランさん、お待たせしました。依頼完了報告は承認されました、依頼達成おめでとうございます。討伐証明書の添付がありませんでしたのでこちらで取得しました。今後は報告時に一緒に出してくださいね」
「あ、やべ。すまん、忘れてた」
「討伐依頼は初めてでしたね。大丈夫です、すぐに慣れると思いますよ」
「おう、気を付ける」
「アランさんは今回で
「ああ……、頼む」
「はい。それではこちらの申請書にご記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「いや、それくらいなら自分で書ける」
認定6級、ギルドの最低級位。フリーランクの依頼を10件こなせば取得できるので、
6級を取得しなくても、一つ上のEランク依頼を10件達成すれば認定5級を受験できます。6級を飛ばして5級になる人も少なくない。取得時期は平均で加入後半年。5級になればDランク依頼の受注資格を得られるので、初心者卒業の目安とも言われています。5級からはタグが金属ベースへと変わり、外周に級位を示すレリーフが加えられる。かっこいいなぁ。
プラチナ、ゴールド、シルバーといった級位の別名はこのレリーフの素材が由来。5級が
「なあ、受付ってのは俺ら一人一人の達成状況まで覚えてんのか?」
『タグに実績管理の陣が入ってるんやで(小声)』
「いえ、そういう訳ではありませんが……アランさんはボクと同じ日に加入申し込みしてたんで、何となく覚えてました。あ、気持ち悪いですね、すみません」
「い、いやそうじゃなく……何て言うかその……あ、ありがとな」
『お?フラグか?ギャルゲか?』
「……?どういたしまして」
アランさんは少々ぶっきらぼうですが、根は真面目な方だと思います。初めに受けた依頼が「猫の捜索」でしたし、依頼者評価も高め。新人冒険者は討伐依頼を受けたがるものだけど、彼は労力や見返りよりも依頼人が本当に困っていそうなものから選んでいるように感じます。スラムにはいなかったタイプ、正直なところ早死にしそうで心配。
「ニコさん、6級面談お願いします」
「おう。お前は一人で大丈夫か?」
『もう待機列もないし、大丈夫でしょ』
「ナーシアさんもいますし、大丈夫だと思います。最悪呼びに行きます」
「そうだな。よし、アラン!ついてこい」
「はい!」
「頑張ってくださいね」
「お、おう!」
『……その微笑はわざとか?あざといやつめ、フヒヒ』
処理中の案件は……加入申し込み1件と依頼発注1件か。申し込みは欠格事項が無ければボク一人で処理できるし、依頼発注は連絡先さえ確認できればもし不備があってもどうにかなる。うん、大丈夫そうです。
「か、書けました!お願いします!」
「はい、ありがとうございます」
『あー』
加入希望は……あ、これダメなやつだ。
「モルさんですね。申し訳ありませんが、ギルドへの加入は16歳以上という条件があります。15歳のモルさんには加入資格がありません」
「そ、そんなぁ……」
『この子、規約とかそもそも読めなそうね。字は多少書けるみたいだけど』
「また来年、16歳になってからいらしてください」
「わ、わたし強いです!16歳よりも!」
「冒険者には強さ以外にも様々なことが要求されます。例えば規約をしっかりと確認できること。文字の読み書きは必須ではありませんが、依頼票の文字が読めなければ受注は難しいでしょうね」
「うぐぐ……」
『年齢ごまかす発想はなさそう。素直な子なのかな』
「それと、居住地についてです。この支店に所属する方は、基本的にリゼの町周辺に居住することが求められます。モルさんのご住所は宿屋になっていますね。自宅はどちらでしょうか」
「……ない」
「無い?孤児院や教会にお住まいということでしょうか?」
「ううん、無いの。わたしの家は遠いところ、たぶん」
『はい撤収。これ絶対面倒なやつ』
ああ、これはまずい。家出少女的な何かでしょうか。加入はできませんが、放置するわけにもいきません。どうしよう。
「モルさんっていうの?可愛いお名前ね」
「ん?ありがと、お姉さん」
「ナーシアさん……」
『救世主キタコレ。丸投げしよう。絶対面倒』
「彼女のことは私に任せて。ユーキは依頼受注をお願いね」
「承知しました!ありがとうございます」
たすかりました!さすが熟練カウンタースタッフです。
熟練とかベテランとか言うと何故か怒られますけど。
『そりゃね……毎朝相当頑張ってるよ、あれ。お子様にはまだ理解できないかー』
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