ワクチン【独占/復習/湿気】

日本にこの感染症が蔓延してから何年経つだろうか。

ワクチンの権利を米国が独占。日本にその権利が回ってくるのは更に数年の時間を要すると言われている。

ワクチン確保に失敗した政権が近々倒れるとか倒れないとか。

失業率は高まり、動画サイトの広告は消費者金融ばかりになった。


特に重症化しやすい高齢者は不安を抱えていた。

そんな折、この感染症の原因ウイルスは、一定の湿度下で不活性化するという論文が発表された。

不活性化の度合いは10%。抜本的な解決策とはならない。

しかし安心感は金には代えられない。


ビジネスチャンスである。

適当なメーカーに声をかけて、一般的な加湿器のパッケージを変えて制作させる。

ナノピュア・アクアと名付けられた単なる加湿器は、高齢者に向けて飛ぶように売れた。


最初は笑いが止まらなかったが、そのうち、毎度同じリアクションをするジジイとババアに嫌気がさしてくる。

周辺の警察が動き出したら地域を変えるだけ。

同じ単元の復習問題を解き続けるような倦怠感と、少しずつ積もる罪悪感。


久しぶりに東京を歩いていると声をかけられる。

ナノピュア・アクアを仕掛けたメーカーの若い幹部、ワタナベ。

曰く、年寄りを騙すビジネスに嫌気がさした。本当に人の役に立つ仕事をしたい。

彼は電化製品を輸入するツテを使って、中国からワクチンの密輸ルートを確保した。これを必要な日本人に販売したいという。


タイミングが良かった。俺は話に乗り、ワクチンの密売に乗り出した。

人生で初めての慈善事業。

高額ではあるが、ほぼ仕入れ値でワクチンを流していく。

今まで騙してきた高齢者たちに心中で謝罪しながら、禊を続けた。


そして数ヶ月後、密輸の罪で逮捕されることとなったが俺に悔いはなかった。

誇り高く業務を遂行したのだ。


しかし俺は取調室で顛末を知る。

ワタナベが密輸していたワクチンの原価は、俺が知らされていたものの3分の1以下。

利鞘は全てワタナベの懐に入っていた。

そしてこの密輸ルートでのやりとりで使われていた名前は全て俺のもの。


取調室でワタナベについて伝えても、刑事は全く取り合わない。俺の単独での犯罪なのだと。


人に悪意を向け続けて来た俺だったが、俺自身に向けられる悪意には免疫がなかった。

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