トウキョウヘッジホッグ【東京/自制心/変身】
スミカが死んでからもう何年も経つ。
スミカは強い女で、いつも私を守ってくれた。
街を歩いてると声をかけてくるウザい奴らとか、そういうのから。
どうしてスミカはそんなに強くいられるの、って聴くと、髪をかきあげて、ピアスでいっぱいの耳を見せて笑う。
ムカつくことあったらピアス開けんだよ。
そしてその日、スミカは私の耳に一つ、小さい穴を開けてくれた。
文字通り、私の世界に風穴が空いた瞬間だった。
そしてスミカは東京に出ていって、しばらくしてから、アルコール漬けで真冬の路上に冷たくなって見つかった。
○○○
渋谷。朝7時。秋。
ハチ公の横の草むらで目が覚める。
ダイスケはなりたての公務員。
昨日は何軒回ったのか。先輩に連れられて強い酒を煽っていたところまでは覚えているが・・・。
頭痛と吐き気に耐えながら駅へ向かう。ゲロを吐いて顔を洗う。
鏡を見ると、自分の左耳に見知らぬ透明なピアスが空いていた。
週明け、先輩に聞いてみるが、ダイスケを放置するまで側にはいたが、別にピアス遊びなんかしていないとのこと。つーか放置しないでほしい。
いいじゃんか、似合うかもしんねーよ。
やめてくださいよ。そうは言ったものの、ピアスを抜き取る気には何故かならず、絆創膏で隠した。
しかし、ということは潰れている間に何者かがダイスケにピアスを開けたということだ。
ダイスケは翌週末も渋谷にいた。
酒を飲みながら明け方を待つ。酒は好きだ。
駅前をフラフラ歩いていると、道の端端に人が転がっているのが分かる。
そしてそのうちの一つに、見つけた。顔の近くにうずくまり、耳元を弄っている。
あんたか?
耳を見せながら声をかけると、その女は驚いた顔をするが、すぐにニッコリと笑った。
いいっしょ、ソレ。
女は耳だけじゃなく、口や鼻、目元にまでピアスだらけ。
ピアスの強制布教活動か何か?
女が言うには、この活動はこういうこと。
酒に飲まれるってことは、嫌なことがあったってこと。そんな日はピアスを開けると耐えられる。
誰でも、変わりたいと思ってる。変身願望を持ってる。
でもみんなそんな度胸が無いから、自分が開けてやってる。お兄さんも気に入ってんしょ?
でもアンタはもう開けるところ残ってないだろ。
そうだね、あと10個くらいは頑張ってみるかな。
そう言って女は作業に戻る。
ばつん、と見知らぬオッサンの耳に穴が空いた。
ダイスケはその後もピアスが外せなかった。
仕事が上手くいかなかった時、彼女と喧嘩した時、絆創膏を外してピアスを眺めると、イライラが治った。
たまの週末、飲み過ぎても潰れることはなかった。ピアスが自制心を保ってくれる。
そんな時は終電で渋谷へ行って、女が倒れた人にピアスを開けているのを眺めていた。
お兄さんもピアス増やさない?
いや俺はまだ一個で大丈夫だから。
そうか、お兄さんは本当に強いのかもね。あたしやスミカは、本当は弱いのに頑張っちゃうから、ピアス増えちゃうよ。
まだ増やせるのか。
そうだね、お兄さんと初めて会ってから、10個増えたよ。もう開けるとこないの。
そうか、じゃあ今度は俺に開けに来てくれ。
難しいかも。スミカと同じだ。東京は死にたくなる。
それが女を見た最後の機会になった。
明け方の渋谷に何度来ても、そこには人が転がっているだけだった。
実は昨日の夕方、穴を増やそうかなとピアッサーを買ったところだった。
俺は手近に転がっている男を見繕って、その頭の横にしゃがみ込んだ。
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