アイ・ウォント・ザ・モーターサイクル【心/砂/バイク】

頭の中に藁が詰まったみたいな感覚。

32歳。結婚5年目のDINKS。生活への不満はそこそこ。

そこそこのそれが積もり積もって、思考能力を奪っていく感じがする。


夫と合わなかった休日。

適当に近所でランチをして適当な夕飯の買い物をした帰り道。

歌が聞こえてくる。

「アーイウォンザーモターサイコーオ」

目をやると短く髪を刈り込んだ女性がタンクトップ1枚で大型のバイクを洗っている。


おねえさんバイク興味ある?

気付くとずっと眺めてしまっていたようだ。

バイクなんて乗ったこともない。夫も私も普通免許すら持ってない。

乗ってみる?

ニヤリとするその笑顔に乗せられて、買い物袋をその女性の家に預けた。

時間はどれくらいあんの?

2時間くらいなら。


チャキチャキとプロテクター、ヘルメットを装着されて、タンデム。

彼女がまた歌い出す。

「2時間だけのバカ〜ンス〜」

どこに行くの。

そりゃ海ですわ。


信号待ちごとにお互いの話をした。

彼女はバイカーで、シンガー志望で、母親なんだとか。

今日は"バイクの日"だから子供はママにぶん投げてる。

何もしてない自分が恥ずかしくなってくる。

最近、脳みそがなくなっちゃったみたいで。藁が詰まってるような・・・。

すると彼女はひとしきり笑って、また歌い出す。

「somewhere over the rainbow...」


オズの魔法使いみたいだなと思って。

彼女はまた笑いながら言う。

私は脳みそがないカカシ。バイクは心がないブリキ。彼女が歌姫ドロシー。ライオンがいないけど。


かくしてオズのお城・・・ではなく砂浜に辿り着く。

バイクの近くで海を眺める。

お姉さんはカカシじゃなくてライオンだよ。普通突然知らない人間のバイクに乗らないでしょ。

確かに、昔から行動力だけはあったかも。

結婚したのも勢いだったし、今日のランチも全然知らない店の新メニューだった。

頭がぼんやりしてたんじゃなくて、自分の勇気に気づけなくなっていただけだ。

さぁ、帰ろうか。"やっぱりおうちが一番"

彼女が笑って、バイクにまたがる。


「Don't stop me now 〜」

帰り道はめっちゃ飛ばしていた。子供のお迎え時間が近いのだ。

あっけなく自宅で荷物を渡され、じゃっ、と彼女は去っていく。


夢みたいな時間だった。

家に帰って、玄関に上がって、ご飯を作って。

夫が帰ってくるなり足の裏を指して苦い顔をする。

「この砂なに?」

夢じゃなかった。

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