脳内バケーション【フォロー/飼育/CD】

 長谷雄が宗教を信じられなくなったのは、恋人の操が助からないと分かってからだった。

 操はとてもやさしくて気立がよく、不治の病にかかるような子ではなかったのだ、すくなくとも、教義の上では。

 神様はなんのフォローもしてくれない。こんなに優しい操が不治の病にかかってしまって、しかも、救いがないなんて。最低だ。

 誰にでもやさしく、人を愛する心があれば病は自ずと逃げていく。病にかかるのは信仰心が足りないからだ。その言葉を心底信じていた長谷雄が初めて付き合ったのが同じ宗教を信仰する操だった。

 操は病弱で身体がとても弱い。だから信仰により生まれるパワーでどうにか生にしがみついている。これが教祖の主張だったが、なんのことはない。病院での処置が適切なだけだった。

 長谷雄は宗教と教団に対して不信感を持つようになった。我々は神に飼育される畜生に過ぎない。そんな言説で人々を惑わして、自分の頭で考えることを放棄させる。あまつさえ財産も放棄させる。その財産は教団の上位幹部に流れていく。

 こんなやり方は間違っている。長谷雄は決心した。

 長谷雄はまずは操の目を覚ますべく、教団の偽善を暴いてみせた。そして、それをネットを使って世界に告発した。

 教団は秘密裏に悪事を働いていた。麻薬にゆすり、強盗に殺人さらに詐欺。金になることならなんでもやっていたのだ。

 やがてそれらは露見して、警察に取り締まられることになった。上位幹部は逃げ出すものや内紛で身を持ち崩すものなど阿鼻叫喚の地獄の様相を呈していて散々な有様だった。

 そして長谷雄はそれらのすべてを記録して公開した。

 しまいには教祖も逮捕されてしまい、教団は壊滅した。

 楽園が崩壊する様子はニュースにもなった。それを見ていた信者たちは教祖に幻滅した。

 何をしていいのか分からず呆然とするものもいたし、長谷雄に感謝するものもいた。

 そしてみな、教団から離れていった。


***


 数年が経った。長谷雄と操は綺麗な風が吹く高原に住まいを移したが、懸命の看病も虚しく操は亡くなってしまった。

 長谷雄が喪失感と悲しみから操の遺品を整理していると、教団の経典が吹き込まれたCDが出てきた。長谷雄は目を見開く。

 実は操は長谷雄に内緒で教団が壊滅した後も、教義のCDを隠れて聞いていたのだ。

 そんなバカな。たしかに、最初に操の洗脳を解いたはずなのに!

 長谷雄の脳裏に蘇る記憶。

 それは逮捕されて、パトカーに連れていかれる直前の教祖の声だった。


「あーあ、キミ、やっちゃったねぇ、これから彼らはどうするのさ。信じるものは救われるんだよ。少なくとも、その人の気持ちの上ではね」

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