>>14 from the outset




「ゆかり先輩は、今まで頑張ってきた事全部を水の泡にするつもりなんですか!? あたしが……っ、あたしがゆかり先輩と一緒に歌いたかった歌は、こんな歌じゃない!! 」


 菜々ちゃんは叫んだ。


 頬の痛みが、ジンジンと私の心に何かを訴えようとしている気がする……。私は自分の頬に右手を添えた。


 ──私と一緒に歌いたかった歌……?


 ……何それ。

 私は最初から下手くそだった。歌の事なんて何も知らなかったし、興味も無かった。そんな私と一緒に歌いたかった歌って何? そんなの、今の歌で充分でしょ……。


 私は痛みのせいなのか、それとも菜々ちゃんに言われた言葉の為なのか……気を抜いたら涙が溢れてきてしまいそうだったので、唇をキュッと強く噛み締めた。


「あたしは、ゆかり先輩が下手だから一緒に歌いたかった訳じゃない! ゆかり先輩の歌には人の気持ちを動かす素敵な力があるから、ゆかり先輩が楽しそうに歌うから、だから一緒に歌いたいと思ったんです!! それなのに、どうして他人と比べるんですか!? 勿論、他の人達と比べたらまだまだですよ。それでも、ゆかり先輩にしかない物がある!! 私は、それに惹かれたんです!! ゆかり先輩は、聴いてる人を笑顔にするような歌を歌える! そんな温かい力を持ってるんですよ!! どうして分かってくれないんですか!? 」

「……──っ。何で、そんなに……」


 ……私に拘るの?

 分からない。


 聴いてる人を笑顔にする力? 

 そんなの……、菜々ちゃんだって持っているじゃないか。現に、私は菜々ちゃんの歌に救われたんだ。菜々ちゃんの方が、私よりずっとずっと凄いじゃないか。私なんかが居たら……、却って菜々ちゃんの邪魔じゃないか。菜々ちゃんなら、1人でもやっていけるじゃないか……。


 菜々ちゃんに伝えたかった言葉が沢山あるが、喉の何処かで引っかかって声に出すことが出来ない。


 やっと、口に出して言えた言葉はこの一言だった。


「私で、いいの……? 」


 ずっと不安だった。

 沢山の凄い人達が居る中で、どうして何も無い私を選んだのか……。私以外と組んだ方が、菜々ちゃんは絶対素晴らしい歌手になれるはず。このオーディションだって……、私じゃなければ、もっと完璧だった筈なのに。


 私は菜々ちゃんの顔を見る事が怖くて、目をギュッと瞑る。


 菜々ちゃんの答えは……、


「──ゆかり先輩じゃなきゃ駄目なんですよっ。さっきからそう言ってるじゃないですか」


 『ふふ』っと菜々ちゃんの笑う声がして、私は恐る恐る目を開ける。


 菜々ちゃんは……、温かい笑顔で、私に腕を差し伸べてくれていた。


「ゆかり先輩、歌いましょう。あたしはこのオーディションで落ちても気にしないです。でもそれは、精一杯やって落ちた時の話。今のままで落ちたら、悔しくて仕方ないです。……ゆかり先輩もそうでしょう? この3ヶ月、一生懸命頑張ってきたじゃないですか。たった3ヶ月かもしれないけど……、ゆかり先輩は確実に上達したんです。歌いましょう? あたしとゆかり先輩の歌を」


 ……そうだ。

 そうだよね……。


 『存在感が無い』

 『アンタみたいなのが』

 『世も末ね』


 さっき、金髪ちゃん──天金さんに言われた言葉を思い出す。


 あんな事言われて……、悔しかったに決まってる。それで、さっきみたいな歌を審査員や周りに聴かせて落ちたら、嫌な思い出が一生残るだけじゃないか。


 私は間違いなく練習した。

 たった3ヶ月かもしれない……。でも、この3ヶ月で歌を歌う事が大好きになったし、私はこのオーディションに合格する為にここまで来たんだ……!!


 今のまま落ちたら、菜々ちゃんにも、私にも失礼じゃないか……。


 私は、自分の拳を握り締めて固く決意をした後、菜々ちゃんが差し伸べてくれた手をギュッと掴んだ。


「……ごめん、菜々ちゃん。私、周りの目を気にしてばかりで、ちゃんと菜々ちゃんを見ていなかったよね。本当にごめんなさい……。そうだよね、他人と比べる事なんて何も無い。だって私は一生懸命練習して、確実に上手くなったんだからっ! 」

「そうですよっ! 」


 菜々ちゃんは温かい笑顔を浮かべている。

 私もそれを見て、自然と笑顔が溢れてしまった。

 

 ……また、菜々ちゃんに助けられちゃったな。菜々ちゃんがいなかったら、確実に私は駄目になっていた。


 ──本当にありがとう、菜々ちゃん。


 私は、菜々ちゃんの手をギュッと強く握って、離した。


 そして、審査員である青木さんの前を向いて、思いっきり頭を下げる。


「ごめんなさい! もう1回……、最初から歌い直させてくださいっ! お願いします! 」


 この謝罪は、勿論審査員に対してだけではなく、菜々ちゃんや他の応募者達にも向けていた。


 自分勝手な都合で歌い直すなんて、迷惑だし、ズルいに決まっている。だから、断られる覚悟も勿論あった。それでも……、歌い直したかった。今のまま、落ちて帰りたくなかったから。


 私が頭を下げて頼んでいると、菜々ちゃんも『お願いします! 』と頭を下げてくれた。



「……菜々ちゃん!! 」

 

 そんな菜々ちゃんの様子に、私は何故だかポロッと涙が溢れてきてしまう。


 ……素敵な友達を持ったな、私。


 私はもう1回、『お願いします! 』と頭を下げ直した。



 ……沈黙の時間が続く。

 駄目だと言われても、限界まで何とか頼み込むつもりだった。


 しかし、青木さんは暫く黙り込んだ後、こう言った。


「──良いチームだね」

「それじゃあ……っ!! 」


 私はパッと頭を上げる。

 すると、青木さんはにこやかに微笑んでいた。


「最初から、もう1度歌ってください。ただし、これが最後ですよ? 」

「──やった!! 」


 青木さんの言葉に、思わず私は飛び跳ねた。


 凄く嬉しい。

 まるで、もう既にオーディションに合格した様な気分だ。


「ゆかり先輩っ!! 」


 菜々ちゃんの明るい声に振り返る。

 菜々ちゃんも、凄く喜んでいる様だった。


「歌いましょう! 悔いの無い様に!! 」

「うんっ!! 」



 ──絶対に、後悔しない様に。


 私は胸に固く誓った。


 そして、今度はちゃんと菜々ちゃんの目を見て、大きく息を吸った……──。







 大空に憧れて飛び立ったあの鳥は

 その先にある景色を見て何を思うのだろう?

 不安もきっとあっただろう

 それでも必死に羽根を伸ばして

 飛んでいくあの姿が

 僕は羨ましかったのかな

 『変わりたい』と願うだけじゃ

 何も変わりはしないから

 勇気を出して 足を1歩前に出して

 あの鳥のように


 飛び立とう(不安や孤独も)

 乗り越えた先に 幸せが待っているから

 諦めないで 夢を叶えて

 いつかきっと 笑える日が来るよ

 飛び立とう(涙も枯れれば)

 きっと雨は止んで 空に虹が掛かるから

 怖くなんか無いよ 絶対に大丈夫だよ

 さあ 飛び立つ時

 夢を 叶えよう




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る