>>12 disturbing atmosphere
──もうすぐで、面接の時間が始まる。
私達はラストに1曲歌い終えた後、面接室である『Bー3』を目指した。
女性の話を聞いた限りでは、難しい位置にある様に聞こえたが……、それは案外簡単に見つかった。階段に上り少し廊下を進むと、大きく『Bー3』と書かれている部屋を見つけた。横の札には、私達を面接してくださる『青山秀三』と名前が書かれている。間違いない。この部屋だ。
3番目のグループがまだ面接を受けている最中だったので、私達は部屋の前にある椅子に座る。
「ドキドキしますね……。精一杯頑張りましょうね、ゆかり先輩」
「……あ、うん」
「ゆかり先輩? 」
どうやら、4番目のグループは、まだ私達しか来ていない様だ。辺りを見渡しても誰もいない。
他の2つのグループはいつ来るのだろう……? 青髪ちゃんと金髪ちゃんも来るかな?
「ゆかり先輩っ! 」
「ひゃっ!! 」
突然耳元で声がして、私は思わず飛び跳ねりそうになった。
「びっくりしたー……」
「『びっくりしたー……』じゃないですよ。集中してくださいっ! これから、大事な面接が始まるんですよ? そんなに他のグループが気になりますか? 」
「あ、ごめん……」
どうやら私は、菜々ちゃんが見ても分かるぐらい周りを気にしていた様だ……。実際、一緒に面接をするグループなのだから、多少は知っておいた方が良い様な気もするけど……。
「良いですか? 他のグループは、言わばライバルなんです。あたし達が落ちて、隣にいるグループが合格する事だってあるんです。もっと緊張感を持ってください! 」
「……ごめん」
……確かに、菜々ちゃんの言う通りだ。
他のグループに気を取られて、もし本番で大きなミスをしてしまったら……、私はきっと凄く後悔するだろう。
──ちゃんと、前を向いて頑張らなくちゃ。
私は深く息を吸って、吐いた。
その後、コツコツと他のグループがやってきた。
1つ目のグループは、どうやら男女のユニットの様だ。男女……いや、正確にはカップルのユニットだろうか? 20代後半ぐらいの女性が、40代前半ぐらいのおじさんの腕に絡みついて、イチャイチャしながら隣の椅子に座ってきた。
「いよいよ面接ね〜。ドキドキしちゃう〜」
「大丈夫さ、ハニー。俺達なら絶対いける」
そう言っておじさんは、私達をチラッと見た後に、女性の唇に軽くキスをした。まるで見せつけるかのように。
「もぉ〜ダーリンってばぁ〜っ!! 」
女性はそう言ってダーリンとやらに抱きついていた。
……何だこの人達は。
少なくともこれから面接の人達がする事では無いぞ。
「…………」
菜々ちゃんの冷めた目が、菜々ちゃんを見ていなくても横から空気として伝わってくる……。いや、もしかしたらピリピリとしているから怒っているのかもしれない……。
嫌なグループと当たっちゃったなあ……。
やっぱり直接言った方がいいかな? 見ているだけじゃ伝わらないだろうし……。
『伝えようかな? 』と、口を開こうとしたその時、2つ目のグループ……青髪ちゃんと金髪ちゃんがやってきた。やっぱり、案の定だ。
しかし、金髪ちゃんはイチャイチャしているカップルを見ると、途端に顔を赤らめ物凄い声で怒鳴り出した。
「何よアンタ達っ!! ここが何処か分かってるの!? そそそそういう事はホホホホテルでしなさいっ!! 」
「…………」
言いたい事はめちゃくちゃ分かるし、私もその事をカップルに伝えたいと思っていたのだが、あまりの声の大きさに鼓膜が突き破れるかと思った……。だって、私達の目の前にある部屋の中では、今面接をしている最中だよ? 絶対に迷惑ではないだろうか……。
……と、窓から中の様子をチラッと見てみるが、何事も無いかの様に普通に面接を行っていた。この部屋も防音室なのだろうか?
まあ、でも普通そうか……。面接の声や、歌声が外に漏れたら大変だもんね……。私は勝手に納得する。
カップルの男性の方は、金髪ちゃんの説教に対して『チッ』と舌打ちをしてから急に黙り出した。
……分かってくれたようで良かった。喧嘩になったりしたら、大変だもんね。
その後、そんなカップルに対して、『ふん……』と不満な様子を表しながら、青髪ちゃんと金髪ちゃんも椅子に座る。
これで、全てのグループが揃った様だ。
私達はこれから、この2つのグループと一緒に面接を行うのか……。何だか、雲行きが怪しい様な気がするが……。
──そういえば。
カフェのトイレで金髪ちゃんに会った時に、失礼な事をしてしまった事を、まだ謝っていなかったな……。
ちゃんと謝ろう。
じゃないと、何だかモヤモヤするし。
そう思って、私はゆっくりと立ち上がり、金髪ちゃんの前に行く。
「あの……」
「何よ」
私が声をかけると、金髪ちゃんは鬱陶しそうに私を見てきた。
うう……。やっぱり怖い。
「さっきはすみませんでした! ほら……カフェのトイレで、ジロジロ見てしまって」
だが、私は勇気を振り絞って頭を下げる。
刺青や金髪があまりにも珍しかったから、ジロジロと見てしまったが……、そのせいで彼女を怒らせてしまった。
だから、私は『謝らなければいけない』と思ったのだ。
……だが。
「……は? 」
金髪ちゃんは、私が想像していた反応とはまるで違う反応を示した。
てっきり、私は更に怒られると思っていたのだが……。まるで、『そんな事あったっけ? 』と言うように、金髪ちゃんはポカーンとしていた。
「何の事? 覚えてないわよ、そんな事」
「あ……、」
人間違い……? では流石に無いだろう。何せ、青髪ちゃんと金髪ちゃんのペアだ。間違えるはずが無い。
だとしたら、金髪ちゃんはさっきの事をもう忘れてしまったのだろうか?
まあ、それならそれで良いのだが……。
私は、『あっ、すみません。人間違いでした』と言って、自分の座っていた椅子に戻ろうとした。
その時。
「存在感が全然無いんだから覚えられる訳ないじゃない。というか、アンタみたいなのが、オーディションを受けるの? 世も末ね」
「え……? 」
『アハハ』と言って金髪ちゃんは笑っている……。
胸に、チクッと小さい針が刺さった様な気分だ。
『存在感が無い』
『アンタみたいなのが』
『世も末ね』
この言葉が、ずっと頭の中をグルグルと回っている……。
そんな……。
確かに私は、彼女達に比べれば存在感も無いけど……。だけど、そんな言い方……。
「絶対落ちるでしょうね。アンタの歌を聴くのが心底楽しみだわ〜。まっ、精々頑張ってね」
『アハハハハ……』
……金髪ちゃんの笑い声が、悲しかった。
何て言葉を返せば良いのかも分からなくて、私は無言で菜々ちゃんの隣に座る。
そんな私に、菜々ちゃんはボソッと話しかけた。
「ゆかり先輩、あんな人達の言う事なんて気にしなくていいですよ」
「うん……」
菜々ちゃんの言葉からは、怒りが伝わってきた。
でも私は、力を抜くと涙が出そうなぐらい……ただ悲しかった。『気にしなくていい』と言われても、気にするに決まっている。
私はこれまで、菜々ちゃんと一緒に沢山の練習を頑張ってきた。だから、確かに歌声は以前よりずっと良くなって居るはずだ。面接官の胸にも響くはず……。そんな風に考えていた。
でもそれは、自信過剰に過ぎなかったのでは……? やっぱり、私なんかが3ヶ月練習した所で、菜々ちゃんの足を引っ張るだけでは……。
「──ゆかり先輩、」
菜々ちゃんが私に何かを伝えようとした時。
ちょうどドアが開き、3番目のグループが『失礼しました』と部屋を出てきた。
そして、その後『面接を始めます。部屋に入って来てください』と、面接官である──青山秀三さんの声が聞こえてきた。
他のグループが立ち上がる。
菜々ちゃんが何を言いたがっていたのか気になったが……、もう時間が無い。
私と菜々ちゃんも立ち上がった。
そして、『失礼します』とドアを開ける──。
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