>>11 my resume
履歴書には、『名前』『住所』『経歴』等と高校受験の時に書いたのと同じような事が書かれていた。
間違えたら訂正するのが面倒なので、私は履歴書を書くことに全神経を注ぐ。
「……よし」
経歴までは、間違いなくちゃんと綺麗に書けたぞ。
問題はこの先か……。
『好きな食べ物』『苦手な食べ物』『好きな色』『苦手な色』等……。いや、まあこの辺も簡単に書けるんだけどさ。
こんな情報を書いて、何の役に経つというんだろう? 例えば、歌手になって有名人になった時に、プロフィールをファンに公開する為……、とか?
うーん……。
「……まあ、いっか」
少し謎ではあるが、考えても仕方ない。
私はありのままを、スラスラと書いていく。
好きな食べ物は、やっぱり辛い物かな。あと、唐揚げとジャガイモと魚と……。1度挙げ出したらキリがない。
苦手な食べ物は……、うーん。
無いかなあ?
今まで食べてきた食べ物の中で、『これは食べれないっ! 』と思ったことは、実は1度も無かった。
何でも美味しく食べることが出来るし、ある意味私が『自慢できること』であるのかもしれない。自慢していいのかはよく分からないけど。
苦手な食べ物の欄に『特に無いです』と書くと、私は他の質問にペンを走らせた。
こういった『好きな〇〇』の様な質問は、結構得意だ。次から次に書きたいことが頭の中に浮かんでくる。
だが……。
「…………」
私はある質問を見て、手を止めた。
そこには、『何故歌手になりたいのか』『このオーディションに応募したきっかけ』と書いてあった。
何故歌手になりたいのか……。
私は菜々ちゃんに誘われたから、菜々ちゃんと一緒に歌う事を始めた。最初は興味本位だけだったけど、一緒に歌っていく内に、歌う事の楽しさを知った。この先も菜々ちゃんと一緒に歌い続けて、まだ見た事の無い景色を見てみたい……、そう思った。
だけどそれだけで、まだ歌手になりたいと思っている訳では……。このオーディションに応募したのも流れと興味本位みたいなものだし、実際、私は小説家を目指しているんだ。
今思えば、もしこのオーディションに合格したら、会社に所属して歌手として働いていかなければいけないんだよね……。
勿論、裏で執筆を続けていく事は出来る。歌手でも本を出している人は沢山見た事があるし。だけど、そんな器用な事が私に出来るのかな? そういう人達は、私が想像出来ないぐらい沢山の努力をしているんだ。
私は……。
……だけど。
……たった3ヶ月の話だけど、菜々ちゃんと一緒に沢山の練習を頑張ってきて、私は歌を歌う事が好きになった。Blue&Moonの様にステージの上に立って、その先の景色も見てみたいと思った。
だから私は……、歌手にもなってみたいんだ。執筆もやって歌手もやるなんて、世間からしたら『舐めている』と思われるかもしれないけど……。叶わないかもしれないけど。それでも、挑戦してみたい。1度きりの人生だから。
私は思った事を、そのまま書いた。そして、ついに履歴書を埋め尽くした。
こんな感じで良いかな?
……ちょっとだけ、雑の様な気もするけれど。
菜々ちゃんの履歴書をチラッと見てみると、物凄くぎっしり書いてあった。……私とは比べちゃいけないぐらいに。履歴書1枚で足りるのかな?
その時、私の視線に気がついたのだろうか。
菜々ちゃんは私を見て言った。
「ゆかり先輩、すみません。もう少しで書き終わるので、ちょっとだけ待っててもらっても良いですか? 」
「あ、うん。勿論待つよ」
急かしちゃったかな……?
私は、時間潰しと心を落ち着かせる為でもあって、鞄から原稿用紙を取り出した。
暇な時間に書き続けている小説。
歌の練習を始めてから、以前より書く時間は減ってしまったけれど、それでも何ていうのかな……? 何故だか、以前よりも小説が書きやすくなっていた。
『色んな事を経験した方が、小説を書く時にネタを活かせる』等と良く言うけれど、その通りなのかもしれない。ずっと完結出来なかった物語が、もうすぐで完結しようとしている……。
これも、菜々ちゃんのおかげだな……。
「へへ……っ」
私は小さく笑った。
♢
「──……かり先輩、ゆかり先輩っ! 」
「……ん? 」
遠くから、菜々ちゃんの声が聞こえてきて私は振り返る。
「ゆかり先輩、やっと履歴書書き終えました。すみません……、本当に待たせてしまいました」
その言葉を聞いて、私はハッとなった。
そうだ。私は今歌手への切符を掴む為にオーディション会場に来ていたんだった。
また忘れてた……。小説を書いていると、つい夢中になって自分の世界に入り込んでしまう。本当、直さないといけない癖だな……。直せるのかな?
「あ、全然待ってないから大丈夫だよ。こちらこそごめんね……」
そう言いながら、私は原稿用紙を鞄に仕舞う。
……この短時間でも、物語を結構進める事が出来たから良かった。
そして私達は、書き終えた履歴書を綺麗に折り畳んで箱の中に入れた。
「ゆかり先輩、この後どうします? 」
「んー、そうだね……」
辺りを見渡すと、いつの間にか、室内には殆ど人が居なかった。
恐らく大多数の人が、防音室で声出し等の練習を行っているのだろう。
「ゆかり先輩は小説を書いていたので気が付かなかったかもしれないですが、さっき2番目のグループが面接に行っていました。あたし達も、そろそろ面接に向けて声出しを行った方がいいかもしれません」
「えっ、もう2番目だったんだ……。いつの間に」
何だか、時間が経つのが早く感じる……。
てっきり、まだ1番目のグループが面接を行っている最中だと思っていた。
「そうだね……。オーディションで失敗しない様に、防音室で声の準備をしよう」
「……ゆかり先輩っ! 」
菜々ちゃんは、何故か急に目を大きくし出して、ニッコリと微笑んでいる。
……どうしたんだろう?
「あたし、嬉しいですっ! 」
「ん? 何が? 」
「ゆかり先輩が……、歌を好きになってくれてっ! 」
「……?? 」
確かに、私は菜々ちゃんのおかげで歌を好きになった。だけど、さっきの言葉がどうしてそれに繋がるんだろう……?
菜々ちゃんの言っていることは、たまによく分からない時がある。でも、まあいっか。菜々ちゃんは嬉しそうだし。
「防音室、行きましょうっ! 」
私と菜々ちゃんは部屋を出て、防音室へ向かった。
防音室は想像していたよりもかなり広かった。もしかしたら、体育館並みに広いのかもしれない……。流石にそれは言い過ぎだろうか?
だけど、結構沢山の人が居るのに、全然窮屈では無かった。一定の距離をとれば、周りの声も全然聞こえてこないし。これなら周りを気にせず精一杯練習が出来そうだ。
「いい所ですね〜。私もこんな広い室内が欲しいです」
「……菜々ちゃんち、防音室あるし充分凄いと思う……」
私は菜々ちゃんの家に何回か行った事があるが、本当にかなり凄い。言葉じゃ上手く表せないが、家に防音室があるなんて、一体いくらかかるというのだろう……。普通の家には防音室なんて絶対に無いはず。勿論私の家にも無い。
「まあ、気兼ねなく歌の練習が出来るので、防音室を用意してくれたおばーちゃんには本当感謝ですね……。おばーちゃんを喜ばせてあげる為にも、オーディション頑張らなくちゃっ」
菜々ちゃんは、拳を握りしめて胸元に当てた。
──私も、菜々ちゃんの足を引っ張らない様に頑張らなくちゃ。
私達は声出しを行ってから、オーディションで歌う曲の練習を始める。オーディションに合格出来るように……、悔いの無いように、精一杯歌った。勿論、本番で声がかすれてしまったら元も子も無いので、適度に休憩を挟みながらだが。
「ふう〜」
一生懸命歌っているせいか、緊張しているせいか分からないが、汗がジワジワと零れ落ちて来る。
私達は休憩をとって、タオルで額にかいている汗を拭った。そして冷たい水を飲む。
「ぷは〜っ! 美味しい〜! 」
「ふふっ。ゆかり先輩、何だかオジサンみたいです」
「いや、オジサンって」
失礼だなあ……。
美味しい飲み物を飲んだ後って、自然と『ぷは〜』ってならない? 私だけ??
そんな風に菜々ちゃんと床に座って会話をしていると、私はある事に気づいた。
近くにいるあの人達って……、もしかしてっ!
「……っ!! 」
「ゆかり先輩? どうしたんですか?? 」
間違いない。
青髪ちゃんと金髪ちゃんだ。
「さっきカフェのトイレで会った人がいるっ! 」
「ああ、本当ですね。特徴があるから覚えやすいですね」
「そうだね……」
今この時間に、防音室で歌の練習をしているということは、3番目か4番目のグループなのだろうか? いや、さっき声出しをしている時に、3番目のグループが面接室に向かっていくのを見たからもしかして4番目のグループなのでは……??
ってことは、私達と一緒に面接をするのかな……?
どんな歌声をしているのだろう……??
遠くて声が聞こえないや……。
「……ゆかり先輩? 」
「……え? 」
「そろそろ、ラスト1曲歌いましょう。もうすぐであたし達の面接が始まるはずですから、歌い終わったら面接室に向かわないと」
「あ、そうだね……」
……いけない。
つい、目を奪われていた。
集中しなくちゃ……。
「〜♪ 」
……いよいよ面接が始まる。
ベストを尽くせる様に、頑張ろう。
そう思いながら、私はラスト1曲を菜々ちゃんと一緒に歌った。
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