>>7 little lost girl




「君、どうしたの? 」


 私は菜々ちゃんと一緒に、女の子の元へと急いで駆けつける。


「ママが……、いなくなっちゃった……」


 どうやら、この女の子はデパートで買い物をしていた時にお母さんとはぐれて迷子になってしまったらしい……。


 女の子はえんえんと泣いていて、顔がぐしょぐしょだった。


 私はハンカチを取り出して、女の子の顔を綺麗に拭いてあげる。しかし、次から次へと涙が溢れてくるのでどんなに拭いてもキリが無い。


「泣かなくても大丈夫だよ。一緒におかーさんのこと探してあげるから。ねっ? ゆかり先輩」


 菜々ちゃんの言葉に私は『もちろんっ』と頷くが、女の子は大泣きをしている為、私達の言葉が聞こえていない様子だ……。


「どうします? ゆかり先輩……」


 『何? どうしたの? 』と言うように、通り過ぎていく人がチラチラとこっちを見ている。


 気がついているのなら誰でもいいから手を差し伸べてよ……と思ったりしてしまうのだが、泣きべそをかいている訳にはいかない。


 この子のお母さんを早く探してあげたいけど、とりあえず泣き止んでくれないと周りの人にも迷惑がかかるし……。何とかして安心してもらえる様な方法があれば良いのだが……。


「……あっ、そうだ」


 私はポンと手を打つ。


「菜々ちゃん、こういう時はあれだよっ! 」

「え? あれって何ですか? 」


 菜々ちゃんは目を丸くしながら、キョトンとした顔を浮かべている。


 『あれ』とは、私が小説の事で悩んでいた時に救ってくれた物。海人くんが、保育園の事や家族の事で悩んでいた時に救ってくれた物だ。


「……あっ! 『あれ』ですね! 」


 菜々ちゃんも『なるほど』と言うように、ポンと手を打った。


 ──そう、『歌』だ。

 歌の力なら、もしかしたらこの子を笑顔にしてくれるかもしれない。


 私は女の子の頭を優しく撫でる。

 すると、女の子が『……? 』とこっちを見出したので、私はニコッと微笑んだ。


「いくよっ、菜々ちゃん! 」


 私は菜々ちゃんに合図を送る。

 そして、スッと軽く息を吸った。







 ここは楽しい夢の世界

 お菓子やゲームが沢山あるよ

 何一つ不自由が無いこの場所で

 私達と一緒に遊ぼうよ

 楽しい事がきっと待ってるはず


 ほら泣かないで

 笑顔の君が良いよ(そうだよ)

 君が笑えば周りは明るくなるよ

 ほらいつまでも

 ニッコリ笑っていよう

 手と手を取り合って空見上げよう


 どんなに雨が酷くても

 いつかきっと虹がかかるから

 笑っていよう








「……っ! お姉ちゃん達、凄い……!! 」



 歌い終えると、女の子はいつの間にか泣き止んでいて、雨が上がった後の青空のようにキラキラとした笑顔で笑っていた。


 その笑顔を見て私はホッとする。チラッと菜々ちゃんを見ると、どうやら菜々ちゃんも安心していたようだ。私は嬉しくて、思わず微笑んでしまう。


「君が笑顔になってくれて良かった」


 そして、髪がクシャクシャになるんじゃないかというぐらい、私は女の子の頭を撫でてあげた。


 さっき歌った曲は、オーディション用に考えていた3曲の内の一つ『虹』である。多くの子供に好かれるような、元気で明るいメロディが特徴的だ。


 ……笑顔になってくれるかどうか心配ではあったけれど、こうしてこの子が笑っているのを見ると、どうやら効果は抜群だったらしい。


 この子が元気になってくれた様で、本当に良かった。



「──君達凄いねっ!! 」


 突然聞こえてきた、知らない大人の声。


 周りを見ると、いつの間にか沢山の大人達が私達を囲っていて、大きな拍手を送ってくれていた。


「あっ、ありがとうございます……」


 女の子を笑顔にした事に対して『凄い』と言っているのか、それとも歌に対して『凄い』と言ってくれているのか。


 前者なら、かなり複雑な気持ちだが……。


「歌すっごく上手だね! 歌手か何かやってるの? 」


 ……良かった。後者だったらしい。


 しかし、歌に関しては褒められ慣れていないので……私がオロオロとしていると、菜々ちゃんは1歩前に出てハキハキと喋りだした。


「いえいえ、歌手だなんてそんな。あたし達はまだ、歌手を目指している段階です。ですが、いつか沢山の人を幸せに……笑顔に出来るような、そんな歌手になります。ですので、応援よろしくお願い致します! 」


 菜々ちゃんの言葉を聞いて、周りの人達は皆、再び大きな拍手を送ってくれた。中には『頑張れよー』なんて応援してくれている人もいる。


 ……嬉しいな。

 この人達の期待に応える為にも、もっともっと頑張らないと。


 私は菜々ちゃんと顔を合わせて、『うん』としっかり頷きあった。



 ……さて。

 ここからだ。


 女の子を見ると、『? 』って感じでキョトンとした顔を浮かべていた。まあ、まだ見た目は小学校低学年っぽいし、何が起こっていたのか分からないのも無理は無いだろう。


 私は女の子の右手をとって、軽く握り締める。


「お母さん、探しに行こっか」


 私の言葉を聞いて、女の子はパアッと笑顔を見せた。


「うんっ! 」


 そして、菜々ちゃんと一緒にお母さんを探しに行こうとすると……ちょうどその時、遠くからある声が聞こえてきた。


「──ふゆちゃんっ! 」


 声のする方へ振り返ってみると、何やら女性がこっちに向かって必死に走ってきているのが見えた。


 それを見た女の子は『ママッ!! 』と言って、その女の人の元へ駆けつけて行く。


 そして、女の子はその女の人に抱きついて泣いていた。


「良かった……」


 どうやら、この女の子の名前は『ふゆちゃん』というらしい。そして、今ふゆちゃんが抱きついてる女の人がふゆちゃんのお母さんの様だ。


 思っていたより、直ぐに見つかって良かった。

 ふゆちゃんが泣いているのはもちろん、ふゆちゃんのお母さんも涙を零している。


 感動の再会だ。


「すみません……。私が目を離したばっかりに。本当に、ご迷惑をおかけしました」


 ふゆちゃんのお母さんは、私達に気がつくと深々と頭を下げた。


「いえいえそんな。見つかって良かったです」


 私達はまだ高校生だから、子育ての大変さは分からないけれど。きっと、私達が想像するよりもずっと大変なのだろう。


 大人だって人間だ。子供とはぐれてしまうことだってあるかもしれない。……けれど、子供が何かの事件に巻き込まれてしまう可能性もあるし、絶対に次は見失わないように、ちゃんと見守っててあげてほしいが。


「これ……お礼です。好みに合うといいのですが」


 そう言ってふゆちゃんのお母さんは、大きな紙袋を私達に差し出す。


「いえっ! そんな、私達何にもしてないですし、受け取れないです……っ!! 」


 紙袋を見ると、そこには有名なケーキ屋さんの名前が書いてあった。とても高い所のお店だ。とても、私達がそこまでの事をしたとは思えない……。


「受け取ってください。見守ってくれていただけで、本当に有難かったんです……。感謝させてください」

「…………」


 私は菜々ちゃんと顔を見合わせる。


 こういう時は、受け取った方が良いのだろうか……。本当に受け取る程の事はしていない。当たり前の事をしただけなのだが。


 しかし、ここまで言われて受け取らないのは、返って失礼なのかもしれない……。


 私達は受け取ることに決めて、その紙袋をふゆちゃんのお母さんから頂いた。


「何だかすみません……。それじゃあ、頂きます。ありがとうございます」


 ふゆちゃんのお母さんはニッコリと笑っていた。


 何だか本当に、物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……。まあ、良いか。


「ママっ! このお姉ちゃん達ね、凄くお歌が上手なんだよ。さっき聴いたんだけどね、ふゆ、楽しい気持ちになったのっ! 」


 ふゆちゃんは笑顔で話し始める。


 ……やっぱり嬉しいなあ。

 海人くんの時も思ったけれど、歌を歌った後にその歌を聴いて幸せそうに笑っている笑顔を見ると、何だか私まで幸せな気持ちになれる。


「そうなの? 良かったねえ。本当に、今日はありがとうございました」


 ふゆちゃんのお母さんは『それでは』と言ってまた深々と頭を下げると、ふゆちゃんを連れて何処かへ歩いて行った。

 

 ふゆちゃんとふゆちゃんのお母さんの姿が見えなくなるのを見ると、私達は顔を見合わせて笑った。


「それじゃ、行きましょうか。ゆかり先輩。オーディションまで後2週間、頑張りましょうねっ! 」

「うん! ……あっ、でもその前にケーキ食べようね」

「勿論ですっ! 」


 そして、私達はデパートを後にした。


 この紙袋の中には何ケーキが入ってるのかな? 

 そんなことを考えながら。



 ──オーディションまで、後少し。

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