>>2 For my dreams




「はあ……」


──そもそも、私って何で小説家になりたかったんだっけ……。


 私はベッドに横になりながら、スマホを触る。



 何時もならこの時間は小説を書いていた。

 小説を書かない時なんてのは、ご飯を食べている時とトイレに行っている時とお風呂に入っている時だけ。あー、あと歯を磨いてる時と寝てる時と、登下校中もか……。


 それでも、いつも頭の中には物語があった。主人公は次にこうなって、展開はこうなって……なんてことを、いつも考えていたんだ。


 最初は楽しかった。

 頭に描くことも。そして、それを実際に紙に記すことも。



 でも、いつからか……、私は執筆に楽しみを持てなくなってしまったのかもしれない。


 正直、先生が今日言っていた、『貴女は小説を書くことが好きですか? 』というあの言葉……、あれは図星だった。あの時は認めたくなかったが、こうして今1人、落ち着いて考えてみると確かにその通りだったんだ。


 もちろん、最初は執筆が好きだった。でもそれは周りが褒めてくれたから。こんなに何も出来ない自分でも出来ることがあるんだって、そう思えたから書いたんだ。


 でも、だからこそ、誰にも褒められなくなって私の小説が認められなくなった瞬間、私は小説を書くことに嫌気がさしてしまったのかもしれない。


 『もっと完璧に書かなくちゃ』

 『こんなんじゃダメだ』


 そう思うようになってから、私の夢は既に途絶えていたんだ。



 ……そもそも小説じゃなくても良かったんだ。

 誰かに認められさえすれば。


 たまたま、私が1番得意だったことが執筆であった……それだけなんだ。


 だから、あの子が羨ましかった。夢に向かってひたむきに頑張る姿も……、それを好きだって自信を持って言えることも。


『書きたい』から『書かなくちゃ』に変わった瞬間、きっと私の執筆への好きという感情は薄れていったんだと思う。



「本当……、情けないよな」


 あの子の歌に私は感動した。

 しかし、それと共に、私は自分が酷く惨めに思えたんだ。


「小説、書くのやめようかな……」


 ふと、口に出た言葉。


 チクチクと、心が痛い。

 どうしてこんなに痛むのだろう。


 私には才能なんて無いのに。

 才能が無いのなら、……書いている意味なんて無いじゃないか。



「はあ……、寝よ」


 目を開けている事がしんどくなって、私は瞼をそっと閉じた。


 するとそこは真っ暗な世界で……。

 勿論周りには誰もいないし、何も無い。


 私はこの時間が1番好きだった。何も考えなくていい、この時間が。そう……、何も考えなくていいんだ。小説のことも、何も……。



 なのに……。

 そのはずなのに……。



「…………あれ? 何でだろ……おかしいな……」


 突然、ポロポロと涙が溢れてきた。


 『まだ、諦めたくない』

 そうやって、心が叫んでいる。


 今は才能が無くても、書き続ければいいじゃないか。書いて書いて書きまくれば、いつかきっと……、皆から認められる日がくるはず。


 そうだよ。泣いてたって何も変わらない。

 書き続けるしか、ないんだ。


「……うん、そうだよね」

 

 私は自分にそう言い聞かせると、パッと起き上がって机に向かった。


 書こう。

 頭に描いたストーリーを今度こそ完結させるんだ……!!





 ……どれくらい時間が経っただろうか。

 ふと時計に目を向けると、短い針はもう6時を示そうとしていた。


 流石に、8時間以上座りっぱなしで机に向かい続けるのは身体が疲れてしまう。


「……んんっ」


 一息つこうと思って、私はうんと背伸びをした。



 今日が休日で良かったな、と心底思う。

 こんな、一睡もしていない状態で、学校なんて流石に行きたくない。


「ふわああ……、トイレ行こ」


 ついでに飲み物もとってこよう。

 

 私は部屋のドアを開けて、ゆっくりと階段を下りた。すると、リビングから何だか良い匂いが……。


「あら? 珍しいわね。ゆかり、早起きじゃない」

「まあね」


 本当はオールしていたのだが。


 しかし、そんな事を言ってしまえば、『また遊んでたの!? そんなことしてる暇があるなら勉強しなさい!! 』と怒鳴られるのが目に見えていたので、敢えて頷くことにした。


「おねーちゃんが早起き……? 明日は雪が降るかも」

「降るわけないでしょっ!! 」


 この海桜町(みおうちょう)では、冬ですら滅多に雪が降らないのに……。今は5月の半ばだ。当然降る訳が無い。


「いーや、分からないよー? だっておねーちゃんが早起きすることって、雪が降るのと同じくらい滅多に無いもん」

「…………」


 ……この生意気な口を効くのは、私の妹『あかり』だ。小学3年生辺りまでは凄く素直でいい子だったのに……、中学3年生になった今ではもう、デビルアンドデビルだ。意味はよく分からないが、要するに『それだけ悪魔のような人』ということだ。


 特に、猫かぶりが凄いんだよなあ。表と裏のギャップが凄いというか……。


「……おねーちゃん、なんか今、僕の事で悪口思ってなかった?? 」


 あかりは、私の事をじっとした目で見ている。


「そっ、そんなこと思う訳ないじゃん! ……あっ! そういえば私、トイレに行きたかったんだった。忘れてた〜。行かなくちゃっ」


 あかりを怒らせると面倒なことになる。

 私は逃げるように話題を変え、トイレに向かった……。





『……今日の天気は晴れ。過ごしやすい1日になるでしょう』


「最近は、ずっと晴れが続いていて良いわねえ」


 天気予報を見ながらお母さんは言った。お父さんはそれに『そうだなあ』と相槌を打っている。それに対して、あかりは携帯を見ながら朝食を食べていた。何て行儀が悪いんだろう。


 ……でも私は、もっと行儀が悪いと思う。どうやら、徹夜した付けが回ってきたらしい。はっきり言うと、今凄く眠い。どれぐらい眠いのかと言うと……、そうだな、朝食食べながら寝れるかも。目はもう半分閉じている……。


「…………」


 ……まあ、流石の私も食事中には寝ないけど。

 朝食食べたらすぐ寝よう……。



「……ん? 」


 ……そういえば昨日、あの子確か『明日も歌う』って言ってたよな。

 てことは今日も歌うってことだよね。いつ頃だろう? 昨日と同じくらいの時間帯かな……。


 ……あの歌、もう1回聴きたいな。


 人通りも少なくて良い場所だった。あの公園ならきっと小説も書きやすいだろう。今まで外で書いたことは無かったし、たまには気分転換してみるのもいいかもしれない。


 ……うん、一眠りしたら行ってみよう。


 私はそう決めると、残りの食事をパクパクと口に放り込んだ。





 ……気がつくと、もう夕方だった。

 昼には起きるつもりだったが、思っていたよりも熟睡してしまったらしい。


 もうすぐ辺りは暗くなってしまうし、原稿用紙を持っていっても書けるかどうか……、多分書けないだろうが、私は一応持っていくことにした。


 あの子は居るだろうか?


 目的の場所が近くなる。


 彼女は……、そこにいた。


「……あ、」


 呼びかけようと思ったが、彼女の名前を知らなかったことに今更気がつく。


 なんて呼んだらいいのか……、いや、そもそも呼んだ後どうする? なんてことを突っ立って考えていたら、彼女は私に気がついた様で手を振ってきた。


「昨日のっ!! 来てくれたんですね、嬉しいです!! 」


 彼女は今日も凄く笑顔だ。

 ……なんというか、彼女の笑顔を見ていると、私まで笑顔になってしまう。彼女には、きっとそんな力があるんだろう。


「来ちゃいました……。本当はもっと早く来るつもりだったんですけど、何か、熟睡しちゃって」

「ふふっ、眠たい時は寝るのが1番ですよ! 」


 ……私と違って、笑い方も凄く可愛い……。

 本当に、女の子らしい人だ。きっと自室もピンクいっぱいで人形だらけの可愛い感じなんだろう。


「えっと……」


 名前がわからなくて、口篭る。

 これだと会話がしづらい……。

 

 何とかして名前を聞きたいけれど、いきなり『お名前なんていうんですか? 』って聞くのはちょっと……。


 うーん……と唸っていると、彼女は何かに気がついたのか突然『あっ』と言って、その後ふふっと笑いだした。


「ごめんなさい。あたし、名前名乗ってなかったですね。如月菜々(きさらぎなな)っていいます。隣町の……海明(みあけ)高校の1年です」

「如月さん……」


 気を遣わせてしまった。

 でも、どうして私が考えてることが分かったのだろう。彼女……、如月さんはエスパーか何かなのだろうか。


「ふふっ、『如月さん』なんて呼び方やめてください。『菜々ちゃん』で良いですよ、皆そう呼んでいますし」

「えっと……じゃあ、菜々ちゃんで」


 菜々ちゃんはずっと笑っている。

 私の顔に何かついているのだろうか。


 それにしても、隣町の学校だったのか……。ここから近いのだろうか?


「その……、貴女の名前は何ていうんですか? 」


 菜々ちゃんの言葉にはっとする。

 そういえば、私も名乗っていなかった。


「あ! すみません……私は日向ゆかりっていいます。すぐそこの、海桜高校2年です」

「じゃあ、ゆかり先輩ですねっ! 」


「……いや、先輩だなんて、そんな……」


 たった1歳違うだけだし、……むしろ菜々ちゃんの方がずっと先輩らしい。見た目は小柄で幼くて年下に見えるけれど、私よりずっと大人じゃないか……。夢に向かって頑張っていたり、気を遣う事が出来る優しさを持っていたり……。


「…………」


 まただ。

 菜々ちゃんを見ていると、自分とはまるで違いすぎて……、胸がキュッと苦しくなる。


 どうして……、どうしてこんなにキラキラしているんだろう。


「……ゆかり先輩? どうしたんですか? 」



 『何も無いですよ、心配かけてすみません』


 そう言いたかった。

 でも、言葉が出ない。


「……っ」


 私は、手に持っていた紙を力強く握りしめる。


「……それ、何ですか? 」


 菜々ちゃんは私の持っていた紙に気がついた。


「あ、これは、その……っ、」


 なんて返したらいいんだろう。

『ただの紙ですよ』とか、『宿題です』とか?

 でも、そう返したとしても、誤魔化しきれるだろうか……。


 正直に、『自作の小説です』って言ったところで、笑われるに決まっているし……。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか私の手から紙が無くなっていた。


「……え? 」


 『どこ行った!? 』と探していると、いつの間にかそれは菜々ちゃんの手にあった。


 菜々ちゃんはじっとその紙を見つめている。


「ちょっ! ちょっと、勝手に読まないでください!! 」


 私は菜々ちゃんからそれを取り上げようとしたが、菜々ちゃんは『待ってください! 』と私を躱(かわ)した。


「あの……、ほんとに下手くそだし、恥ずかしいんで……。こんな小説、読むだけ無駄ですよ……、小説っていうのかも謎ですし……」


 菜々ちゃんが、真剣な顔でそれに目を通していたから……、私は怖くなった。

 もしかしたら、引かれるかもしれない。『下手くそだ』って笑われるかもしれない……。そして……、嫌われてしまうかもしれない。


 正直、この瞬間『終わった』と本気で思った。

 見られたくなかった人に見られてしまったんだ。……家から持ってこなければ良かったと、心底後悔した。


 しかし次の瞬間、菜々ちゃんは私が想像していたことと、まるで全然違うことを言ったのだ。



「──凄いっ!! 」


「……え? 」


「これ、ゆかり先輩が書いたんですか!? ゆかり先輩、小説が書けるんですか!? 凄すぎます!! 物凄くかっこいいですっ!! 」


 菜々ちゃんのその言葉に……、私は言葉ではとても表現しきれない気持ちになった。


 ……凄い?

 ……かっこいい?

 ……私が??


「本当に凄いですよ! だってあたしは音楽しか出来なくて、こんな……、素敵な文章も物語も、作れませんもん!! ほんと凄すぎます!! 」


「…………」


 ……菜々ちゃんは、優しい。

 私には、それがお世辞であることが分かっていた。それでも……、今の私には充分すぎる言葉だったんだ。それどころか、一度に沢山の欲しかった言葉を貰えて……、私は今まで溜まっていた分の涙を堪えきれなかった。


 ポロポロと……、幾つもの涙が零れ落ちる。


「わわっ!? ゆかり先輩っ!? ご、ごめんなさい、勝手に読んじゃって……。そんなに嫌だったなんて、思わなくて……」

「違う……、違うの、ただ……」


 ──ずっと、誰かに認められたかった。


 勉強もスポーツも出来ないけど、だからこそ、私が唯一自慢出来ることを……、誰かに認めて欲しかったんだ。


「……私、自信を無くしていたんです。全然満足いくように書けないし……、気がついたら、執筆が嫌になっていました。前まではそれが凄く好きだったのに、いつの間にか全然楽しくなくなっちゃって……」


 ……正直、小説を書くことが、嫌いになりかけていた。


 書いても書いても自分の描いた世界にはならないし……、誰にも認めて貰えないし。


「だから、書かなくちゃ書かなくちゃって、ずっと書いてました。誰かに認めて欲しい。その為には、もっともっと頑張るしかないんだって……」

「…………」


 とにかく『書かなくちゃ』という思いで、今日までずっと頑張ってきた。だから小説を書くことの楽しさや、『小説が好き』という気持ちを忘れていた……。


「でも、こうして菜々ちゃんと出会って、私は思い出しました。小説を書くことの楽しさを。……私は、小説が好きだから書いているんだって! 」


 もちろん、私が得意だと思っている事だから、誰かに褒められたい、認められたいって思う気持ちはある。


 だから菜々ちゃんに褒められた時、私は本当に凄く嬉しかったんだ。『ゆかりはまだ、小説を書いていて良いんだよ』……そう言われた様な気がして。


 ……私が、1番欲しかった言葉。



「──……ほんとに、ありがとうっ!! 」



 私は全身全霊を込めて、深々と頭を下げた。


「そ、そんな……、あたしは何もしてないですよ、」


 ……何もしてないなんてことは、絶対に無い。

 菜々ちゃんの歌も、菜々ちゃんの言葉も間違いなく私を救ってくれた。

 

 菜々ちゃんは、私の救世主だ。


「あたし……、小説のことはよく分かんないですけど、本当に凄いと思いますよ。あんなに沢山の文章、普通嫌いだったら書けないですし、とっくの昔に諦めていると思うんです。だから、その時点でゆかり先輩は凄いんですよ。自信持ってください! 」


 ……1度、諦めてしまおうかなと思った時もあった。『小説を書くことはもう止めよう、自分には才能がないんだ』って。


 でも、止められなかった。

 気がついたら机に向かっていたんだ。


 小説を書くことが、好きだから。


「ありがとう……、ありがとね……」


 菜々ちゃんと出会っていなかったら、私はその事に気が付かないで執筆を諦めていたかもしれない。


 感謝しても、しきれない……。


 涙が止まらない私を支えてくれるように、菜々ちゃんは私の頭をずっと撫でてくれていた……──。

 




「……落ち着きましたか? 」


 気がつくともう辺りは真っ暗で、街灯の明かりが私達を優しく照らしていた。


「はい……、大丈夫です。落ち着きました」


 菜々ちゃんには情けない所を見られてしまったな。泣き顔なんて、滅多に他の人には見せたこと無かったのに。


「すみません、本当に迷惑かけちゃいましたね……。本当にありがとうございました」

「ふふっ。ゆかり先輩、もう『すみません』も『ありがとう』も使うの禁止です。あたしが好きでやっている事なんですから」


 菜々ちゃんは優しく微笑んでくれた。


 私、まだ菜々ちゃんと出会って2日目なのに、凄くお世話になってる気がする……。というか、私の方が年上なのに、これじゃまるで私が年下みたいだ。


「それにしてもゆかり先輩、あんなに文章力があるなんて本当凄いですよね。きっと勉強も凄く得意なタイプなんだろうな」

「えっ!! 」


 グサッと胸に何かが刺さった気がする……。


「わ、私、勉強は本当に出来ないんですよ……っ!! 」


 たまに、『私勉強苦手なんだよねえ』とか言いながら80点以上とっている人がいるが、決してそういうタイプでもない。


「……普通に20点台とかとっちゃうタイプですよ? 私……」


 『あはは……』と自虐する。

 ……かなり虚しいけど。


「え? 本当ですか?? 意外だな……、勉強得意そうに見えたんですが」

「……よく言われます」


 休み時間は、よく小説を書いているか読書をしていて、見た目系なら校則も破ったことはない。


 それに加えて、学校ではあまり喋らないタイプなので、他のクラスからは『勉強出来そう』『ガリ勉』のイメージをよく持たれている……。が、同じクラスに1度でもなったことがある人は、皆口を揃えてこう言う。『ギャップが凄い』と。


「授業なんて真面目に受けたことがないんです。ずっと小説書いてたから……、家に帰ってもずっと小説を書いてるんです。勉強してる時間が勿体ないなって感じちゃって……」 

「…………」


 菜々ちゃんは目をぱちくりさせている。


 そりゃそうだろう。この話をして、驚いたことが無い人は今まで見た事がない。


 ……呆れただろうか?


 すると、次に菜々ちゃんは真面目な顔をして言った。



「ゆかり先輩、授業は真面目に受けた方がいいですよ」


「あー、はい……、よく言われますね」


 『ははは……』と笑ってみせる。


 『遊んでばかりいないで勉強しろ』

 この言葉はもう、何回聞いたか分からない。


 でも、これは遊びじゃないんだ。『小説家になる』という夢を叶える為に、出来るだけ小説に時間を注ぎたい。しかし、この気持ちは誰にも分かって貰えない……。


 そして、菜々ちゃんにも分かって貰えなかったらしい……。


「そうじゃなくて、」


 菜々ちゃんは急に私の右手をとって、両手でギュッと包み込んだ。


「あたしはほんと、詳しくないんで分からないですが、小説家を目指せる専門学校もきっとありますよね? ゆかり先輩はそこには行かないんですか? 」


 ……え?

 専門学校??


「仮に専門学校に行くとして、その為にはその学校が求めるだけの成績が必要です。ゆかり先輩、授業を真面目に受けていないならきっと成績も低いですよね? 」


 ……専門学校。


 私は今まで、独自で知識を身につけて、サイトに作品を載っけたり、賞に応募したりして小説家になるものだと思っていた。


 専門学校があるなんて、知らなかった……。


「それに、仮に専門学校に行かないとしても……、授業で学んだことを物語に活かすことも出来るんじゃありませんか? 知識が豊富な方がきっと引き出しが増えると思うんです」


「…………」


 ……私はどうして今までこんなことに気が付かなかったんだろう。


 自分が無知識過ぎて情けない……。



 確かに菜々ちゃんの言う通りだった。小説を書く上で、知識はかなり大事だ。読書も大事だとよく言うが、それは物語の幅を広げる為にも、ということなのだ。


 そして、急に昨日先生が言っていた言葉を思い出す……。


 『──貴女はまだ高校2年生です。他にも大事な事が色々ありますよ。職業だって、今から勉強すれば色々あります。本当にやりたいことを見つけてください』……。


 あの時は、あの言葉を聞いて正直イライラしていたが、今思えば、それはそういう意味だったのかもしれない。


 つまり、今から勉強すれば、沢山の選択肢が増える。専門学校に行って、もっと勉強することが出来る──……と。


「あたしは、歌手になる為にそういう系統の専門学校に行くつもりです。専門学校っていっても、沢山ありますから今はまだ調べてる段階ですけど……」


 菜々ちゃんは、苦笑いしながら頬を掻いている。


 やっぱり凄いな、菜々ちゃんは。夢に向かって全力で突き進んでいて……。


 ……私も菜々ちゃんみたいに、視野を広げてもっと頑張らなくちゃな。



「……よしっ!! 」


 私は空に向かって、真っ直ぐ拳を突き上げた。


「私、頑張るよ! 夢に向かって、全力で頑張ってみるっ! 」

「ゆかり先輩……!! 」


 『一緒に頑張りましょうね!! 』そう言って、私と菜々ちゃんはギュッと手を取りあった。


 菜々ちゃんと出会えて、本当に良かったな……。ありがとう、菜々ちゃん。


 言葉にはしなかったが……、私は心でそう言った。本当に感謝しても、しきれない。


 菜々ちゃんとの出会いは、それだけ私を大きく変えたんだ──……。







「……なあ、何か今日、日向っていつもと違うよな?? 」

「そうだよね……。いつもなら、授業なんて真面目に受けないのに」


 ヒソヒソと、クラスメイトの声が聞こえる。

 私の噂をしているようだ。


 ふふふ……。まあ驚くのも無理はないだろう。

 私だって自分がこう変化するとは、先日まで思ってもみなかった。


 ノートに今書いているのは、授業の内容だ。

 先生の話も、今日は珍しくちゃんと聞いている。まあ、慣れていなかったせいか、眠気と戦っていた授業もあったが……。


 しかし、ちゃんと授業を受けてみて分かった事が1つある。


 授業って、結構面白い。特に、現代文は……。

 元々、この教科だけはそこそこの点数をとれてはいたが、授業を受けることでより理解が深まっていく気がする。


 登場人物の心情、目的……。菜々ちゃんが言っていた様な、授業を受けることの大切さが今、少しだけ分かったような気がする。



「はい、何でこうなったのか、分かる人ー? 」


 ……誰も手を挙げていない。

 緊張しているのだろうか。それとも、本当に皆分からないのだろうか。何にせよ……、これはチャンスだと思った。


 今日から私は生まれ変わるんだ……!!


 私は高校に入って、初めて……手を挙げた。

 高く、ピンと背筋を伸ばして──……。

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