≪第五章―役立たず、頑張る―≫(前編)

「――というわけで、水系統の魔法と言うのは使いこなせば人の命に触れることができるようになるのじゃな。ワシのように全盛期の見た目を保ったまま、長い時を生きることもできるようになる」


 ここは馬車の中。

 相乗り旅が始まってから、少しの時間がたった。馬車で一月ほどの工程だったがこの馬車を動かすのは馬ではない、蓄えられた魔力だ。そのおかげで思っていたよりずっと早く旅は進んでいる。

 とは言え人間だもの。

 俺は今、かの伝説の魔女様であらせられるソフィアさんからありがたーーーい座学を受けていた。

 全く、なぜさっきの俺はあんな二つ返事で『ソフィアさんの講義なら是非聞いてみたいです!』なんて言ってしまったのだろうか。

 こんなことになるなら俺もアリサと一緒に町で……。


「スバル!聞いておるのか?良いか、お主は確かに知識は多い。しかしそれは魔力使用規制法やら統制法やら各属性における効率のいい魔力運用等、応用的知識と、あとは実際の刑法等、宮廷魔導師になる為の知識じゃ。そんなものは実際ほとんど役に立たぬ」


 そうそう、これだよこれ。見た目に騙されがちだがソフィアさんはとんでもないおばあちゃんだ。特有の無駄に長い話がないと締まらない。


「聞いておるのか、スバル」

「あ、はい。なんとか」


 俺だって、別に覚えたくなくて覚えなかったわけでも、まして使いたくなくて使わなかったわけでもない。

 全部俺の魔法のせいだ。

これのせいで俺は今まで……!こんなものさえなければ役立たずなんて言われることもなかったのに!

 悔しさが込み上げてくる。


「はぁ、全くしょうがない奴じゃの。よかろう、実際に見せてやった方が早そうじゃ。行くぞ」


 そう言って幾度目かの転移魔法。


「ここは?」

「ここは始まりの園クリアガーデン。最後の勇者と最後の魔王が戦った場所じゃ」

 辺りには何もない。

ただただはるか遠くまで草一つない岩肌がむき出しになっている。空もここだけ時間が止まっているかのように一面どす黒く淀んだ雲。


「どうして俺をこんな所へ?」

「ここには誰も来れぬのじゃ。気づいておるじゃろう?ここだけはあの日で時間が止まっておる。そう願われたからの」


 ソフィアさんはそんな風に言って空を見上げた。


「ここならばお主が何をしてもどこにも迷惑はかからん」

「なるほど、口で言っても無駄だからわからせようってことですか?」


 それならそれで分かりやすくていい。

「……好きに捉えよ」


 ソフィアさんが何を思っているかはわからない、でも今はどうでもいい。


「まず初めに言っておく。確かにお主の魔力は驚異的じゃ。ワシなんて比べるべくもない、それは疑いようがない。じゃがそれだけじゃ。お主自身が持って生まれたものの、お主が今まで培ってきたものの、そのありがたさに気づけん内は井の中の蛙にすらなれておらぬ」


 魔力が誰よりも多い俺が役立たず呼ばわりされていた。

 それだけで自分の力を呪うには十分だ。


「ソフィアさんはそこから何を伝えたいんですか?」


 俺が自分の魔力にもっと早く気が付いていれば俺だってもっとやれていたはず。


「そうじゃな、お主が火の初級魔法しか使えんこととお主の魔法は何ら関係ないということじゃろうな」


 伝説の魔女であり、全魔法使いの憧れのソフィア・モルガン。彼女からそう言われるのは確かに堪える。

 でもだからと言って納得はできない。


「でも、少なくとも必要な魔力が足りなくて不発。なんて経験をすることはなかったはずでしょう!」


 俺がそれでどれだけつらい思いをしてきたか!


「それならば今のお主に使えない魔法はないことになるの!」

「うわあぁぁぁ――!」




「――はぁ、はぁ、まぁこうなるでしょうね。これで満足ですか?」


 俺の魔法は一発たりともソフィアさんに届かなかった。だがそんなことは当然である。こうなるのは分かりきっていた。


「そうじゃな、これで確信できたの。お主が不相応な力を急に手に入れたせいで順当に性根が腐ってきているということが」


 どうしてこうこの人は……!


「なら、王宮にいた時のように卑屈なままの、『役立たず』の俺でいた方が良かったっていうんですか!?そんなのはごめんなんですよ!」


 俺は変わる、自分の力で。

 もう誰にも『役立たず』なんて言わせない。


「少なくとも、アリサと出会った頃のお主であれば水系統の魔法くらいは教えてやれたかもしれんの」

「なっ!?」


 そう言って、俺たちは再び転移魔法の光に包まれた。


「何が、どうして……」

「ゆっくり考えてみるのじゃな。まぁ、ワシの魔法を受けてかすり傷で済んだことだけは誉めてやるがの」


 そう言って、ソフィアさんはまたどこかへ消えてしまった。


「何だよ、それ」


 傷がついてないのなんて、そんなの……。

 ――『水系統の魔法と言うのは使いこなせば人の命に触れることができる』『水系統の魔法くらいは教えてやれたかもしれん』。


「――もしかして」


 ソフィアさんは、最近ずっと決まって俺に水魔法について教えようとしていた。もしそれが自分の身を守る為なんだとしたら?


「ただ必要だから覚えるだけだ」


 そうして、俺は馬車の中に積まれた本を読み始めた。

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