≪第四章―役立たず、褒められる―≫(後編)
「し、師匠!?何を!」
驚きを隠せなにでいるアリサにソフィアさんが驚くべき一言を放った。
「アリサ。ワシは自分でいうのもなんじゃが弟子バカじゃ」
「は?」
アリサが間抜けな声をあげたが俺も同じような気持ちだ。
何だって?弟子バカ?
「そんなワシがお前と共に旅をするやもしれぬそれも男を見極めんとするのは至極当然じゃと思うが?」
さも当然のことのように言葉を紡ぐ伝説の魔女(推定うん百歳)。
「ワシも伊達に長生きはしておらん。そやつがどんな奴かは魔法を見ればわかる」
そう言いながら、ソフィアさんが再び俺の目をじっと見据えて「だから……」と言葉を紡ぎだす。
「付きおうてくれるな、スバルよ」
もうドキドキするような余裕はなかった。
「はぁ、もうこうなったらもう師匠は止められない。スバル、やってあげて。一回やれば師匠も気が済むと思うから」
アリサがあきれたようにそう言った。もうやるしかないらしい。
「じゃがスバルよ。常に周りの者に力を与え続ける魔法、とは随分厄介なモノを持って生まれたの。確かに言われねばわからぬほどとは言え力を感じている。ただし真に恐るべきはそれほどの魔力を垂れ流し続けて尚底知れぬお主の魔力じゃ。見極めさせてもらうぞ」
そう言って遥か上空へと飛び上がっていく。
「山二つ消し飛ばすお主の魔法。上に撃たせねばどうなるかわかったものではないからの」
闇夜に浮かぶソフィアさんは、格好と相まって正に絵本に出てくる魔法使いのようであった。
「スバル、やり方は覚えてる?」
「なんとかな」
頭の中に大きな円を作る。そこに術式を描き、それを少しずつ小さくしていく。
「こうだろ」
足元が強く光り輝いた。
「やればできるじゃない。役立たずのくせに」
「凄まじい魔力じゃの!その魔力量だけなら在りし日の勇者や魔王すら尻尾巻いて逃げ出すじゃろうて!」
今からそれを受けようとする人の感想とはとても思えない台詞だ。
「行きますよ!ソフィアさん!」
ただ何も考えず、ありったけの魔力を込めた下級を放った。
「ふっ、これほどとはの!」
そう言うと、ソフィアさんは大小様々の術式を空に描き始めた。
「スバル。教えとくわ。多分あんたが師匠と普通に戦ったら、師匠には悪いけど多分あんたが勝つ」
そう言っている間にも、空を埋め尽くさんばかりの術式がいくつも描かれていく。
「でもあんたにその気がなくてあの人にも勝つ気がないなら――」
言い終える前に火球がソフィアさんに着弾。次いで大爆発……とはならなかった。
「当たる前に……消えた?」
「気づいた?そうよ、あんたのデタラメな威力の魔法でも師匠は倒せない。あの人のあの人たる所以は魔力の流れを自在に操る精密なコントロール。あの人が本気で魔力の結合を解こうとして解けないものは無いんじゃないかって思わされるくらいよ」
それを裏付けるように、ソフィアさんは事も無げに空から降りてくる。
そして「スバル」と、力強く俺の名前を呼ぶ。怒られるのを覚悟した。しかし実際にはそうならなかった。
「なんともまぁ見事じゃった!うむ、これならアリサとの旅も当面は問題あるまいっ!」
と、驚くほど嬉しそうに褒めてくれた。
「しっかしお主の魔法は恐ろしいの!お主から渡されていた魔力に、お主が扱いきれずにばら撒いてくれた魔力を全て総動員せねばワシはもちろんそこら中に甚大な被害が出ておった!」
うんうん頷きながら肩をバシバシ叩いてくる伝説の魔女さん。
「ね?言ったでしょ。一回やれば師匠も気が済むって」
アリサが自慢げにそう耳元で呟いた。その後「ただでも」と付け加えてから――。
「あんたが役立たずなりに頑張ったからよ、きっとね」
と笑って見せてくれた。
素直に嬉しかった。こんな風に女の子から囲まれて褒められるなんて男なら誰だって嬉しい。しかも一人はあの憧れのソフィア・モルガンだ。信じられない。
「これで安心して旅について行けるというものじゃ。なぁ、アリサよ」
「そうですね、師匠……って、え?今師匠なんて?」
「旅についていくと言ったのじゃ。ワシもたまには転移魔法など使わずに世界を見て回りたいのでの。スバルよ、お主はどうじゃ」
と、ソフィアさんが俺に視線を移す。それと同図になぜかアリサもこちらに視線を向けている、なぜか半目で。
「え、いや、て自分は……むしろアリサに連れて行って貰ってる立場なので何とも言えないというか……」
「と、こやつは言っておるがどうじゃ?アリサよ」
「もう全っ然!もちろんいいに決まってるじゃないですか!師匠!あたしもこんなクズでダメダメで役立たずでデリカシーの欠片もなくて役立たずで空気の読めない奴との二人旅なんて死んでもごめんだって思っていたので丁度良かったです!」
「な、そこまで――あだぁっ!?」
アリサに思いっきりつま先を靴底で踏みつけられた。
「いやー!もう!」
「んんむっ!?」
つま先を庇う俺の一番弱いところを的確にアリサが蹴りこんだ。
「ほんとに!こんな奴と!」
思わずうずくまる俺に対し、アリサはそこから何度も何度も気を失うまでボロボロになっても蹴りを入れ続けたのであった。
「――はぁ、はぁ。んとにこいつは……」
「お前がそこまで怒るなんて珍しいこともあったものじゃな」
やっとのことで落ち着いたアリサにソフィアが声をかけた。
「いえ、ちょっと虫が飛んでいたので。つい」
「そうじゃったか、ならば仕方がないの」
基本的に、ソフィアはアリサに甘いのである。
「で、師匠。本当のところこの役立たずのゴミはどうだったんですか?」
「本当のところ、とは?」
ソフィアが少し目を細めた
「多分、師匠がこいつの魔法を本気で止めに行ってたって言うのは本当だと思います」
なおもアリサは続ける。
「でも師匠が言っていたほどこいつがすごいとも思えなくて」
彼女は聡明である。しかしだからこそ、ソフィアのスバルに対する評価に納得できないでもいた。
ソフィアの全盛期――魔王と勇者がまだこの世界にいた頃のこと、はおとぎ話でしか知らない彼女だが、そこに出てくる荒唐無稽な夢物語が事実だったとすれば『山二つ消し飛ばす』くらいはわけないはずなのである。
「ワシがお前を弟子と認めておるのはそういうところじゃよ、アリサ」
そう言って彼女はアリサの髪をなでた。
「確かに奴らの力は常軌を逸しておった。剣をふるえば空が裂け、魔法を撃てば大気が震え、拳一つで大地が悲鳴を上げた。しかしそれは、奴らが己が魔力を完璧にコントロールし、余すところなく力へ変えていたからじゃ」
そう言って伸びたままいるスバルを一瞥し。
「だがこやつはそうではない。幸か不幸か、常に膨大な魔力をある意味垂れ流し続けるこやつは自分の魔力を何一つ扱えておらぬ。生半可なモノならそっとしておくつもりじゃったがそう言ってはおられん。じゃからこそワシがこやつのそばにおらねばならぬのじゃ。危険な輩でないのは初めから承知の上よ」
アリサは少し考えるような素振りをしてからはぁと息を吐いた。
「つまり最初からどうあったって付いてくるつもりだったってことですよね?師匠も人が悪いですよ、ホント」
「可愛い弟子をからかいたくなる師匠の気持ち、汲んでくれても良いじゃろうに」
こうしてテナー村への旅に新しい同行者が増えたのであった。
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