第370話 クレハ劇場

「おい、一体どういうことだ?王妃様が嵌められたって。」


「さぁ?ホルイン伯爵に名誉を穢されたと言っていたが。確か、ホルイン伯爵といえば香水で有名なあの家だよな?まさか、以前の王妃様の酷い匂いは、その香水が原因なのか?」


クレハの言葉から事態を推測した貴族たちは口々に以前の事件についての考察を始める。実際は偶然、ホルイン伯爵の製作した香水が王妃にとって悲しいことになったのだが、そんなことは王妃の名誉の前では墓まで持っていくべき事実だ。


「そう、皆様が考えていらっしゃる通り、以前、皆様が不審に思った件に関しては王妃様の名誉を陥れようとしたホルイン伯爵の策略だったのです。


彼はあろうことか、新作の香水を使用してほしいと王妃様に打診し、あのような酷い匂いのするものを無理やりつけさせたのです。


しかも、王妃様自身があの香水の匂いを感じ取れないように普段から、香りの強い香水を王妃様に販売しているほどの計画性です。彼には王妃様からしかるべき罰が下されますが、それだけでは王妃様の名誉を回復することはできません。


ですので、王妃様には私が開発いたしました新たな香水を使用していただいたのです。すでに、皆様も感じられたかもしれませんが、この香りは森林の香りで心地よい自然の中にいるような気分にさせてくれる一品です。


こちらの商品に関してはクレハ商会でも販売していますので、ぜひともお買い求めください。」


クレハの演説が終わると貴族たちがクレハの元に詳しい話を聞きに押し寄せてくるのだった。


「ビオミカ男爵、先ほどの王妃様から放たれている香りはあなたが作った香水というのは本当か!それならば、ぜひとも購入させて欲しい!あれは非常にリラックスできそうだ。あるだけ売ってくれ!」


「待ってくれ、私にも、私にも売って欲しい。うちの妻がクレハ商会の香水のファンなのだ。あれは新作の香水なのだろう。それならば、この場で手に入れなければ妻になって言われるか分からん。手土産なしで帰ると私の命が危ないのだ!ぜひとも売ってくれ!」


王妃が付けていた香水は貴族達にも好評のようで、かなりの人数が我先にと欲していた。


「ちょ、ちょっと押さないでください。心配しないでも皆様の分はありますから安心してください。王妃様の計らいで皆様にはこの香水をお持ち帰りいただけますから。」


クレハはそう言うと貴族たちの視線を王妃に向け、彼女が続きを語り始める。


「えぇ、その通りです。確かに、私はホルイン伯爵に嵌められた形になりましたが皆様に迷惑をかけたのは事実です。ですので、こちらの香水は私からのお詫びにお渡しします。ビオミカ男爵にお願いして、全員分を用意していただきましたので安心してお持ち帰りください。」


「おぉ、流石は王妃様であらせられる。」


「ほんとですな、こんな王妃様を罠に嵌めようとはホルイン伯爵も問題ですな。」


王妃の言葉に貴族たちは満足して、大変機嫌を良くし、最後にはクレハから森林の香りの香水を受け取り、晩餐会はお開きになったのであった。


もちろん、彼らの頭の中には以前の事件などなく、頭に残っているのは王妃のおかげで新しい香水が手に入ったこと、そして、そんな素晴らしい王妃をホルイン伯爵が罠に嵌めたということの二つだけだった。

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