第278話 男たちの亡命

それは闇夜に響き渡る足音と粗い息遣いだった。周囲に人はおろか生き物さえも感じられない、そんな静かなで暗い夜だ。


「はぁ、はぁ、はぁ、くそっ、何でこんなことに。」


「はぁ、はぁ、いいから黙って走れ、今日中にこの国を出なければ俺たちは終わりだぞ。」


その音の正体は二人の男が死に物狂いで走っているために生まれたものだった。なぜ、彼らがこのような静けさが心地よい夜にみっともなく走っているかと言えば自分の命が惜しいからだ。


この男たち、一人はチーリエ王国にてプアア王妃の付き人をしていた男であり、もう一人はプアア王妃と共に使者としてやってきた人間だったのだ。


チーリエ国王は今回のプアア王妃の騒ぎに関して遺恨を残さないために今回の騒ぎに関わった人間全員を調査し、場合によっては処罰を行うと発表していた。


本来であればプアア王妃の起こした騒ぎであったため罰せられるものなど存在するはずもなく、この調査というのは対外的なものだった。


しかしながら、付き人は強盗に入り使者はナタリー王妃やクレハに対して暴言を吐き、さらには拷問を匂わせる発言までしてしまったのだ。そんな彼らはいずれ調査によって自分の行いが明るみになってしまえばどんな目にあわされるか分からないとすぐさま二人で共謀して国を逃げ出したのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。一回、一回休もう、これ以上は走り疲れた。」


「何言っているんだ、早く国を出ないと俺たちがいなくなったことに気が付かれたら終わりだぞ。」


「分かってるよ、それよりもこれからどうするんだよ。俺もお前もこの国を脱出するのは良い、だがその先は?王妃の付き人や使者なんてこの国だけの役職だ、この国を出てしまえば俺たちはただの一般人なんだよ。


そんな奴らが知らない土地でどうやって生きていくって言うんだよ、絶対に無理だ、俺は外国に伝手なんて無いぞ!」


付き人はこの国から逃亡しても自分たちの居場所などなく、今後はどうやって生きていけばいいんだと嘆いていた。


しかし、そんな付き人とは正反対に使者はなぜか余裕の表情を浮かべいやらしい笑みを浮かべていたのだ。


「それに関しては問題ない。俺だってだてに使者なんてやってないんだよ。こういう時のために外国で何人かはコネクションを作っておいた。」


「ま、マジか!良かった、それなら何とかなりそうだな。」


なんと使者は自身の仕事で海外を訪れた際に決まって何かあった時のためにその国の貴族と秘密裏に仲良くなっていたのだ。裏でそのような事を行っていた事実に付き人は驚きを隠せないでいたが今回はそれならば安心だと彼もホッとしたような表情を見せ始めていた。


「あぁ、安心しろ。俺からもお前も込みで匿ってくれるように頼んでやるさ。それよりも例のあれを持ってきたんだろうな?」


「あぁ、もちろんだ。言われた通り、ちゃんとくすねてきたさ。このバックにパンパンに入っているぞ。だが、これってあの王妃がどこぞの商人から取り寄せていたものだろ?こんなものを持ってきていったい何になるんだ?」


付き人は城から抜け出してくる際に使者にとあるものを持って来いと伝えられていたのだ。それはプアア王妃がとある商人から秘密裏に入手したもので、一人で亡命したほうがリスクも少ないはずの使者が付き人を助けた理由でもあった。


「なに、これのおかげで俺たちは助かるんだよ。ようは手土産みたいなもんだ。まぁ、向こうにつけば分かるさ。」


「おい、向こうっていったいどこなんだ?俺たちはいったいどこに向かうって言うんだよ?」


「そんなの決まっているだろ、コーカリアス王国に向かうんだよ。さっ、休憩は終わりだ、早く国を抜け出すぞ。」


こうして二人は再び走り始めることになる。月明かりが照らす闇夜にて付き人が背負っているバックの中の白い粉だけが怪しく光るのだった。

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