第214話 知られざる商会長の苦労
「おい!出てこい、部外者の商会が!」
そんな声と共に宿のレストランに入ってきたのは先日、船乗りたちにボコボコにされた常務とずいぶん身に着けているものが豪勢な人間の二人だった。
常務は先日の様子ではまともにしゃべることはできないはずなので先ほどの大声はもう一人の人間の方だろう。
クレハがそんなことを考えていると常務と目が合う。すると、彼は一緒にやってきた人間に合図をするとその人間がクレハを睨みつけながらやってくるのであった。
「貴様だな、ヘーデュ商会を荒らしている部外者の商会というのは!」
「ムール男爵!な、なぜこのような場所に。それに、なぜ貴様がいるのだ常務!貴様には何もするなと言っておいたではないか。」
男の突然の登場に驚いていたのは何もクレハ達だけではない。むしろ、商会長の方がクレハ達よりも驚いていたと言ったほうが良いだろう。そして、その人間の登場に驚くとともに常務を見つけると彼をにらみつけ始める。
商会長が驚いていたのも無理はない。なぜなら、彼こそがクレハ達を貴族の特権とやらで始末をお願いしようとしていたムール男爵なのだから。本来であれば後から秘密裏に依頼をしようと考えていた人間がいつの間にか向こうからやってきているのだ、彼が驚かないはずがなかった。
「ん?あぁ、商会長か。まったく、なぜ貴様はいつも問題が起こればすぐに私をよばん。たかが商人の一人や二人くらいこの私に言えばすぐに消し去ってやるものを。私は国王陛下に権限を与えられた貴族なのだぞ、この力をうまく利用しないでどうするか。」
「い、いえ、それはもちろんお願いをしようとしていましたが、そう言うのには何事も事前の準備というものが必要なのです。ですので、どうか今日のところは準備をさせていただけないでしょうか?」
商会長は恐る恐るムール男爵に進言している。商会長がどうしてここまで貴族である彼に帰って欲しいのか、これにはちゃんとした理由がある。簡単に説明すればこのムール男爵というのはものすごいバカなのである。
確かに、この国では貴族の特権というものが何よりも優先される。しかしながら、それにだって限度というものがある。むしろ、貴族の特権を使うのであればそれこそ正しい使い方をしなければならないのだ。つまりは、ムール男爵の行うことは絶対に誰にも知られてはいけない行いなのである。
だからこそ、商会長は今までこのようなことを行う際には事前に何があっても大丈夫なように準備を進めていた。いつも、ムール男爵には報告が遅いと言われるがそれはその準備のために要した時間なのだ。ムール男爵はそのようなことは何も考えていないバカな人間なため、商会長が居なければ彼など今頃はさらに上の人間に権力の乱用で捕まっていただろう。
そんな苦労も知らずにこの場にバカな問題児を連れてきた常務をにらみつけるなというのは無理な話だったのかもしれない。
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