第95話 腹黒クレハ

「何があったのか聞かせていただけませんか?確かにルークの言う通り素材の味は悪いですが、味付けなどは美味しいです。つまり、あなたの腕は確かなものです。そんな方が素材のせいで美味しい料理を提供できないなんてもったいないですよ!私に何かお手伝いさせてください!」


「嬉しいじゃないか、俺の料理にそこまで言ってくれるなんて!まぁ、嬢ちゃんに言っても何ともならないが愚痴くらいは聞いてくれや。」


クレハの正体を知らない屋台おやじは目の前の二人が自分を励ますためにこんなことを言っているのだと思い、愚痴だけでも聞いてもらおうと話を始める。


「今となっちゃコーカリアス王国の領土になった土地だが、ここら辺の土地は昔から痩せているんだ。だから作物が育たなくて、収穫できたとしても味も何も無いような貧相な野菜しか取れないんだよ。」


「おじさん、それでこの街の領主様はどんな対策を試みたの?」


ルークの疑問はもっともだが、屋台のおやじから帰ってきた答えは驚くべきものだった。


「対策?そんなもの何も無かったよ。あいつらは自分の食い物のことしか心配しねぇ。土地のために金を使うなら、よその国から食い物を買うために使うだろうな。だってそのほうが安上がりだし、楽だしな。」


「それはひどいですね、ですがそんな状況なら国の方から何もしない領主へ視察の一つも入るのではないですか?」


「それは国の上層部がまともだったらの話だよ。上の奴らは腐りきってる奴らばかりで、俺たちのことなんて気にも留めない。大事なのは自分と財産だけなんだよ。だからアルタル王国なんて滅んでくれて清々するぜ!」


おやじは余程アルタル王国を恨んでいたのか、話せば話すほど悪口が止まらない。


「でも、良かったね、おじさん。アルタル王国が戦争で負けてコーカリアス王国の領土になったから、もう安心だね!」


ルークはクレハが領主になるのであれば、どんな問題でも途端に解決してくれると信じているため、問題は無くなったと思っている。


「まぁ、今のところはって感じだな。でも、みんな不安に感じてるんだよ。もしかしたら新しい領主も今までの奴と大して変わらないんじゃないかってな。だからよ、新しい領主様も今までのやつと変わらないなら、俺がガツンと言ってやるんだよ!俺はここらの顔役みたいなものだからな!


まぁ、そんなアホなことを言ってはいるものの、それこそ意見を言おうものなら、俺たちなんか簡単に始末されちまうだろうし。はぁ~、せめて食い物くらい美味けりゃ我慢できるんだけどな。」


屋台のおやじはクレハのことを新たな領主と知らないため、新しく来る領主のことをさんざんに言っている。ルークは居たたまれなくなり、自分達の正体を伝えようとするも、クレハに制止される。


「良い領主様が来ると良いですね、私も美味しい野菜が食べたいものです!もし、野菜が美味しくなったらまた食べさせてくださいね。」


「おうよ、嬢ちゃんには愚痴をたくさん聞いてもらったからな。野菜がうまくなったら一番に食べさせてやるよ!」


「約束ですよ!それでは、私たちはこれで。」


クレハはそう告げると彼の屋台を立ち去った。しばらく過ぎ、ルークはなぜ先ほど正体を告げなかったのかをクレハはに尋ねる。


「オーナー、どうして先ほどは自分が新しい領主だと告げなかったのですか?」


「そんなのは簡単ですよ、面白そうだったからです。」


「えっ?」

ルークはクレハが何を言っているのか分からなかったため、不思議そうにしている。


「私だって正体を告げようかと思っていましたよ、途中までは。ですが、新しい領主の目の前であそこまで言っていたのを後から知った彼がどんな顔をしてくれるのかが気になってしまいまして。あの自信満々の顔がどんな顔になるのか今から楽しみです。あっ、でも正体を明かさないのは本音を聞きたかったというのもありますからね。」


「確かに面白そうですけど、おじさんからしたら堪ったものじゃないですよ。」


「まぁ、良いじゃないですか、偶にはこういうのも。ちょっとしたイタズラですよ、別に彼をどうしようというわけではないですので。むしろ彼には仕事を任せようと思っています。」


クレハはニヤリと笑みを浮かべ、彼にぴったりの仕事を考えるのであった。

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