第88話 里親?
ロドシアは泣いている姿を見られたくなかったのか、牢に背を向け、話し始める。
「始まりは孤児院にいた頃でした。ある日、里親として私を引き取ろうとした人間が現れたんです。そいつとの出会いがすべての始まりでした。彼は私のことを気に入ったようで、孤児を引き取るための面会を行う際に二人きりにしてほしいと職員の方に告げていました。そこで、私は突然その人間から話を受けたのです」
目の前の人間はローブを深くかぶっており、顔などは一切分からない。声すらも中性的で男なのか、女なのか判別することすらできない。幸いなことに、院長先生からは自分の父親になる人かもしれないと聞かされていたため、男性であるということは把握している。そんな正体不明の人間にロドシアは恐怖を覚えていた。
「もうすぐここに、この国の王妃がやってくる。慈善事業の一環とかなんやらでメイドとして雇う人間をここから選ぶそうだ。そこでお前だ、お前は王妃のメイドとして城に忍び込み、我々にありとあらゆる情報を渡せ」
幼いながらも、目の前の人間が言っていることは悪いことだと理解するだけの知識は持ち合わせていた。ロドシアは目の前の人間は自分のことを引き取るために尋ねてきたはずであるのに、どうしてそのようなことを言うのかが全く理解できなかった。
「いったい何を言っているんですか?あなたは私を引き取って下さるために、こちらに来たのではないのですか?」
「そんなわけないだろ、誰が薄汚い孤児なんか引き取るか」
「そ・ん・な。私のお父さんになってくれるというのは嘘だったんですか!」
ロドシアはずっと待ち望んでいた家族になってくれる人物に出会えたととても喜んでいた。そのため、目の前の人間から発せられた言葉の意味を理解することができなかった。
いや、彼女だってそれくらいの言葉の意味を理解するだけの知性は持ち合わせている。あまりのショックに言葉の意味を理解することを無意識に拒絶していたのだ。
「どうして、やっと家族になってくれる人が来てくれたと思っていたのに」
「言ったはずだ、お前のことなんてどうだっていい。必要なのは私の言う通りに動く駒だけだ。考える人間など必要ない、言われたことさえこなす人形のみに価値がある」
「いや、いやです!あなたの言っていることが悪いことということくらい私にも理解できます。院長先生が言ってました!それはスパイって言って、とっても悪いことなんです!」
幼いながらもロドシアは勇気を振り絞り、抵抗を試みた。
「そうか、本来であれば必要がなかったことだが、自分から人形にならないのであれば仕方あるまい、また数日後にここにくる」
ロドシアは目の前の人間に恐れをなしており、逆らった自分がどれほどひどい目に合わさせるのか目をつぶりおびえていたが、何もされず、意外に簡単に引いていったため、少し驚いていた。自分の振り絞った勇気が目の前の悪人を追っ払ったと感じ、自分のことを誇らしげに感じていた。
しかし、悪人は別にあきらめたわけではなかった。本当に恐ろしく、頭の切れるものは子供の目の前で言うことを聞かないからと暴れたり、かんしゃくを起こしたりするものではない。
本当に恐ろしい人間は誰にも知られず、気づかれることなく行動を起こし、気づいたときには手の施しようのない状態まで追い込まれているものである。
子供であるロドシアはそのようなことを大人たちに教えられているはずもなく、気づけるはずもなかった。人間とは人生の中で失敗をし、その経験から学んでいく。
しかし、それらは大抵、やり直しのきく失敗である。だが、彼女の経験する失敗は取り返しがつくものではなかった。彼女の人生でそれを経験するのは翌朝のことである。
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