魔法学園の死刑執行人
石藤 真悟
第1話 進級初日からやる気ゼロの魔法使い
「あー……腹減った」
眠い目を擦りながら、ベッドから出た俺は、必要最低限の物しか置かれていない寮の自室を出て、食堂へと向かう。
……学校の寮の朝だというのに、廊下には全く人がいない。
おかしいな……ここの廊下は朝だと、寮生が沢山いるはずなのに。
そんな疑問を持ちながら、廊下を歩いていると、目的の食堂に着いた。
さー飯だ飯って……用意されてねえ!
しかも誰もいねえじゃねえかよ!
食堂に入った俺の目の前に広がっている光景は、無人で何も用意されていない食堂だった。
あるのは、テーブルとイスのみ。
どうなってんだ……このクソ寮は……。
「マックス! アンタ寝坊かい? グワスマン家の恥だね! 本当に!」
朝食も用意されていない上に、誰もいない食堂を見て呆然としていた俺は、後ろから怒鳴りつけられる。
振り向くとデブ……じゃなかった、恰幅のいいババアが腕組みしながら立っていた。
この寮の寮母だ。
「あ? 寝坊?」
「呆れたねえ! 寝坊したことにすら気付いていないなんて! もう昼食の時間も終わって、午後の授業だよ!」
「ええ……マジ? あ、マジだわ」
怒鳴っていたババアが、朝どころかもうとっくに昼だぞと食堂の時計を指しながらキレ散らかすので、時計を見る。
すると本当に午後の授業の時間でビックリ。
そりゃ、寮生と廊下ですれ違わないわけだな!
「やる気が無いなら学校を辞めちまいな! どうせ、グワスマン家を追い出された上に、婚約者に婚約破棄をされるような男が、ここを卒業出来るとは思わないけどねえ!」
「……んだと? このクソババア……」
思わず俺は、寮母に悪態をついてしまう。
確かに寝坊したのは俺が悪い。
だが、今はそれ関係ねえだろ。
何も事情を知らねえくせに、自分が他人から聞いた情報を鵜呑みにしやがって。
……まあ、その情報を流した奴が誰なのかは分かるけど。
……ここで、怒ってもしょうがないか。
「……悪かったよ。これからは気をつけるよ」
「ふん! 口だけだろ! アンタのその言い訳は聞き飽きたよ!」
「それより……俺の飯……」
「無いよ! ほら、とっとと学校行った! やる気があるんなら、午後の授業だけでも受けといで! 今日は新学年初日だろ! 何とか進級出来たんだから、しがみつきな!」
「…………」
ち、ちくしょう……。
ババアの言っていることが合っているのが、また腹立つぜ。
ここで変に逆らうと、夕食も抜きにされそうなので、黙って俺は部屋へと戻り、制服に着替えて、午後の授業を受けに学園へと向かう。
◇
寮を出て、学園へと向かう。
確か今日の午後の授業って……対人戦闘の授業だったっけ?
別にやんなくても良いなあ……てか、あのババアの言う通り、この学園で学ぶ気無いんだよなあ……正直。
ここを卒業しなきゃ、この国じゃロクな職にも就けねえし、仮にたまたま職に就けたとしても、出世が出来ねえとかいう古く悪しき風潮が無ければなあ……。
自分が通う学園の校舎を恨めしそうに見ながら、目の前でため息を吐く。
ここは、国立インペリアル魔法学園だ。
主にウッドマン帝国軍に入る魔法使いを育てるための学校なのだが……ここの魔法学園を卒業した人間は、体力や忍耐力があるだとか、ここに入らなかった奴や中退した奴とはメンタルが比べ物にならないほど強いから、ここの魔法学園を卒業した人間を雇いたい! と雇う側……つまり、金持ちどもがこぞって口を揃えて言うため、俺みたいに嫌々通っている学生がほとんどだ。
「あら……マックス。重役出勤?」
校舎に入ってすぐの廊下には女子生徒が一人いた。
そして、俺に声をかけてくる。
かつて、俺の姉だった女だ。
……寝坊して遅刻した俺が言うのもアレだが……コイツは授業をサボっているのか?
「流石〜本気出したら一年でクラスAに編入出来ちゃった秀才は違うわね〜」
「……入学試験満点合格で一年生の時からクラスAの人間だったあなたに言われると、嫌味に聞こえますね」
適当に目の前の女子生徒を褒めて、その場を去ろうとする。
正直、もうグワスマン家の人間には関わりたくない。
だが、呼び止められる。
……呼び止められたら、従うしかない。
グワスマン家を追放された今の俺は平民、そして目の前の女子生徒は、貴族の名家グワスマン家の娘なのだから。
「まあまあ……マックスが私達と関わりたくないのは分かってるけど、話を聞きなさいって」
「……俺、授業受けないと……」
「何言ってんの? 実力あるんなら授業なんて、私みたいにサボって大丈夫よ? ……ま、頑張って授業受けて努力している同学年の子達を蹴散らせる自信がある場合の話だけど」
「…………」
この学園は、あくまで帝国軍の人間として、この国を守る魔法使いを育成するための学園だ。
だから、強い人間は優遇され、弱い奴は辞めさせられる。
そして目の前で、ヘラヘラと笑いながらとんでもない発言をしている女は、現に強いから困る。
レティシア・グワスマン。
魔法使いの名家、グワスマン家の長女。
恐らく、ここを卒業したら、ウッドマン帝国軍に入り、いずれは軍の中でトップになるか……それとも、次期ウッドマン帝国の帝王と結婚し、王妃になるか……などと言われるぐらい、将来を有望視されているエリートだ。
そして、俺の姉だった女。
……しっかし、なんで同じ人間から産まれてきたはずなのに、ここまで似ないかね。
俺もそんな、異性からも同性からも好かれるような美形に産まれたかったよ。
「あはは、マックスには無茶な要求だった? マックスの同級生、結構優秀な子達が一杯だからね〜。いや〜私の同級生は弱い子達ばっかりで、助かるよ〜」
「……そんな話をしに来たんですか?」
「いや、違うよ? 婚約破棄の件。なーんで、婚約破棄しちゃったの? 向こうは婿養子として受け入れるって言ってたみたいじゃん?」
「…………チッ」
誰がこの人にも、真実を話したんだ? と思わず舌打ちをしてしまう。
この人まで関わってきたら、面倒なことになるに決まってんじゃねえか。
「ね、ね。興味があるだけだから教えてよ? パパには話さないから」
「……普通に相手の性格が無理だったのと、グワスマン家にダメージを与えてやろうと考えて、婚約破棄しました」
誤魔化すのは、無理と判断した俺は正直に事実を話す。
すると、大爆笑された。
「アッハハハハハ!!!!! いや〜もう、マックス最高! 確かに、あの子は私も嫌いだったし、グワスマン家にも大ダメージ与えたわよ〜パパはかなり怒ってたけどね?」
「…………」
何故、自分の家が大ダメージを与えられたというのに、この人はこんなに笑えるのか。
長い間一緒にいたが、この人の感性が未だに分からない。
「あー笑った、笑った。でも、良いの? あることないこと言われてるみたいじゃん? 家を追放されたから、婚約破棄もされたとか、クラスAに編入したのも、何かの間違いだとかさ?」
「そうですか。別に悪く言われるのは慣れているので、気にしないです。それに、家にダメージを与えるために婚約破棄したという事実が広まるよりはマシですね」
「ふーん……あっそ。……マックスのそういう所、私は嫌いだなあ……負け犬みたいで。……もういいや、授業行っていいよ?」
婚約破棄の件と同じように事実を言っただけなのに、急に不機嫌になる。
授業に行って良いとのことなので、特に何も言わず去る。
……俺は、姉さ……レティシアみたいに周りに誇れるような魔法使いじゃないんだ。
だから、周囲の人間に悪口を言われるなんて、もう慣れちまったんだよ。
それに、嫌われているぐらいが丁度良いや。
仲良くなってから、殺せとか言われたら殺しづらいし。
そんな言い訳をしながら、教室へと向かった。
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