創造神たち
編網のに
創造神たち
その惑星のあらゆる技術を集結した計画が、ついに最終段階を迎えようとしていた。
もう間もなく起動することになっている小さく黒いそれを囲み、研究員たちは落ち着かない様子だ。計画の責任者である研究所の所長の表情は特に険しい。
「所長、予定時刻30秒前です」
係員が告げると、所長は額の汗をぬぐって頷く。
「うむ」
短い返事が静まりかえった研究室に響く。彼は時刻表示計を睨んだ。永遠のような30秒が経過し、ついにその瞬間がやってきた。定刻どおりに所長がスイッチを押し込むと、それはまばゆい光を放ち、膨らみ始めた。押し黙っていた研究員たちはいよいよ興奮を隠し切れずざわめき始めた。
「ビッグバンだ。見ろ、半径が急速に拡大しているぞ」
「ええ、ひとまず第一段階は成功ね」
そんな風に語らいながらも、彼らは気を緩めずデータの採集と解析を続けた。これらのデータももちろん貴重ではあるが、ここで躓いていては話にならない。なにしろ彼らの真の目的は、自分たちと同じような知的生命体、その進化の過程を観察する事なのである。
計画を端的に説明すると、惑星上に小さな宇宙モデルを形成する、というものである。彼らはその小宇宙から、窮地に追いやられつつある自分たちを救う手がかりを探そうとしていた。
その惑星は、もともと非常に高度に発展した文明を持っていた。しかし残念なことに、素晴らしい技術発展というものは、平和な時代ではなく、命を争うような時代で生まれるものなのだ。その惑星は、常に内戦状態にあった。戦争に勝つため、各国は技術開発競争に熱を注いだ。しかし、そのようにして極限まで高まった文明は、ある日一瞬で崩壊した。技術の進歩の末に誕生した、革新的な殺傷能力を有した大量破壊兵器が強毒の汚染物質をまき散らしながら、惑星の表面を文字通り削り取ったのだ。
戦争は終わった。もはやその星に争うほどの人口は残っていなかったのだ。大地は荒廃し、生き残った人々が細々と生活を営むのが精一杯のわずかな食糧を生産するのが限界だった。人々があれほど誇っていた技術も失われた。あまりに複雑化し、専門分野が細分化してしまっていたため、その全てを理解し再現できる者はもはや存在しなかった。仮にいたとしても、破壊兵器の影響で崩壊しきった世界で何ができただろうか。
しかし、彼らは生き延びた。技術の進歩は彼らから全てを奪ったように見えたが、彼らに与えられたものもいくらかは残っていた。
なかでも、人工知能を搭載し、命令に逆らわず、光などを勝手にエネルギーに変換し、材料さえ用意してやれば自己複製を行うこともできるロボットの存在が大きかった。ロボットのおかげで、彼らは子を産み育て、またその次の代、次の次の代と命を繋ぎ、文明を少しずつ取り戻していくことができると考えていた。
初めの数世代ほどはうまくいっているように思えた。しかし、そうは問屋が卸さないものである。まず、技術の復興が想定以上に難航していることが問題だった。彼らは戦火で歴史と情報を失った。もちろんロボットに頼めばある程度のものを作ってはくれるのだが、その仕組みがまるで分からない。もともと軍事用に開発されたロボットは機密保持を最優先としており、技術を漏洩する恐れがある質問には決して答えてくれなかったのである。
そもそも、彼らの惑星には工業的に利用可能な物質がほとんど残されていなかったのも問題だった。採集はロボットに任せるとしても、彼らが採ってくる汚染物質にまみれ、変性した資源では使い物にならないのだ。ロボットの複製に使える材料も限られており、だんだんと質が悪くなっていった。もちろん素材が悪くなれば完成する次世代のロボットの出来も悪くなる。彼らに残された文明と呼べるものは、もはやその粗悪なロボットしかないのである。生活のほぼすべてをロボットに頼る現状で、いつの日かそれが使い物にならなくなればおしまいだ。このような状況を打破するための計画が、小宇宙のプログラムを作り上げる事だった。
資源がないうえ、素材の劣化によってロボットの運動性能が低下しているので、物質的な要求値が高いものは困難だ。そもそも今の自分たちには、基礎的な知識すらない。それを得るためには、もはや別の文明がどのように発展していくのかを直接観察し、技術をまるまる盗んでくるしかない。だから、プログラム上ですべてが完結するこの計画が通った。ほかに彼らの沈みゆく運命を変えられそうな案も出なかったので、半ばヤケクソで計画が始動した。
現存する中ではまだマシなロボットたちを集め、宇宙の始まりを再現するプログラムを作らせた。腐っても元来宇宙船などを開発していた星の最新ロボットであるから、プログラムはスムーズに作成されていった。そしていよいよ今日この日、完成を迎えたのだ。
「よし、この辺りで早送りをとめてくれ。みんな、現在70億年ほどが経過したところだ。知的生命体が今後誕生しうる惑星を絞り込んでいく作業に入ってくれ条件を満たすものが1万ほどは見つかるはずだ。」
所長がそう言うと、研究員たちはいっせいに各々の割り振られた仕事に向かう。星の存亡がここにかかっているのだから、皆真剣そのものである。
条件を満たす惑星を見つけては、ある程度プログラム内の時間を進める。これを繰り返した結果、一つの星が非常に有力であることが判明した。
「よし、ここを重点的に観察する」
所長が決定し、研究員たちも全員、その一つの惑星に集中し始めた。プログラム内のその青々とした星は、早送りによってすさまじい勢いで自転している。
「所長、この星には大量の生物がいますが、どれが知的生命体になるでしょうか」
研究員の一人が声を上げると、所長は険しい表情を見せた。
「どれであってもおかしくない、なるべく多くの種類を見逃さないようにするしかないな」
わずかな作物と人類のみが生き延びた惑星の住民にとって、多種多様な生物が闊歩するその惑星は奇妙極まりないものだった。
観察を続けるうちに、どうやら二本の脚で移動する見たこともない生物が、青い星の地表で数を増やし始めた。彼らは言語を操る能力も持ち合わせていた。
しばらくすると、別の研究員が悲鳴を上げた。
「大変です!この星、ただでさえ水が多いのに、予定では、かなり長期間に及ぶ大洪水が始まっています!このままでは地上の生物が全部だめになってしまう」
「私たちが介入するしかあるまい、彼らの言語は解読済みかね」
「もちろんです!」
元が軍事用なので、ロボットに暗号解読はお手の物である。
所長は、青い星の二本脚の住人の中で、なるべく物分かりがよさそうなのを選んで、メッセージを送った。あくまでプログラムであるから、このような介入も簡単にできる。彼は住人(ノア、という名前だった)に、船を作り、その星の生き物すべてを雄雌一組ずつ乗せるよう指示した。この二本脚が本当に目的の知的生命体である保証はない。リスクを分散するためにも、進化の可能性がある生き物はすべて生き延びさせるべきだ。
ノアはすなおな性格の生物だったようで、言われた通り船を作り、ひとまず青い星の生物は全滅を免れた。その後もノアの仲間の二本脚は繁栄した。この種族が目的に合致する知的生命体であることはもう疑いようがなかった。
彼らの進歩はあっという間だった。特に、数学および物理の分野の発展は目覚ましいものがあった。研究員たちは当初の目的も忘れかけるほど、二本脚の生物の作る学問にのめり込んだ。理解しようにも複雑すぎてお手上げだった現実とは違い、プログラムの中の学問は徐々に発展していき、彼らの知的好奇心を刺激した。
他の面でも収穫は大きかった。青い星には多様な気候が存在しており、現状の研究員たちの惑星に近いような厳しい気候にも適用する生命があった。農耕や製鉄などの、簡単な技術も今の彼らには貴重だった。
二本脚の生物は優れていた。それほど威力のある武器が生まれなかっただけかもしれないが、大した時間をかけずにぐんぐんと成長し、惑星中に広がった大きな戦争を二度経ても、大きく崩壊することはなかった。やがて、彼らはロボットに良く似た人工知能までも研究を始めるに至った。
「いよいよこのロボットたちの仕組みも彼らが解き明かしてくれるのか」
「嬉しいわ、これがなんなのか、ずっともやもやしていたもの」
研究員たちは、もうほとんど二本脚の生物を崇拝していた。彼らは自分たちが失ったものを教えてくれるだけにとどまらず、これから進むべき道もきっと教えてくれるだろう。
「彼らにぴったりの名前はないだろうか」
研究員の一人がつぶやいた。便宜上ずっと二本脚、二本脚と呼び続けていたが、さすがにそれでは忍びないと思ったのだろう。
「それなら心配なく、彼らはすでに彼らにぴったりの言葉も発明しているわ。カミサマっていうのよ」
「カミサマか、いい響きだ。これからは彼らをカミサマと呼ぶことにしよう」
カミサマ、カミサマ、という声が研究室のあちらからもこちらからも聞こえてくるようになった。
「カミサマの作った機械、もうカミサマよりもずっとずっと計算が早いし、色んなことができるんだって」
「やっぱりカミサマはすごいな、あっという間にカミサマ自身のカミサマも作るなんて」
偉大な創造神たちは無邪気に笑いあった。
「いよいよ計画の最終段階に入る」
所長が宣言した。誰もがニコニコとしながらうなずいた。
「カミサマたちなら楽勝だよ、だってカミサマのカミサマまでいるんだから」
誰かが明るい声でそう言った。誰も異を唱えたりしなかった。
所長は頷いて、もう一度スイッチを押した。
青い星が、恐ろしい音を立てて崩壊し始めた。瞬きの間に、そこには創造神たちが今住む惑星にそっくりの、焼け爛れた大地が不気味な、暗い星が浮かんでいた。
カミサマたちならば、きっとすぐに解決策を教えてくれる。皆そう信じて疑わなかった。
創造神たち 編網のに @sakuya39
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