第30話 エリゼ宮殿の晩餐会:2023年3月

(南山洋子が、大統領主催晩餐会に出席する)


2023年3月。フランス。パリ。

エリゼ宮殿の晩餐会は、大広間で開かれる。この大広間は、宮殿という名前に相応しい豪華絢爛な造りである。シャンデリアや調度品は、美術館の収納品のレベルで、カトラリー、食器、銀の燭台なども同じレベルを保っている。

エリゼ宮殿の晩餐会は、国賓をもてなすことでも知られている。賓客のランクは、ワインのレベルで評価される。昔は、フランス産のワインしか出さなかったが、最近は、ワインの選択もインターナショナルになっている。今回は、パリコレの晩餐会であるから、格式張らないワインが選ばれていた。

昔は、料理も、フォアグラなどの高級食材が多用されていた。最近は、国賓を呼ぶような晩餐会でも、環境や、飢餓に苦しんでいる人に対する配慮を欠いているメニューは、好まれない。これは、エリゼ宮殿だけでなく、世界的な傾向である。きっかけは、2008年の洞爺湖サミットである。洞爺湖サミットのテーマは、食糧危機や貧困問題であったにもかかわらず、贅を尽くした高級食材を使ったメニューが提供された。そのメニューに対して、あまりにも、環境や飢餓に苦しんでいる人に対する配慮が欠けていると言う批判が、欧米のマスコミから起こった。その頃から、高級食材は使ってもあまり目立たない様に使うなどの工夫がされている。

通常の晩餐会のメニューはオードブル、メイン、サラダ、デザートの他にもう1品つくか、つかないかである。つまり、4、5皿である。だだし、1皿の内容は非常に濃いものになっている。数よりも質で勝負する方針である。


今回メニューは、次であった。


海老のムース

仔羊のロティ

チーズ

サラダ

アイスクリーム


これでは、読者の参加した結婚式の披露宴のメニューの方が品数が多いと思うかもしれない。皿の数で、料理のグレードを判断するのは、日本料理の基準で、フランス料理では、皿の数が問題になることは少ない。料理のグレードは、一皿の料理の中身で決まる。ロティは簡単な調理法であるが、それだけに誤魔化しがきかない。晩餐会の人数が増えると、全ての人に、焼きたてのロティを提供することは容易ではない。フランス料理では、それを実現することが評価される。顧客は、料理の難しいポイントを理解して、その完成度を楽しむ。


洋子には、予想されたように、マダム・ルパンの近くの席が指定されていた。洋子は、マダム・ルパンの娘さんのことが、気になっていた。しかし、これは口外無用の案件である。こうした場合、気にしないようにすれば、するほど、そのテーマが頭から離れなくなるリスクがある。そこで、洋子は、一策を講ずることにした。

ジャクリーヌ・ルパンが口を開いた。

「洋子。今日は、遠路、パリまで来ていただいて、嬉しいわ」

「マダム・ルパン。晩餐会にご招待いただき、光栄です。ご推薦いただいたムッシュ・ルソーのコレクションは素晴らしかったです」

「このところ、ムッシュ・ルソーのコレクションは毎年、毎年、驚くほど進歩しているので、目が離せないわ」

と、ジャクリーヌは言って、目を細めてから、続けた。

「洋子。そのドレスはとてもお似合いよ」

「ありがとうございます」

洋子はお礼を言った。洋子は、ジャクリーヌが洋子の中に娘さんを見ているのだろうと想像した。そこで、続けて、一策を展開した。

「マダム・ルパン、お願いがあるんですけど」

「洋子のお願いって、何かしら」

ジャクリーヌは嬉しそうに聞いた。

「今日の晩餐会のご招待はとてもうれしかったです。まだ、いつになるか予定はありませんが、私の結婚式に、できたらマダム・ルパンに出席して頂きたいのです」

「まあ。嬉しい」

ジャクリーヌの目が、輝いた。

「日程が調整出来る限り出席しますから、結婚式の時には、是非、連絡をください」

「ええ。もちろんです」

洋子は、ほっとした。これで、ムッシュ・ルソーが期待していたように、不自然にならない範囲で、適度にジャクリーヌに甘えて、ジャクリーヌを喜ばせると言う難題がクリアできた。


こうして、洋子は、落ち着いて、晩餐会の料理を堪能することが出来た。料理は、味、香、温度、出されるタイミングが素晴らしかった。落ち着いて、周囲を見回すと、大広間は、300年前にタイムスリップたような素晴らしさだった。

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