第29話 パリコレ:2023年3月

(南山洋子が、初めて、パリコレを見る)


2023年3月。フランス。パリ。パリコレ。


「久しぶりのパリだわ。また、仕事で、来られるとは思わなかったわ」

マダム・ルパンの招待状は、パリコレのシーズンをフルカバーする豪華なものだったが、さすがに、そこまで、参加するのは、難しかった。もっとも、マダム・ルパンも、そのことは、十分承知していたようで、「パリコレに参加する時間をとるのは難しいかもしれません。私のお友達のムッシュ・ルソーのコレクションが、パリコレで1番のお薦めなので、是非それには、参加してください」と書かれていた。「ムッシュ・ルソーには、洋子が参加すると言っておきますから、受付で、名前を言って下されば、ムッシュ・ルソーとお話出来るように、セットしておきます。ムッシュ・ルソーも、G社の言語要約システムに関心がおありのようですから、できたら、相談にのってあげてください」とあった。

ムッシュ・ルソーは、ファッションに疎い洋子でも知っている程の有名人である。そこまで、準備して、もらっているのであれば、洋子はマダム・ルパンの配慮に甘えることにした。

ムッシュ・ルソーのコレクション会場の入り口で、名前を告げると、洋子のために予約したあった席に案内された。モデルさんが目前を通り過ぎる。ネット動画で、ファッションショーを見たことはあるけれど、動画とリアルでは、まるで印象が違う。モデルさんはとっても綺麗に見えた。


コレクションのプレゼンテーションが終わると、担当の人が来て、洋子をムッシュ・ルソーのところに案内した。


ムッシュ・ルソーが言った。

「パリコレへ、ようこそ。私は、ルソーと言います」

「南山洋子です。ムッシュ・ルソー、お名前は、存じ上げています。お目にかかれて光栄です。洋子と呼んでくださって結構です」

「洋子さん。早速ですが、明日の午後3時は、開いていますか」

「ええ。大丈夫です」

「それでは、詳しいことは、明日伺いましょう。今日は、5分しか、時間がとれなくてすみません。明日のアポイントメントは済みました。もうひとつだけ、今日、伺っておくことがあります。マダム・ルパンから、依頼されたんです。晩餐会の洋子さんのドレスの相談にのるようにと。そこに、ドレスが3着あります。これは、マダムから、洋子さんの写真を見せていただいて、私が選んだものです。この中に、気に入って頂けるものがあるといいんですが。どうでしょうか」

洋子は、3着のドレスを眺めた。

「どれも素敵です。迷ってしまいます」

「それでは、私の一番の推薦のこのドレスではどうですか」

「申し分ありません」

「それでは、このドレスにしましょう。

これから、マダム・バディムに、洋子さんの採寸をしてもらいます。洋子さんは今日は、採寸を済ませてから、お帰りください。そして、明日、午後3時に私のアトリエに来てください。その時にこのドレスを試着して頂いて、最終調整をしましょう」

「ドレスの代金はおいくらになりますか。明日、カード払いでよろしいでしょうか」

「これは、マダム・ルパンと私からのプレゼントです。代金は頂きません」

「既に、航空券とホテル代も招待して頂いています。ドレスまで、頂く訳にはいきません」

「プレゼントは、私からのお願いなのです。マダム・ルパンにお会いした時に、マダムの仕草が不自然だとお思いになりませんでしたか」

「そういえば、初対面のときに、ちょっと、口ごもったように感じました」

「今回、マダム・ルパンが、洋子さんをご招待した第1の理由は、言語要約システムが、選挙戦に大きな効果があったことです。でも、マダムには、表に出したくない理由がもうひとつあると思うんです」

「もうひとつの理由といいますと」

「これは、その理由をうすうす感じている人は皆、口外無用と思っています。洋子さんもここだけの話にしてください。

実は、洋子さんは、3年前になくなられたマダム・ルパンのお嬢さんに似ているのです。お嬢さんは、テロでなくなりました。マダム・ルパンは、政治活動で、恨みを買ったのが、その原因だと考えています。つまり、自分が、政治活動をしていなければ、お嬢さんがテロにあうことはなかったと考えています。でも、過ぎてしまったことは、どうにもなりません。

私を始めとして、パリコレのメンバーは、マダム・ルパンに大変お世話になっています。ですから、せめて、晩餐会の時間だけでも、マダム・ルパンに夢を見させてあげたいと思っているのです。大変、失礼な、お願いとは思いますが、パリコレのメンバーは、マダム・ルパンが、洋子さんを呼んでよかったと思う形で、晩餐会を盛り上げたいのです。

すみません。この話は最初は、しないつもりでした。ちょっと、口が滑ったと思います。

この話は、デュ・モーリアの『レベッカ』ではありませんから、洋子さんがお気になさる必要はありません。洋子さんが、なくなられた娘さんと瓜2つという訳でもありませんから。ただ、立ち振る舞いというか、雰囲気は似ているんです。その程度の話です。

それでは、マダム・バディムを呼びましょう。私は、今日はこれで失礼します」


結局、洋子はドレスの話は、マダム・ルパンを悲しませないように、受けることにした。

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