試練

転校

4年生の終業式が終わり春休みのある日、私はいつものように合唱部の練習に行くために学校に行っていた。あれ?美乃里ちゃんがいない体調悪いのかな?

練習後に私は河端先生もとに駆け寄った。

すみません、今日美乃里ちゃんが練習に来なかった理由って何か知っていますか?私たち1年生の時から仲のいい友達でお互いに何でも話し合える中なのに今日練習休むことを知らなくて……。

谷川なら心配することない。今日は体調不良で休むって連絡があったから勅使河原、申し訳ないけれど家を知っているなら様子見て来てくれないか?

私もこの後美乃里ちゃんの家に行こうとしていました。明日来られるか聞いてきます。

学校を出て私は美乃里ちゃんの家に向かった。

「ピーンポーン、美乃里ちゃんいますか?」

美乃里ちゃんのお母さんが出ると家に上がるように言われ、私はお邪魔することになった。

リビングに座って出されたプリンとリンゴジュースをもらっていると奥の部屋から美乃里ちゃんがやって来た。

綾咲ちゃん、今日は突然部活休むことになってゴメンね。河端先生には体調不良って言ったけれどそれはウソなの。

私はウソ?とりあえず美乃里ちゃんが元気そうならなりよりだよ。明日は部活来れそう?河端先生も心配していたよ。

綾咲ちゃんだけには言っておくね。私、パパの仕事の都合で京都に転校することになっちゃって……。パパにどうにか言ったけれどやっぱダメだって。もう綾咲ちゃんに会えなくなっちゃうと思うと悲しくて涙が止まらなくて……。ウソついちゃってゴメンね。

美乃里ちゃんが私のことをそれだけ思っていてくれて嬉しいよ。部活に行けなくなるほどずっと一緒にいて欲しいってホントにありがとう。でも私は泣かないよ。

え?どうして?綾咲ちゃんは私と会えなくなっても悲しくないの?私は昨日一睡も出来なかったよ。

私は美乃里ちゃんのことを1番の友達だと思うし、誰よりも知っていると思っているからこそ泣かないよ。だってここで泣いたら余計に寂しくなるから。京都にいることが分かればいつでも会いに行けるよ。また新しい家に引越ししたらまた手紙送ってね。これでお別れなんて言わせないよ。

美乃里は私に抱きついて大粒の涙を流した。離れていても友達でいてね。

もちろんだよ。こちらこそ仲良くしてください。引越しする日分かったらまた教えてね。杜端での最後を見届けるからさ。電話番号教えておくね。

綾咲ちゃんありがとう、引越しする前日に電話させてもらうね。私も杜端の思い出は綾咲ちゃんだからね。小学1年生の時から仲良くなって気がつけば隣にいるのが当たり前になったからさ。

じゃあ明日も部活あるからもう帰るね。明日、河端先生には風邪が長引いているって伝えておくね。河端先生や合唱部の人たちには私からは何も言わない。言うかいわないかは美乃里ちゃんに任せるよ。

翌日、私はいの一番に部活に行って河端先生に昨日お見舞いに行ったら風邪が長引いているので明日も難しいと言っていました。

その日の練習が終わって家に帰った。午後7時、知らない番号から電話がかかってきて美乃里ちゃんかと思い電話に出た。

もしもし勅使河原さんのお宅ですか?谷川ですが綾咲ちゃんいらっしゃいますか?

美乃里ちゃん、私だよ。明日引越しって何時?

明日の午後3時だけど部活とかぶってない?

うん、明日は休みだから大丈夫だよ。

部活後、お昼を食べて美乃里ちゃんの家に向かった。

家には既にトラックに荷物を積み込みをしていてその様子をただ立って待っていた。泣かないようにしていると目が潤んできた。

ちょっと私は泣かないよって言っていたの誰?

美乃里が家から出てきて綾咲ちゃん来てくれてありがとう。私も泣かずに我慢しているのにそんな悲しい目をしないでよ。お手紙書いてきたから後で読んで。返信は別にしなくてもいいよ。

ねぇ、美乃里ちゃん今読んでもいいかな?

恥ずかしいけれどいいよ。

「綾咲ちゃんへ

私たちが出会ったのは小学校1年生で入学してまだ間もない時でしたね。2人とも恥ずかしがり屋で人見知りだったけれど女の子の友達が欲しいという思いから意気投合したね。2人の家に行き来したりオリジナルの服を着て写真を撮ったのは今でも覚えています。まだ小学生で携帯もないですが文通を通してお互いの進捗しんちょく状況などを報告出来たらなと思います。これからも1番の友達でいてね

谷川美乃里より」

その文章を読むと涙を堪えていた。

最後美乃里ちゃんは車に乗り込み発進していく姿を見て私は人目をはばからず泣きながら家に帰って行った。


無気力

私は5年生になり寂しい春を迎えた。いつもなら隣に美乃里ちゃんがいるのが当たり前だったのにいなくなって友達がいつも傍にいるのが当たり前じゃないことに気がついた。これまで気を許せる友達といえば美乃里ちゃんしかいなくまた1から友達を作ろうという気にはなれなかった。

合唱部を見渡しても同級生は私と美乃里ちゃんの2人しかいない。今年は新入部員も入ってくるしちゃんとお姉さんとして出来るのかと心配事が沢山ある。

数日間これから友達が出来るのか、後輩にお姉さんとしてちゃんと指導が出来るのかとその事ばかり考えていた。

偶然なのかたまたまなのか美乃里ちゃんから手紙が届いた。

「綾咲ちゃんへ

私は京都の学校に行って綾咲ちゃんがいないことに寂しさを感じていますが周りの子が優しく声をかけてくれて少しずつ馴染み友達も出来たよ。きっと綾咲ちゃんちゃんは私がいなくて寂しいと思われますが合唱部に入部したので地区大会でまた会えるといいね。お互いに合唱部で頑張ろう 美乃里より」

この手紙を見て私は吹っ切れた。来る者拒まずの気持ちで誰かが来てくれて友達になれたらいいや。それよりも美乃里ちゃんが京都でも合唱部やっていることに嬉しかった。

私は部活に力を入れようと心に誓った。

たがこれが周りに迷惑をかけることになるとはこの時は思いもしなかった。

部活に力にいれる一方で勉強が疎かになっていた。

始めは美乃里ちゃんとどの部活にしようか、半ば消去法で選択した感じだったが今ては合唱部がなくてはならないものとなっていた。

5年生になって授業を聞いていても全く分からない。特に算数で整数や分数、図形の問題が多くなり何を言っているのか全然分からない。テストを受けても4年生の時には80点を超えることも多かったが算数は80点を超えることはなくなった。そればかりか他の科目でも軒並み点数を落とした。

家に帰ってママにテストを見せると特に怒ることはなく次は頑張ろうね。勉強が出来なくても怒らないけれど人に迷惑をかけたり礼儀が出来ていなかったら怒るからねという考えだった。

私は部活後、河端先生に授業で分からないところがあるので教えて欲しいとお願いすることが増えた。

河端先生は優しく丁寧に教えてくれて私が分かるまで根気よく教えてくれた。

だがテストの点数は伸び悩み、算数だけでなくて勉強そのものに苦手意識を持つようになった。せっかく河端先生に教えてもらったのにこんな点数じゃあ恥ずかしくて言えない。先生からも特に聞かれることもなかった。

次第に勉強が分からなくて聞くというよりも河端先生と喋りたいからその手段として勉強を教えてもらおうという発想に変わりつつあった。もしかして私、河端先生のこと好きなのかな?仮に私が好きでも河端先生が私のことを好きなんてありえない。変なことは考えないようにしていた。

ある日私は部活後に授業が分からない所を河端先生に教わりに行っていた。算数だけのみならず国語、理科、社会と科目が増えていった。

私は教わる立場であるのにぐぅ〜とお腹が鳴った。

時計を見ると午後6時を周っていて河端先生は私に声をかけた。

勅使河原、お腹空いた?山のふもとに行けば新しく出来たファストフードのお店があるから一緒に行こうか。もちろん先生がお金出すよ。

私は美乃里ちゃんという友達を失った今、心を許せる人は河端先生しかいなく小腹が空いていたのも確かだったので一緒にファストフードに行くことを了承した。

河端先生の車に乗り込み30分、目的地でもあるファストフード店に付いて入った。

私はチーズバーガーセット、河端先生はチキンバーガーセットをそれぞれ注文をしてご馳走になることになった。合唱部の顧問としてだけでなく1人の先生として優しくしてくれているのにハンバーガーまでご馳走になっていいものなのか。あのことを河端先生に言うか悩んでいたが打ち明けることを決めた。

私、河端先生のことが好きです。お付き合いしてくださいと頭を下げた。

勅使河原、ホントに言っているのか?それが男女の関係だとしたら俺の方から断る。

私は1人の女として見てもらえてないってことですか?理由を教えてもらえますか?

理由?それは教師と児童という関係だからかな。たしかに勅使河原はかわいい児童だが1人の児童を贔屓ひいきすることや一線を越えてはいけないからその気持ちに今は応えることは出来ない。18歳になって高校を無事に卒業してそれでも気持ちが変わらなかったらその時はまた考える。

男の人は18歳で結婚ですが女の人は16歳で結婚出来ます。もう1度考え直してください。

中学卒業して結婚するつもりか?勅使河原は勉強が苦手で苦労しているのは分かる。だからといって中学卒業してすぐ結婚というのは早すぎる。今は高校卒業していないと仕事にも就くことが難しいしまだ小学生ならどうにでもなる。小学生で人生を捨てるようなことはしたらダメだ。

私は先生に言われて勉強が苦手でも頑張ろうかなと改めて思い、河端先生は家まで送ってくれた。

翌日、授業後に部活に行くと部長から今日は部活がないことを知らされた。私は理由を聞くと河端先生が今日は用事があるから急遽休みにするって言われたからさ。

私はもしかして自分のせいで河端先生に迷惑をかけてしまったのではないかと感じていた。河端先生に何もありませんようにと祈る気持ちでいっぱいだった。

家に帰るとその祈りは砕け散った。ママは綾咲、話があるからちょっといい?

夕刊の新聞には「杜端小学校河端教諭が児童に個人的関係を持っていたとして警察署で取調べ」

この河端先生って合唱部顧問の先生だよね?この前帰ってくることがあったけどそれと関係ある?

私は泣きながら話すことにした。実は前から授業で分からないところを部活後に河端先生に聞いていたの。それで教えてもらっている時にお腹が鳴るとじゃあ山のふもとにあるファストフードに連れて行ってくれてご馳走になって。河端先生は私に気を利かしてくれてご馳走してくれたのにどうしてこんなことになるの?処分を受けるなら私じゃないの?

ママは私にどんな理由であれ先生が児童と関係を持ったらいけないの。それが仮に綾咲から先生がお願いしたとしてもそれを了承して先生が児童といたという事実がホントなら処分を受けるのは児童の綾咲じゃなくて河端先生なの。

なんでそうなるの?おかしくない?

それが先生の責任だよ。もっというならば大人と子供ならば責任を取るのは大人の方だよ。もし綾咲が何か悪いことをしたら責任を取るのは子供の綾咲じゃなくて大人であるパパやママだよ。

今回は私のせいで河端先生二やパパやママに迷惑をかけてしまって申し訳ございません。それで河端先生はどうちゃうの?

警察がどうするか分からないけれど多分先生を続けられないと思う。綾咲が許しても他の親御さんが許さないかも知れないからこれからのことは任すしかないね。

そして河端先生は送検されて裁判を受けることになった。


裁判

私と河端先生が部活後にファストフード店で会っていて家まで送り届けたということが杜端小学校の保護者がみていたこともあり、翌日のテレビや新聞で大きく報道されて河端先生は送検されて裁判が行われることになった。いつしか私は被害者、河端先生は加害者という扱いに分かれることになった。

私は弁護士の人に全てのことを伝えた上で河端先生を重い処分にしないで欲しいことを伝えた。私には気の許せる友達が引越しでいなくなって今私に学校で気を許せる人は河端先生しかいません。授業で分からないところを部活後に聞いたのは私です。ファストフードに行こうと言われてついて行ったのは私です。どうか軽い処分にして欲しいと必死に訴えた。

そして裁判が行われて河端先生は初犯ということもあり情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)により懲役3年、執行猶予しっこうゆうよ2年となりこの期間教員免許の更新することは出来ないという判決を受けた。

私は裁判のことは分からずこれが軽い処分になったのか、それとも重い処分になったのか何も分からなかったが河端先生が一定の期間が過ぎればまた先生に戻れることだけは分かった。

こんなことになるくらいならあの時お腹が鳴ってせっかく河端先生がファストフードに行く誘いを断っていればこんなことにはならなかったのかと思うと言葉が出ずにいた。


喪失感

河端先生に裁判を下ったあとに私は自分がしてしまった失態のせいで何もかも失ったような感じでいた。それまで好きだった歌も河端先生のいない合唱部に行く必要があるのかと思い、次第に合唱部にも行かなくなった。

私は保健室の先生に相談があると話した。

河端先生は何も悪くありません。私が授業で分からないところを部活後に聞きに行って教えてもらってもいるのにも関わらずお腹が鳴って河端先生がファストフードに誘ってくれて私が同意したせいでこんなことになりました。もしあの時私がファストフードに断ってそのまま家に帰っていたら河端先生はこの学校に居続けることが出来ましたか?

保健室の先生はたしかに勅使河原さんの言う通り断っていればこの事件は起きなかったかもね。でも河端先生はこうなることを分かっていても勅使河原さんをファストフードに連れて行ったと思うよ。

そう言える理由は何かありますか?

河端先生が合唱部の顧問で勅使河原さんがその児童ということかな。仮に一緒にファストフード店に行かずお金だけを渡していたら状況が変わっていたかもしれないね。でも1つ気になることがあって。

気になることですか?

どうして勅使河原さんは情状酌量じょうじょうしゃくりょうを求めたの?

私にとって河端先生は児童と先生という関係を超えて心を許せる人でその人が私のせいでこんなことになったのだから少しでも軽い処分にして欲しいとお願いしました。こんな理由ではダメですか?

いいやそんな事ないと思うよ。むしろ河端先生は勅使河原さんに感謝していると思うよ。本来ならば河端先生は教員免許免許を剥奪、簡単にいえばもう先生として働くことが出来なかったけれど勅使河原さんが必死に訴えたから処分が軽くなって教員免許を剥奪されずに済んだからね。先生に戻るかどうかは河端先生次第だけど。

今の私は河端先生を失って授業や部活に出られる状態ではないので保健室登校してもよろしいですか?

保健室の先生は今の状態だと何事にも無気力状態だと思うからいいよ。でも授業を受けない代わりに保健室で勉強するように。

私は保健室の先生に保健室登校したいとお願いすると家族の了承を得ないとダメと言われたが今の精神状態ではとても自分からパパとママに伝えられる状態ではないと伝えると保健室の先生が家に電話して代わりに事情を説明して了承してくれた。

こういう経緯いきさつで保健室登校することになった。


後ろめたい思い

翌日から私は学校には行くが教室には行かずそのまま保健室に向かう生活が始まった。同じ時間他のクラスメイトは普通に授業を受けているのにも関わらず1人だけ保健室にいてもいいのだろうか。

保健室登校を始めて1週間、学校には来るのに授業を受けずに給食は食べてと罪悪感に駆られていた。

保健室の先生との約束で勉強はしているが全然分かりない。聞こうにも保健室はケガをした人の手当てやそれ以外の仕事で忙しそうでとてもじゃないが聞けるような雰囲気ではなかった。

こんな時河端先生がいてくれたらなと思っていたが自分がまいた種だから仕方がないとはいえ事実上信頼出来る人はパパとママを除くと保健室の先生しかいない。

そして美乃里ちゃん以外に友達と呼べる人がいなかったこと。教室でも部活でもずっと美乃里ちゃんといた事でいるのが当たり前で転校するなんてことは考えていなかった。

「ガラガラ、失礼します」

私は誰かケガしたか体調不良で来たのかなと思っていた。

部長の福満莉沙ふくみつりさは私に声をかけてきた。

綾咲元気している?最近部活に来ないから心配してたよ。みんな早く綾咲に帰ってきて欲しいって言っているよ。もし何か悩みとか相談あれば私でも部活の部員になんでも言ってね。私たち仲間でしょ?

私は莉沙にあの事件のことと何故保健室にいるかなどを全て話すことにした。河端先生に迷惑をかけただけでなくて合唱部の部員からも顧問の河端先生を奪ってしまった気がして莉沙の目を見て話すことが出来なかった。

ねぇ、綾咲どうして私の顔を見て話してくれないの?私たちから河端先生を奪ってしまったからと思っているならそんな負い目を感じないで。みんな自分たちのことで精一杯で綾咲のことを見てあげられなかった。1番の友達でもある美乃里ちゃんがいなくなった時に私が綾咲をサポートしてあげるべきだったのにゴメンね。

莉沙さんが謝ることじゃないですよ。ずっと部活に顔を出していないのに私のことをまだ仲間だと言ってくれることが再認識出来ただけでも嬉しいです。すみません、1つお願いしてもいいですか?

もちろんだよ。綾咲、どうしたの?

莉沙さんギュッと抱きしめてもらえますか?

私は莉沙さんに抱きしめてもらい頭を撫でてもらった。その様子を見ていた保健室の先生は勅使河原さんは決して1人じゃないよ。合唱部に行ってきな。

綾咲、部活に行くよと莉沙さんに促されるように音楽室に向かった。こんな私を果たして受け入れてくれるのだろうか、もう何週間も行っていなくて不安で仕方がなかった。

しかし、私の心配は杞憂きゆうで終わった。音楽室に行くと部員は綾咲お帰り、体調大丈夫?久しく顔を見てなくて心配してたよ。何かあったら遠慮なく私たちに言ってね。

この時、仲間はいないと思っていたが実は自分が仲間を避けていることに気がついた。新たに新入部員が入っていたこともあり、改めて挨拶をした。

5年1組の勅使河原綾咲と言います。知っている人もいるかも知れませんが前に杜端小学校の河端先生とファストフード店で会っていていて家まで送ってもらったのは私です。ホントにすみませんでした。

顧問の先生がすぐに見つからず副顧問の宮本先生が顧問の役割を務めることになっていた。

私は再び部活に力を入れて勉強の分からないところは部長の莉沙さんや宮本先生に聞いてサポートしてもらった。保健室登校をしていたが少しずつ教室で授業を受けようかなと考えるようになった。

気持ちを切り替えようと合唱部に行くようになったが親友の美乃里ちゃん、相談相手としてお腹を空かせた私にわざわざファストフードをご馳走してくれて家まで送ったのにも関わらずそのせいでいなくなってしまった河端先生には申し訳ない気持ちでいて新たな居場所として合唱部があると感じた。

だが別れの歌を練習をしている時、2人のことを思い出して思わず音楽室を飛び出してしまった。

莉沙さんは私を追いかけて来てくれて手を握った。莉沙さん合唱部の練習を止めてまで私のこと追いかける必要ありません。ほかって置いてください。

莉沙さんは私を抱きしめてほかっておく訳ないでしょ?綾咲ちゃんも大事な合唱部のメンバーだよ。今すぐに切り替えてなんてムリなことは言わない。今、綾咲ちゃんが2人に出来ることはなんだと思う?

それは……ちょっと分かりません。

私がもし綾咲ちゃんの立場だったらつらいけれど前を向いて好きな合唱に向き合うけどな。

今回みたいなことがあったら莉沙さんにまた迷惑をかけてしまいます。

そうなったら私がまた綾咲を抱きしめてあげる。綾咲ちゃんは今人間不信になりつつあってすぐに私たちのことを信用して欲しいなんて言わない、歌いたくない曲があればムリに歌えなんて言わないから一緒に歌おう。ずっと下を向いて俯(うつむ)いていたら美乃里ちゃんも河端先生も心配になるよ。合唱をやっていればきっとどこかで見てくれているしまた会えるよ。その時に私は元気に合唱してますって言えたらきっと嬉しいと思うよ。

私は莉沙さんの言葉を聞いて音楽室に戻って再び歌を歌い始めた。


普段の授業

いきなり6時間目まで授業受けることにまだ抵抗があり、まずは午前中は保健室登校して給食を食べて午後の2時間だけ教室の授業を受けることにした。

クラスメイトはとても協力的でなんでも言ってね。いきなり6時間目までいるの大変だったら少しずつ慣らしていくと。勉強でも分からないところあったら 遠慮なく聞いてね。相談でも愚痴でもなんでも聞くからちょっとずつでもいいから心を開いていってほしいと言ってくれた。それは1人、2人ではなくてクラスメイト殆(ほとん)どがその様な意見でとても有難いなと思っていた。

保健室登校から普通に授業を受けられるようになって保健室の先生、クラスメイト、合唱部の部員が褒めてくれた。私は対して何か凄いことをしたわけでもないのに褒めてくれて嬉しかった。部活後、家に帰ってその事を伝えると綾咲は1人じゃないよ。困ったら助けてくれる人がいるって事だよ。その為には勉強や一芸に優れていることも大事だけどそれよりも挨拶や礼儀の方が大切だよ。だから挨拶と礼儀だけは必ずやること。

この日から勉強よりも人間性を磨くことにした。


部活に没頭

私は再び学校に行って授業を受けて部活に行って帰るという周りの人たちと同じ時間、同じように動くことにした。

勉強が分からなくてもクラスメイトや合唱部の部員に聞いたりしているがしばらく保健室登校していたこともあり、授業の内容が頭に入ってこない。その一方で合唱部では徐々に勘を取り戻して歌うことに比重を置いてしまいテストでの点数は散々なものだった。保健室登校する前と何も変わっていないなと思っていると明らかに保健室登校する前と今では違うことがある。それは何かあった時に相談や愚痴を聞いてくれる仲間がいることだ。

5年生になる前に1番の友達でもある美乃里ちゃんを失い、自分のせいで河端先生を失ったこともあったからこそまた仲間を失うことを恐れていた。

莉沙にそのことを伝えるともし合唱部の部員が家族の引越しでついて行かなきゃ行けなくなったとしても私たちには歌がある。歌をやっていればまた必ずどこかで会えると私は信じているよ。もしかしたら美乃里ちゃんもどこかで合唱部で歌をしているかもよ。

私は前に美乃里ちゃんから手紙をもらって京都で合唱部に入っていると書かれていて大会で会えるといいねと記されていました。

美乃里ちゃんも元気そうならなりよりだよ。いつまでもうつむいていたら美乃里ちゃんも河端先生も心配するよ。秋に行われる全国小学生合唱コンクールで全国の人々に私たちの歌を届けよう。

そしてコンクールに向けて練習が始まった。

実際にコンクールで歌う課題曲を指揮宮本先生、演奏部長の福満莉沙を中心に練習を行って夏休み直前に滋賀県予選が行われた。

杜端小学校合唱部は金賞を取って夏休みに行われる地区大会に進出することが出来た。私は部長の莉沙さんに私を合唱部により戻してくれてありがとうございました。

莉沙は綾咲ちゃん、泣くのはまだ早いよ。まだこの先地区大会、全国大会と続いていくから泣くのは全国大会で金賞取った時にみんなで一緒に泣こうね。

この数ヶ月で色々なことがあって美乃里ちゃんに手紙を書こうにも中々書けずにいたが自分の進捗しんちょく状況を書こうとペンをとる事にした。

「美乃里ちゃんへ

私は美乃里ちゃんが転校した後、河端先生に勉強を教えてもらっていて帰りにファストフード店に行って家まで送り届けたことが問題になり、河端先生は先生として続けられなくなりました。これは私にとって大きな痛手で教室にも部活にも行けず保健室登校することになりました。今では普通にみんなと授業を受けて合唱部に戻ってくることが出来、この前行われた全国小学生合唱コンクールにおいて滋賀県代表として出場することが決まりました。地区大会で美乃里ちゃんに会いたいな」

夏休みに入って地区大会が行われる京都に私たちは向かった。近畿の強豪校がずらりと名を連ねている中、私はこの中で2位までに入らなければ全国大会に出場出来ないのかと思っていた。

そんな時に綾咲ちゃんと手を振っている女の子がいてこちらに向かって歩いてきた。

久しぶり、美乃里だけど覚えている?

うん、覚えているよ。こうやってまた美乃里ちゃんに会えることが出来てよかった。莉沙さんから合唱部に戻ってくるように言ってもらえたおかけだよ。

綾咲ちゃん、まだ泣くには早いよ。仮にも今日戦うライバルだよ。綾咲ちゃん、お互いに2位までに入って全国大会に出場しようね。

そして地区大会が行われて美乃里ちゃんの所属する京都府立南小学校は2位で全国大会出場を決めて私たち滋賀県立杜端小学校は3位で全国大会出場を逃して全員で泣いた。

悔しい思いをして莉沙さんから話があると呼び出された。部長を綾咲にお願いしたいと思っているけれどどうかな?

どうして私ですか?他にも適任の人はいます。

それは綾咲が誰よりも優しくて周りを見ていて歌が好きだからだよ。合唱部を宜しくね。6年生が卒業してから新たに決めるってなると大変だから今日で私は部長を降りるよ。だから明日から綾咲が部長としてみんなの手本となるように背中を見せてね。もちろん最初は上手くいかないことがあると思うから私が綾咲をサポートするからさ。

その話を聞いて私は来年こそは全国大会出場に向けて部長を引き受けることにした。

翌日から私は6年生がまだいる中で部長として再スタートを切った。4年生と5年生には来年こそは全国大会出場をすると掲げ、まず私は6年生は下級生に付いて見てもらいどこがよくてどこが悪いかなどを言うよりにした。それは部長でもある私も例外ではない。

私は莉沙さんに部長としての心得や発声練習、どうすれば遠く声が響くかと色々と聞いていた。そういった練習を半年間続けて6年生は卒業していかれた。

県大会を勝ち上がり前回敗れた地区大会が行われて今年こそは全国大会出場という思いで行われて2年連続の3位で今年も再び全国大会出場とはならなかった。

莉沙さんがしてくれたように私も5年生の子を部長に交代して下級生のサポートにあたった。

そして私は晴れ着を来て卒業式に出て杜端中学校でもまた合唱部に入ろうと心に誓った。

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