厚揚げ
初めての客、迷宮主を名乗るキモノ姿の三角耳幼女(盛りすぎじゃね?)グーラにカツ丼を出すと、実にうまそうに食ってくれた。
さて、カツ丼の後で出す、酒が進む揚げ物だが。
まず豆腐を布で巻いて重たい皿を乗せ、水を切る。その間に小皿を作ろう。
「迷宮主について語るには、まず迷宮について語らねばなるまいて。この街と迷宮の関係は知っておるかの?」
俺もまったくの無知じゃあない。
アントレは元々、北部の小さな村に過ぎなかった。それが12年前、迷宮が発見されたことで、今やアントレのみならず北部領は迷宮で成り立っているとさえ言われる。
「冒険者が迷宮に入って素材や財宝を持ち帰る、その冒険者相手の商売が増える、便利になって余計に冒険者が集まる、って好循環だろ?」
そばの乾麺を180℃の油で一本ずつ揚げる。油を切りながら、熱いうちに塩を振っていく。
その傍らで塩、おろしにんにく、ごま油、醤油を混ぜたタレに、ちぎったキャベツ、塩昆布、ゴマを加え和える。『特製やみつきキャベツ』だ。
カルヴァドスの香りを楽しみながらグーラは言う。
「人の子から見ればそうであろうな。では何故迷宮には財宝があり、貴重な素材を持つ魔物が湧くと考えるかの?」
皿の上に紙を敷いて『揚げそば』を盛りつけ、『やみつきキャベツ』、それに作り置きの『れんこんのきんぴら』を一緒に出す。
「む、これはなかなか……どれも酒が進む肴だのう!」
そろそろ豆腐の水が切れた頃だ。
豆腐を1/4にカットし、160℃でじっくり揚げる。裏返しながら10分が目安だ。
その間に作り置きの『イカと里芋の煮物』に、湯がいて冷水に落とした絹さやを添えてお出しする。
「迷宮に財宝と魔物がある理由って……迷宮が人知の及ばぬ『異界』だからじゃねぇの?」
「たしかに現世の法則が及ばぬ異界ではある。だが結局はの、人を迷宮へ引き寄せるため、それだけよ……お、これはなかなか」
「人を引き寄せてなんのメリットが……やっぱり食うのか?」
「たわけが。迷宮の外でもあるまいに、そんなもの食わぬわ」
魔物ってのはどれも食べるために襲い掛かってくるのだと思っていたが、違うのか。
「大地深くに走る地脈、そこに流れる《霊湯》は土を肥えさせ、水を浄化し、いずれ魔力へと変ずる。迷宮にはその魔力が大量に必要での」
グーラは揚げそばをポリポリ齧ってからカルヴァドスをくぴっとやり、続けた。
やみつきキャベツが減ってきたから追加分を作ろう。
「地脈というものは人の流れが多いところに集まる性質を持っておる。街が増えれば、人の営みに惹かれて曲がったり枝分かれしよるの。
それゆえ迷宮に人の流れを作ることは即ち、迷宮の繁栄につながるものぞ」
「つまり迷宮はお客さんが来ないと大変ってことだよ、エミール君。飲食店みたいだねっ?」
「カカッ、この店と違って、われの迷宮は閑古鳥知らず! 勝ち組ぞっ!」
鶏肉をミンチにしてごま油をひいたフライパンで炒め火を通す。
楽しそうに飲んでんなぁ。迷宮の客、分けてくんないかなぁ。
俺はやみつきキャベツの追加を出して言った。
「営業中に酔っぱらってる店長は後で正座な」
「!?」
「ぬしら、どっちが主かの? しかしこの揚げそばとキャベツは止まらぬのぅ……朝まで続いてしまうところであった。れんこんのきんぴらは箸休めになってよい」
***
「迷宮ってのが客が来ないとつぶれちまうのはわかったけどよ、そもそも迷宮はなんのために存続したいんだ?」
人類からすれば都合のいい存在だから、今まで考えたこともなかったけど。誰に頼まれるでもなく存在して、人を栄えさせてしまう迷宮って何なんだ?
「迷宮はの、迷宮の本能に従っておるのみよ。あれとて生き物――魔法生物であるからして」
「迷宮って生き物なのか?」
向かいの迷宮の地下一層は『石造りの迷宮』だと聞いた。生き物要素どこにもないんだけど……店長は知ってた? あ、酔っぱらってふわふわしてんのね。
さて、いい色に揚がった豆腐の油を切りつつ。
鶏肉ミンチを炒めたフライパンにかつおだし、みりん、醤油、おろししょうがを加え再度火にかける。煮立ってきたら片栗粉でとろみをつけ、皿に盛った厚揚げの上からかける。ねぎを散らして完成だ。
「うむ。多くは意思も感情もなく、生物としては原始的であるがの。して迷宮の本能というのは――ぬしよ、それは何かの?」
俺は盛りつけた皿をカウンターに出した。
「『厚揚げの鶏そぼろあんかけ』だ。熱いから気を付けろよ!」
「んはー……店長にはないの……?」
お、食べ物のにおいでメルセデスが復活した。
食いしん坊め。
「金払えよ」
「ぬしらどっちが……まぁいただこうかの」
~ グーラのめしログ 『厚揚げの鶏そぼろあんかけ』 ~
今度の揚げ物は衣が付いておらぬ。故にせっかくかかったタレも染みておらぬ。はて、どう食ったものか。だがこの細かく刻んだ肉の浮いたタレは香り高く、うまそうだ。
食べ方などはまぁよい、と齧りつく。
カリッと弾け香ばしい。なんと、調理前は頼りないほどにぷるぷるしていた豆腐とは、こんなにも歯ごたえのよいものであったか!?
そして如何なることか、タレがたっぷり絡んでおる……そうか、染み込む衣が無い分、タレにとろみをつけておったのか! 『あん』といったかの?
しかして中身は……トロットロではないかぁっ! しかもアツアツ……あつっ熱っ、これは洒落にならぬほど熱いのっ。われともあろう者がはふはふしてしもうた。油断ならぬ!
して、これはなんと濃厚なトロトロか。豆腐とは豆から作るものと聞いておるが、甘い豆ではないはずだ。しかしこれは甘味を感じる……それほどまでに豆の味が濃いのであろう。食いごたえはあるのに、実に優しい味だのぅ。
豆を育て、豆腐を作り、水を抜いて油で揚げる。そこにどれほどの人の手がかかっておるのか。なんとも手間のかかる話であるが、豆を油で揚げてもこの味にはならぬであろう。これも人類の研鑽と言うべきかの。
最後に口に残るのは鶏肉のそぼろ。ショウガの効いた良い風味を持っておる。
優しい味の塊のような厚揚げの満足度を、これが押し上げておった。
この一皿もあっという間に空になってしまうであろうなぁ……。
~ ごちそうさまであった! ~
***
できたての厚揚げあんかけは身体が温まるメニューだ。カルヴァドスも手伝ってポカポカしたメルセデスが、うとうとし始めているのはともかく。
グーラが食べてる姿はなんだか……やたらと艶っぽい。
目を潤ませて遠くを見たり(やけどしたからだろうけど)、熱い吐息を漏らしたり(口の中が熱いんだろうけど)、唇をゆっくり舐めたり(齧りついたからだろうけど)。
キモノとかいう異国の服も相まって、実に色気が……いやでも幼女だし……いや、迷宮の話を聞く限り見た目通りの歳ではないはずだが……いいや、今は見た目のことを考えているわけで……フサフサの三角耳、触りたい――
「――おいしかったよ、エミール君」
「ハッ、俺は今何を……!?」
いつの間にか復活してニコニコしているメルセデスから、空いた皿を受け取った。
初めての客で疲れたのか、一瞬変なこと考えていた気がする。汗だくだ。
グーラはイカと里芋の煮物を肴にカルヴァドスをくぴっとやりつつ、
「これもよい肴よのぅ。して迷宮の本能とは『進化する』ことでの。これはすべての迷宮に共通する」
「進化って……なんだ?」
アリが進化してサルになったとかいう……あれ、サルが人になったんだっけ?
「大仰なことでなくとも、例えばのぅ、人の子は競い事が好きであろう? やれ最短記録だ、史上最高値だと。ああして記録が更新されるのも進化の一つだの。
アリの巣がだんだんと複雑に入り組んでいくのも進化であろう。料理も年月を重ねて研鑽され進化して、多くのうまい料理が生み出されたのではないかの?」
「……ああ、なるほど」
料理を研究してよりうまいルセットを作る、腕を上げる。これも進化なのか。
「迷宮は進化したいという本能を迷宮主に預ける。迷宮主はどう進化すべきか考え、実現するための手を打つ。そのために迷宮の全権を預かっておるわけだの」
「グーラは迷宮の……魔物なのか?」
ここまでの話からすると、とうてい人間の、まして子どもとは思えない。
だからさっき『艶っぽい!』とか思ったのはセーフ! セーフったらセーフだ!
グーラは淹れ直したお茶をすすりながら答えた。
「確かに迷宮主には魔物もおるがの。われは古くにこの地へ祀られ、いつしか人に忘れられた土地神よ。元より地脈とつながっておったからの、迷宮が産まれたかと思えば、われが主になっておったわ」
神様だった! セーフ!
いや、神様かよ。最初のお客様だぜ? 縁起いいじゃねぇか。
気をよくした俺は忘れていたメルセデスのお茶を淹れた。
「グーラちゃん、迷宮主は迷宮から出られないはずなんだけどなぁ?」
そういえばメルセデスが俺以外と会話してるのは、今日まで見たことがなかったな。
最初からグーラのことは知ってる風だったし、迷宮のことを聞いてもなんとも言わない。すでに知っていることを聞き流しているようだった。
いつもはふわっとしたことしか言わないしアホだけど、今日はちょっとだけ、ちゃんとしているというか……よそよそしい?
グーラは特に気にした風でもなく、足としっぽをプラプラさせながら答えた。
「実は最近、迷宮の範囲を拡張しての、迷宮入口からここらまでは地上も迷宮の一部になっておる」
え?
「えーっ、なんでー!?」
「ぬしでも気付かなんだか。われもたまにはお外に出たいから拡張してみれば、範囲内に飯屋があったではないか。うまいものが食えるかなーと来てみれば、ぬしの店だった、というわけよ。
まぁこのことは街の者に言わぬ方が良いぞ?」
「……店長、大丈夫なのかよ?」
言うなって言われたけど、衛兵とかに届けなくていいの?
届けてどうなるもんでもないだろうけど、ある日突然捕縛されるとかゴメンだぜ。
「んー……まぁいっかぁ。別に害はないもんねー」
「無害どころかここにも魔力が満ちて、いいことずくめだの。魔道具は補給なしで使い放題、病気になりにくく老化も遅くなる。
こちらも迷宮に入らない人の流れまでとらえて霊湯の湧きがよい。win-winだのぉ」
今win-winより聞き捨てならない言葉があったな。老化が遅くなる……やはり!
「ん? なんだその目は……われの愛らしい姿は仮初のものゆえ、迷宮の魔力とは関係ないぞ?」
***
営業を終了し、眠い目をこすりながら洗い物と片付けを済ませる。
グーラは『今度は眷属も連れてくるでの!』と言い残し、小金貨1枚置いて帰っていった。
いろいろありすぎて長い時間過ごしたように疲れた。その割に話はよくわからなかったけれど。
迷宮のことがぼんやりわかっただけだなぁ。
「メルセデスはさ、もしかして迷宮に入ったことあるのか?」
ほんとは今後のこと、店が迷宮の一部になったこととか、迷宮主で神様が来たこととかについて聞きたかったが、口をついて出たのはこれだった。眠いし。
返事が無いのでふと見ると、メルセデスはカウンターに伏せて眠っていた。
グーラに付き合って随分と飲んだようだ。
「……お客さん来てくれて、よかったね」
二階の私室まで担いでベッドに放り込むと、寝言なのかそう呟いた。
いやさ。あんたの店、迷宮になったんだぜ……。
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