第5話私たちの世界は量子で満ち溢れている
「…このように私たちの世界は量子で満ち溢れているのです」
学業を半ば強制的に中断させられた信也にとって、この世の最小単位はエネルギーでも物質でもなく量子であるという原理や、量子は曖昧な存在で観測すればするほどわけがわからなくなると言った話は、どうでもよかった。観測精度をあげること、すなわち干渉する行為が対象の事実を汚染するのであれば、遠巻きに見守るしかない。しかし、情報の確度は距離の二乗に反比例する。
つまり、香奈にどうやっても接近できないという残酷な現実だ。もとより身分が違い過ぎた。かたや虚像の世界に軸足を置く女子アイドル。自分は地に足をつけた生活すらおぼつかない呑兵衛。
それならば、互いに一定の距離を置く方が幸福ではないのか。今の信也には優実と言う”事実上の”交際相手がいる。
壇上ではカプリコーンの香奈がMCを務めていた。ドルオタ向けの量子天文学講座が歌や軽いジョークを交えてノリノリで進行していく。
「強い人間原理と弱い人間原理? はー何が何だか。さっぱりついていけねえ」
信也はあくびをかみ殺していた。そんな彼などお構いなしに優実は熱いまなざしを香奈に送っている。
この野郎。俺よりアイドルに首ったけかよ。女が女に恋をすることなどありえないと信也は高を括っていた。男性同士ならばヤバい関係に発展する事もなくはない。
実際、飯場で鼻息の荒い巨漢に取り囲まれた事がある。その際には蹴りを繰り出して九死に一生を得た。
だからこそ、信也は女を拠り所として求めた。男は信用できない。断酒会であからさまな男女交際は禁じられている。それでも場所が場所だけに会場外で親睦は深まってしまうのが自然の理だ。
信也は優実に依存先を移しつつあった。
それなのに、当の本人は香奈に夢中だ。
このもやもやをどうすればいいのだ。
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