第36話 精霊たちが降りてくる
傷が癒えてきたボビィはブリウスにあらためて握手を求め、二人は熱く交わした。
ボビィは言う。
「俺さぁ、あの時『俺の友達に何するんですか』って君に言ってもらえて、実はスッゲー嬉しかったんだ」
「え?」
「ほら警官に歯向かったろ?」
「あ、あー! そんな。当たり前じゃん」
「俺忘れないよ。君を出逢うべき友とする。クリシアちゃんも、ジャックも」
ボビィが訪れて五日目の夕暮れ時、三人はウェインバーグ公園へ気晴らしに出た。
ボビィはベンチに座り広大な辺りを眺め、ブリウスはわぁっと鳩を追いかけ、クリシアはそれを見て笑った。
ボビィが語りかける。
「……なんだかジャック兄さん、大変なことに巻き込まれたね」
「うん。お兄ちゃんてなんだか昔からそうなの。自分から首突っ込むところもあるし、周りがいつも騒がしいわ」
クリシアはボビィの隣りに座って微笑み、丁寧に吐露した。
「でも、兄はいつだって私に優しいんです」
「そう、それは最初からよく伝わったよ。少し荒っぽい感じだけど、とても妹思いな人だなって」
「ボビィさんは? 兄弟とか」
「『ボビィ』でいいよ照れ臭い。……俺ひとりっ子。だからこう見えてもけっこう寂しがり屋」
鳩はあきらめてトンボを追うブリウスが遠くでコケた。
めげずにこちらを見て笑って手を振ってる。
「あはは。ブリウスったらはしゃぎ過ぎ」
立ち上がってボビィも大きく手を振った。
「彼も頼もしい。君を元気づけようとしてる。そう、とにかくクリシアちゃん、出会えてよかった。あのクリスティーンさんの娘さんに出会えて最高に嬉しい」
「ふふ、私もよ。素敵な出会い」
ブランコに止まったトンボを芝生にでんぐり返って猫のようにキャッチするブリウス。
やったやったと駆けてきて、ピースしてからまた捕まえたトンボを空へ逃がしてあげた。
ブリウスはクリシアの笑顔を確かめるとボビィをはさんでベンチに腰を下ろした。
「なーに話してたのクリシア」
「これは素敵な出会いだって」
「うんうん。俺君たちに元気もらった。ありがとう」と、ボビィは立ち上がり、ベンチ脇に置いていたギターを手にした。
「俺さぁ、俺の歌。小難しいとか気難しいとか理屈っぽいとか説教臭いとか言われるんだけど」爪弾きながら、「あ、あと辛気臭いとかも」
ペロリと舌を出すボビィ。
「そう、いつか連呼できるようなフレーズでみんなを沸かせたい気持ちもなくはないんだけど……今はこんなだ。ただ、どんだけ頑張っても俺はエルヴィスにはなれない」
ぷぷっとブリウスが笑う。
向き合うボビィはチューニングを合わせる。
「俺は俺の声を一人羨む。俺にしかできない、歌えない歌を歌う。また、それは俺だけの歌ではないことを願って歌う。え? 俺? ……俺は何者かって?」
一人問答にクリシアも笑う。いや、確かに佇む何人かが音につられて寄ってきた。
「俺はソング&ダンスマン」
なんだよそれってブリウスが突っ込み、ボビィはステップを踏んだ。
「はは。俺のことを知りたかったら俺の歌を聴いとくれ」
リズムはやがてレゲエ調に。
「よかったらサビ一緒に歌って、クリシアちゃん」
「え、ええ?」
「タイトルのフレーズのとこだけでも」
「……わかったわ」
導かれるように立ち上がるとブリウスも続く。
「俺にも歌わせてよ」と入ってクリシアとハイタッチ。
ボビィは笑顔で応え「精霊たちのご加護を」と告げ、歌い始めた。
〝精霊たちが降りてくる〟
昨日まで生まれた理由を探していた
何故ここに立っているのか考えてた
ジプシーの女が馬車の上から手を振った
派手に着飾った天使が美しく笑ってた
精霊たちが降りてくる
絶えない夜の静寂に
精霊たちが降りてくる
それは夜明け前の血の洗礼
王に仕える戦士は死を怖れない
身を捨て 心を殺して誓いを守る
時には立ち止まってみるがいい
正義は守られているか 尊厳とは何か
精霊たちが降りてくる
誘導弾の火花が夜を照らす
精霊たちが降りてくる
監視され幽閉され中傷され淘汰される
旅人のフランクはその昔絵描きだった
詐欺師のジムはその昔政治家だった
娼婦のジェニーはその昔世界を救った
イヴはその昔、アダムの一部だったという
精霊たちが降りてくる
皆、血眼になって居場所を探してる
精霊たちが降りてくる
聖夜に舞い散る希望を見つめて
頑なに一人でいることを願った
でも君に逢い、それは間違いだと気づいた
二つの心の方がうまくやっていける
愛しのサラ・サニー
また旅立つけどこのネックレスは外さない
精霊たちが降りてくる
愛とは高潔なる慈悲の精神
生まれ変わればいい 何も無いところから
精霊たちが降り立つ時……
……歌いながら身をくねらすボビィ。
ダンスは下手だったがギターの音色は美しかった。
かすれた声でも細やかに優しさを滲ませる。
ブリウスとクリシアはいつまでもこのままでいたいと思った。
ボビィは歌い続けて日が暮れるまで、この思い出を明日に繋げる糧にした。
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