第3話 クレモンズ・タワー
「あの岩の小島から南西に五キロ、水深三十メートルの海の底にブツは眠っている――」
晴れた空の下、西からの冷たい風が強く吹きつける白い円柱形の展望所には四人の男がいる。
海岸からの距離、経緯を確認したルカは次に双眼鏡をホウリンに渡した。
ルカはリッチーの方を向き、
「しかしこんな浅瀬にあったとはな。全く見当もつかなかったぜ」
「ああ……」
「デッド・ポエッツ・ソサエティ号は東エルドランド海のど真ん中に沈んだんだろ? どうしてこんな所に?」
ルカの問いにリッチーは頷き、さらに遠くの海原を見つめた。
「船は鯨に守られていたという」
「クジラ?」
ルカの横に立ったジミーが耳を傾ける。
「何の話だい?」
リッチーは微笑み、人差し指を立てた。
「お宝はいったいどこにあると思う?」
「どこって、海の底だろ?」
「そう。海底。鯨の腹の中」
「え?」三人がリッチーの方を向く。
「どういうことだ?」
眉をひそめる三人を前にリッチーの表情は引き締まる。
そして長く埋もれた神話の謎を解くかのように整然と語り始めた……。
やがて三人は頷き、それぞれに決行の時を思い浮かべた。
ホウリンは煙草に火を着け、
「鯨が飲み込んだのはピノキオではなく金銀財宝だったというわけだ」と言って反対側の街が一望できる方へ足を向けた。
ルカが「その話。ここまで来たからには信じるさ。……で、いつやるんだ?」と訊くと、
「準備が整い次第。
ジミーは一番若く、経験が浅い。
「ジミー。よろしく頼むぞ」
リッチーがその肩を揉む。
「あ、ああ。わかった。足手まといにならないよう気をつけるよ」
****
FREEDOM号の上。
時計を見ると午後一時だった。
「いっけねっ、行かなきゃ」
ジャックはそう言ってコートを羽織り、船から陸へ上がった。
「またね。ジャック兄ちゃん」
「うん。リッチーさんによろしくな」
「わかった。……じゃーねー!」
ブリウスは手を振りながら走って帰ってゆくジャックを見えなくなるまで見送った。
ブリウスはそれから操舵室に入り、毛布を肩に被って椅子に腰掛けた。
漫画本を読みながらやがてウトウト目が閉じる頃、外から窓を軽く叩く音が。
「おーい、いい子にお留守番してたか?」
ルカおじさんが入ってきた。
「あ! おかえりなさい」
目をこすりながらブリウスは立ち上がる。
ルカの後にリッチーも入ってくる。
「ただいま。寂しかったろ。遅くなってすまなかったな」と言いながら中の様子を見渡すルカ。リッチーも同じように。
ルカが目を丸くして言う。
「ほぉ、綺麗になったもんだ! よくここまで掃除したなぁ、えらい!」
中は見違えるほど美しく、隅々まで整理されていた。
ウッドパネルはピカピカに光り窓ガラスは一点の曇りもなく、埃ひとつない。
デッキの方も隈なく掃除されていた。
ルカの大きな手がブリウスの頭をクリクリ撫でる。
「おーしゃ、ご褒美! 何が欲しい?」
「へへ……」とブリウスは鼻をこすり
「違うんだ。一人でやったんじゃない」
「え?」
するとリッチーが前に出て右手を差し出した。
「もしかして、この鍵の持ち主と一緒に?」
リッチーの右手のひらには赤い紐のついた鍵。
「ドアの隅に落ちていたぞ。家の玄関のものだな」
ブリウスはそれを見つめ首を傾げた。
「うー……ん。あ、多分掃除してて落っことしていったのかな」
ルカが迫る。
「はあ? どういうこった? 誰かをこの船に上げたのか?」
少し声を荒らげるルカに動揺するブリウス。
リッチーはルカの肩をぽんぽん叩き、ブリウスの前に屈んで口元を緩めた。
濃く勇ましい口髭が左右に広がった。
「言ってごらん。いったい誰がここにやって来たのかな?」
ブリウスは上目づかいで答えた。
「……ジャック兄ちゃん」
****
そしてジャックは今日も警察署に立ち寄った。
窓口の年配の男は呆れ顔で彼を見つめた。
ジャックはいつものように訊く。
「担当のハリーさんをお願いします」
「……先に言っといてやるが、今のところまだ情報はないよ。それに」
「それに?」とジャックが詰め寄った時、その肩を後ろから掴む者が。
振り向くとブリュネットの髪の女が申し訳なさげに微笑んでいた。
「誰ですか、あなた」と見上げるジャック。
「ジャック・パインド君ね? 私はセリーナ・サーカシアンといいます。ハリー・イーグルに代わって私が担当になりました」
セリーナは屈んでその手を握る。
怪訝な顔のジャック。
それはあっさりとした口調の、まだ若すぎるセリーナに対しての、不安。
「ごめんねこんな新米刑事だけど。ハリーから全て聴いてるわ。これからは私が面倒見ます」
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