A14R14:確実に臭い

 太陽が昇り、朝担当も起き出してきた。イナメは炊き出しの支度をしながらキメラの姿を探す。音もなくカモフラージュされた服装なので見つけるだけでひと苦労なうえ、いないものとして扱うよう言われている。それでも今日ばかりは、夜の出来事を聞いておくべきな気がした。


 キメラが動く姿を見たらもっと訊ねるべき内容ができた。森林の奥にある一点へと見知らぬ人物を並べている。


「何事ですか? この方達は」

「帝国の偵察部隊だ。全員シメといたから安心しな」

「一人で? 四人も?」

「向こうにもう一人いる。覚えときなよ。数がどれだけ多くても、見つけてない相手には攻撃も防御もできない」


 キメラの言葉は自分たちにも向いている。暗躍する存在がいるなら、どう対処するにも見つけてからだ。この五人は見つけられなかった結果だ。


 服や装備を外し、肉体を誰かの栄養にしやすく処理する。菌が食べて、その菌を虫が食べて、その虫を鳥が食べる。あらゆる形に変化し続ける命のバトンだ。キメラは最後に黙祷を捧げる。アナグマでは珍しい。


 キャンプにはミカが新しい情報を持ち帰った。キメラは狙いを斥候に絞っていたので、主戦場の動向を初めて耳にする。再確認と合わせて聞いていった。


「報告。昨日まで飛んでた飛行機が、今日は見当たらない」


 最初の二日は静かなものだった。遠くに見える豆粒ほどの戦車が戦ってるんだか戦ってないんだか、まさかただの砲丸投げ装置じゃあないだろうに、戦場は静かそのものだった。


 その後の五日はずっと四機の飛行機が上空から見下ろしていた。爆発の数が少なく、一方的にならないあたり、高度以外の性能はまだ手に負える範囲らしい。中でも投下できるものを少ししか搭載できないのは致命的だ。


「ほとんど一定の軌道で飛んでたけど、今日はどこにも見当たらないのよね」

「ほー。別の場所へ向かったか、もしくはキノコか誰かが滑走路と補給線を潰したかだな」


 共和国の優位を決定づけていた飛行機が失われたなら、あとは帝国の連中がうまくやる。互いに損失は免れないだろうが、共和国の連中ならしばらくは捨て身の攻撃でも続ける。停戦の判断を下す主導権を帝国に持たせれば、少しは理性的な判断にも期待できる。


 残る懸念は、帝国が勝機と見て共和国に攻め込む場合だが、これはアナグマ製の自走砲部隊の隠れ場所が近い。これまでの情報通りなら迎撃できる。エンからの情報を加味しても、判断は動いてからになる。


 この場でのキメラの役目が決まった。


「全員に連絡。近い夜にユノアからの連絡が来る。それが見えたら翌朝に下山するぞ」

「昨夜にあったわけね」

「そうだ。向こうの五人だな。リーダー格が持ってたのがこの信号弾で、これを見て動く計画だろうから、もう動けない」


 キメラが漁った道具の残りは携帯食や武器だけで、唯一の連絡手段が信号弾だった。懸念は何もない。痺れを切らしての強行に備えて一応は待つだろうが、弾丸は三発でいい。残りは余らせて持ち帰る。


 ミカは遺品を検めるが、目当ての品が見つからない様子でキメラの元に戻った。せっかく食べ始めようとフーフーしていた椀が後回しになる。


「ドッグタグもあったでしょ? 名前を教えてよ」

「リーダー格は大尉のセーゼンだ。残りは向こうの山から探してくれ。何に使う?」

「彼らにもきっと家族がいる。商売チャンスよ」


 ミカはこれまで一番に満足げな顔で言う。キメラは同情している。泣きっ面に蜂とはこのことだ。夫を喪った上で性悪女のカモにされるとは。


「とりあえず楽観はまだにしとけ。連絡が来るまでは昨日までと同じ、警戒し続けろ」


 それから数日後の夜に、ユノアからの知らせが届いた。観測所へ応答して、下山の準備をする。


 決まったところでミカが口を挟んだ。内容はおおむねキメラの予想通り、このまま帝国へ乗り込みたいらしい。


「これから内情が必要になるでしょう。私は先に、帝国へ行っておくわ。こう見えて顔は通るから」

「どうせなら共和国のほうがいいんだがな」

「あそこは面倒で面倒で、近づきたくないわね」

「同感だ。まあ、好きにしろよ。金儲けも含めてな」


 ミカは普段着に戻り、未明のうちに帝国側へ消えていった。風呂の当ても忠告はした。暗闇での下山も。周囲には決して真似するなと警告する。ミカ本人が見えなくなったあとで、サグナが懸念を口にした。


「いいんですか? こんな動きで」

「構わんよ。もしこれが情報を持ち逃げする気なら、このまま戻っても隠すだけだからな」


 キメラはひと呼吸を開けて、別の線に思い当たった。サグナが言いたいのはそうじゃない。もっと重要な、決して無視できない大問題が待っている。目先の話にかまけてガンコーシュ帝国を分裂状態にさせた妖姫の話を伝えそびれた。


 追うわけにもいかず、ミカならなんとかすると信じるしかなかった。


「私らは戻ってすぐ風呂に入るぞ。嗅覚疲労といって、自分では気づかなくても、確実に臭い」

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