A12R12:生きるため



 エンをキャンプまで持ち帰るにあたり、万が一に備える必要がある。キメラは隠れるために道具を持たない。エンの袖を引っ張って結ぶ。抵抗しないあたり、戦場をわかっている。


 見張り当番のサグナが人影に対し咄嗟にナイフを構えた。キメラが小声で「大丈夫だ」と言った後もそのまま警戒し続ける。信用できるやつだ。


「その者は?」

「今の所は敵意なしの客だ。奥で話をつけるから、その間に適当な一人を起こして、こっちに回してくれ」


 キャンプの規模は決して見せない。洞穴の奥まで運んでようやく目から手を離した。小さな蝋燭だけを灯りとして、エンを座らせる。遅れて来たヨルメを加えた三人でガールズ・トークが始まった。


「さて自称・元皇帝。改めて聞かせてもらおうか。まずはいつからこうしている?」

「九年ほど前からだ。退位の後すぐに隠れ家に潜んだ。八人の部下から外の事情を聞き、小屋で隠居するつもりだった」


 エンは袖に押し込まれたままの手でどうにか水を飲む。その間にキメラは、聞いていた情報をヨルメにも共有する。


「私が退いた後、妖姫派が実権を握った。好戦的で、独善的で、民のことなど何も考えていない。正直なところ、長くないかもしれない。鬱憤が溜まれば内側から崩壊する」

「そうは言っても戦争をふっかけられたんだ。好戦的でなくても戦うしかないだろ。あんたは違うのかよ」


 エンの前に軽食が運ばれてきた。サグナが気を利かせて、疲労に効く豆入りのお粥を作った。獣除けのためにかまどは夜でも燃えている。


 礼を言う前に離席したので、残っているキメラとヨルメに伝えてから、話の続きをした。


「そこだけなら違わない。妖姫派の問題は積極性にある。いかにガンコーシュ帝国の技術が優れていようと、圧倒には満たない。その常識が徐々にだが、覆されかけている。妖姫派はどこからか技術を持ち込み、勝ち目を見出したらしい」


 キメラの手持ちの情報と噛み合う部分が増えた。スットン共和国の増長もどこからかやってきた技術に起因している。エンを信用する材料としては弱いが、決め打ちで信用するしかない状況にある気がした。


「次に行くか。なぜ私がアナグマだと?」

「八代目皇帝・コートムを狙撃するつもりだっただろう。失敗に終わったが」

「それは私なのか?」

「あの依頼は私の部下のものだ。貴重なチャンスを作り、成功したならよし、失敗してもアナグマの情報を得られる。流石のアナグマも、死んだはずの人間までは調べられなかったか」


 キメラの記憶からひとつの顔が浮かんだ。さも迷い込んだ風を装う、胡散臭い子供がいた。


「あの嗅ぎつけてきたガキはあんたの差し金か」

「それは違う。妖姫側か、偶然か」


 キメラはどこまで信用するか推し測っている。エンが明かした手札は、この場で騙す目的にしては重すぎる。本当にあれがエンの配下でないなら、やがてまずいことになる。妖姫派は子供を諜報員に使っていて、大人では怪しまれる場所にも平気で近づける。


 アナグマが年少者を使うのとは訳が違う。欲求に基づいて役目を与えたならいいが、数が多い者らがそんな扱いを認めるのは違和感がある。


 ここでヨルメがキメラの発言を咎めた。盗み聞きへの備えとして、その日を知らなくても得られる情報を見つけるため、意図的に蚊帳の外にしていた。嗅ぎつけたガキとは何者か。その日を知らなくても推測に使える材料がキメラから漏れた。温和なヨルメも強い言葉を使う。情報としては些細でも一事が万事だ。キメラは昂った感情を理解し、すぐに「悪い、助かった」の一言に続けて深呼吸をする。


「アナグマの流儀なのか? 随分と生きにくそうだが」

「生きるためだ」


 成功のためならば苦しくても実行する。そんな気質の連中は、アナグマ以外では逆に疎まれやすい。問題を明かす指摘を嫌う者さえいる。隅々まで徹底してこそ価値あるものでもお構いなしに、一時の感情に流され、失敗の種を育てる連中だ。そいつらと付き合いきれなくなった集まりがやがてアナグマと呼ばれ始めた。誰であっても対等に、欠点を指摘しあい、自らを高めあう。


「最後だ。依頼の内容を話せ」


 キメラの雑な言い草にもエンは同じ態度で続けた。


「我々に協力させてほしい。情報収集ならきっと役に立つだろう」

「味方はいないはずだろ」

「この場には。今はカラスノ合衆国に数人の生き残りがいるはずだ」

「そいつらの服、食料、住み処、娯楽用品、あとは武器と乗り物も要るな。何人分だ」

「そうまでは言わん。情報の対価は食糧が得られればいい」

「強がるなよ。その体調で潜伏は無理だ。話はつけてやる。さっさと人数を言え」


 当然のように話すので理解が遅れた。エンは静かに涙を流し、頭を垂れた。この頭に手が触れる期待さえあった。自分がこうして、誰かの助けを受け取れる日など、とうの昔に諦めていたのに、今は目の前にある。


「早くないか、信用するまでが」

「好都合だろ? アナグマはそういう場所なんだよ。居場所がない奴の居場所となる。必要な対価は、生きるために尽力するだけだ。全員に伝えておきな」

「恩に着る」


 エンを夜のうちに出発させた。ヨルメに連れられて一番堂へ向かう。こで新たな仲間を受け入れられたら、きっと助けになる。


 キメラは持ち場に戻る。先の二人が歩き去る物音でイナメも起きて来ていた。ここでは何も話さず、目の前に集中させる。兵が睡眠不足になれば本来の能力を発揮できずに死ぬ。少人数の前線では一人の価値が高い。ヨルメが抜けた分もあり、これ以上は減らせない。


 特に、鳥たちが飛び去る音が増えた今は。

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