千年妖姫の杯
エコエコ河江(かわえ)
1章 開戦、スットン共和国
1/4 前線組の情報
A01R01:前線の操舵手
荒野。スットン共和国領へ向かう者が山と草原を越えたら、最初に出迎える名物がこの演習場だ。広大な領地に油や鉄の破片を撒き散らし、新しい機械を作り続ける。思いつけば試す無鉄砲な文化もあり他のどの国より機械を発達させたが、代償として人間が無鉄砲に死んでいく。そのおかげもあり、荒野に菌の餌が供給され、かろうじて完全な不毛ではなくなっている。
偵察に訪れているのが傭兵団体アナグマの二人だ。「スットン共和国で大規模な軍事演習をする」と短い情報は確度も出所も疑問符が並ぶ。誰もが興味を持たず、現地の潜伏人員に任せるだけでいいと判断する中、真っ先に立ち上がったのがキノコだ。
弱冠十一歳にしてアナグマの機械技術を最先端で指揮する少女の目的はごく単純、「共和国の技術を見ておきたい」のみ。アナグマの人員は個々人の意志で動く。今回は知識欲で。その護衛と助手を兼ねて、共和国出身のキメラが同席した。
「キメラおねえちゃん。二〇分も過ぎて何もない。帰ろっか」
「まだだ。時間にルーズってのはこんなもんじゃない」
キメラは寝転んだまま、くすんだ金髪をかきあげた。アナグマの一員は往々にして出身国と反りが合わない過去を持つ。キメラは時間へのルーズさを国民性と言い、馴染まなかった理由を未だ見せずにいる。仲がよいキノコにも、まだ。
「キノの方は? レーダーが見落としてるなんて御免だぞ」
「大丈夫、ちゃんと地平線のずっと向こうまで見えてるよ。きの特製だもん」
キノコは狭い空間でも胸を張る。赤土色の迷彩服で溶け込んでもなおよくわかる頭をキメラは撫でてやる。短い栗毛の先が揺れる。機械の扱いにおいてキノコの右に出るものは大陸全土を合わせても現れず、いつも過去の自分との比較で成長を実感している。ライバルがいない孤独を少しでも紛らわせるため、アナグマの多くは協力的だ。
狭い塹壕の中、二人のほかには小型の移動用ビークルと、積荷の機材。当分は暇なキメラは、一応は飛び出せる準備だけで空を見上げていた。雲ひとつない青空を眺めながら脚を立てる。暇なときに居眠りを防ぐ。
「ん、んん? おいキノ。レーダーに反応は」
「ないよ。っと、一台だけ映った。まだ地平線の先で、小型の車両だね」
「そのレーダー、高度はいくつまで届く」
「このへんなら、王国側の山の七分目かな」
キメラは体を起こし、指す山を斜めに見上げた。目算で七分目は森林限界より高く、木々がなくなる岩山が青みがかっている。遥か高くまで届くレーダーでも捉えられない高度を動くもの。行動はすぐに決まった。
「撤退するぞ」
「なんで!?」
「鉄の鳥が見えた。そのレーダーで届かない高度のな」
キメラはすでにビークルに乗り込んでいる。こちらが捕捉できない相手が上空におそらくは二機三機、いやもっと。共和国の演習が始まっていた。気づかなかっただけだ。キメラの想定ではすでに生き残る見込みは薄い。それでもこの場に留まるよりは、少しぐらいはましになる。
「乗ったな?」
「乗ったよ」
キメラはアクセルを捻る。キノコが作り上げた鉄の馬ランスホイール号が唸って塹壕を飛び出し、そのまま大陸の中心へ走った。荒野に隠れ場所はない。見つかっている。
後ろにいるキノコに衝撃への備えをさせる。山に近づき、いざとなったら麓の森林部に転がり込む。前後に並んで二人ぎりぎりの小型機だ。機材はキノコが小柄ゆえに強引に載せている。固定したので棍棒にはならない。
キノコは隙間から空の一点を凝視している。小さな点がよく見たら十字に見える程度で、正確な形が見えるはずはない。それでも凝視する。やがて何かの情報になるかもしれない。他にできることもない今、少しでも可能性を広げておく。甲斐あって、迫る小さな破片がわかった。
「キメ姐、爆撃が来る! 避け先は左、およそ十秒」
「無茶かよ。頭守れよ!」
レバーを左へ倒し、足元が荒野から草原になる。信頼あるキノコの設計なので、草が長くとも絡む心配をせずにそのまま踏み潰して進む。衝撃への備えとしてキノコが数字をつぶやく。四、三、二、一。余裕を持たせた分を待って、右翼から爆風が襲いかかった。
車体が吹き飛ばされる。転がりやすい形で衝撃を和らげてもなお中身は振り混ぜられ、遠心力で頭への血流が不足し、視界がなくなっていく。色覚が麻痺するグレイアウトを超えて、完全になくなるブラックアウトまで。キメラは力んで血圧の低下に抗い、意識の喪失だけでも防ぐ。
爆風に煽られた甲斐あって木々をねじ伏せて、森林部の奥深くまで転がり込んでいる。ひとまずは追撃はない。共和国の連中も、山火事は避けたがる。キノコがどうにか車体を出て、運転席のキメラを揺り起こした。
「立てる?」
「なんとかな」
「よかった。場所もちょうどいいし、先に歩いといて」
「どこに歩く? ちょうどよくもないだろ」
「まだ聞いてない? この近くに新しく作った地下道」
「あーそれは、すまん。寝坊した」
キメラの情けない話に失笑しながら、時限式の自爆装置を起動した。アナグマは山火事を起こしても構わない。恩の押し売りで交渉材料が得られる。
二人はアナグマの隠し通路へ向かう。各地の隠れ場所も兼ねた地下道は、キノコが参入してから、神出鬼没さが増した理由のひとつだ。アナグマが隠れ蓑にする表の顔、宗教団体エルモの礼拝堂同士を繋ぐ役目もあるし、部外者が使いきれない細工もある。
念のため、空からの監視を欺く手として、風が木々を揺らすタイミングに合わせて進む。キメラは粗野な振る舞いが目立つが、こう見えて周囲の機微を読み取る目や耳が繊細で、特に野戦に関してはアナグマ全体でも一目置かれている。普段の拠点としている礼拝堂が一番堂と呼ばれる理由はキメラの存在も大きい。
「見えたよ。そこの岩の亀裂の中」
「よく通したな。こんな狭いところに」
「へへん」
状況もあって控えめな主張でも、キノコの顔に書かれた言葉は読みやすい。
「ああ、えらいぞ。よくやってくれた。今度、でっかいケーキを買ってきてやる。みんなで食べよう」
「やったあ! キメラおねえちゃんすき!」
上機嫌なキノコに連れられて地下へ降りていった。岩の隙間は狭くて臭かったので、念のため全身を払っておく。虫や菌を拾ったら危険だ。
暗い通路で、ハッチを閉じるといよいよ光がないが、足元が平らなおかげで左側の壁に手を当てればどうにか歩ける。しばらく進んだ先の、弱々しい光の目印を越えて、トロッコに乗ったらようやくひと休みができる。無人の貨車の荷物の間に強引に乗りこみ、スケジュール通りに動くまで待つ。
アナグマの中心、大聖堂へ。
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