あの人が大好きで


明日香は、ただ夢の中で自分を救ってくれたあの人が、今でも大切に守ってくれていることを、ずっと話そうとした。


「さっきから、あの人、あの人と言ってるが…」

どこの馬の骨、という言葉を父親は飲み込んだ。幻覚を本人の前で否定すると症状が悪化すると主治医に注意されている。


寄り添う姿勢が大切なんだと教わっている。

「『あの人』の何処が好きなんだ?」

主題をどうにか切り替えた。

すると明日香は顔を赤らめた。


「どうってこと……でもないんだけど、私はこの世界の人間じゃない。彼もよ」

明日香は確かにそう言った。


そして、こんな怪奇が満ち溢れている夢の世界の自分なら何でも出来るかもしれないと釈明した。


自分と自分が今生きている日常とは違うその世界で、この世界の自分と同じ夢を見させてくれる人が現れるかもしれないと。


母は諭した。

「不安があるなら何でも言ってちょうだい。お金なら父さんと私で何とかするから。明日香が落ち着いてから『あの人』を紹介して」


「……もう、いいの。これで、いいの。……夢……は、嫌だけど、でも、その先の現実的に進むところは、なんだか全く別の感情を持つ場所なの。私は、私ではない、でも心配ない。そう、これは夢なんだから」


明日香はフラフラとベランダに足を運んだ。

「私にはあの人が待ってる…」

「ちょっと、明日香。お父さん!」

大人の男女二人がかりで明日香を押さえつけた。

しかし、そこに娘の靴だけが残っていた。

寒風に揺れるカーテン。

それをもう一組のカップルが見おろしている。


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