ストラットダンサー

水原麻以

高機動戦闘爆撃機ミストラル

そいつらときたら、羽ばたくたびに瘴気と飛沫をまき散らす、生ける害悪そのものたった。

グラデーションの雲に胆汁色の体液が混ざると、言葉にできない刺激が鼻腔を突く。


だから、一刻も早く灰燼に帰すべきだ。アグネスは視線で照準をいじくると、正方形の枠内に翼竜を捉えた。

王国の空を蹂躙するそいつらは、ヨーロッパ中世時代のロマネスク・ゴシック美術にみられるような、のんびりしておおらかなドラゴンたちと似ても似つかない。

むしろ人間的で残忍な表情をもち、奇妙で複雑怪奇な突起をまとい、おどろおどろしい脅威として人々を悩ませている。



「ボギー2。カモメとアジサシは両翼から挟撃。ウミネコはバレルロールで頭を叩く」


アグネスが手短に指示を下すと、僚機が翼を振って応えた。1秒もたたないうちに視界から消える。高機動戦闘爆撃機ミストラルはアフターバーナーを使わずに音速を超える。

ワイバーンは翼を縮めて短く羽ばたくと、急上昇した。ここから先は量子電算機の独壇場だ。カモメとアジサシ小隊が大きな迎え角で追いすがる。機首の大きな補助翼(ストレーキ)が強力な渦が巻き起こる。

ふらつく機体にコンピューターの補助が入り、何事もなかったように姿勢を正す。僚機は莫大な渦流に乗ってワイバーンどもをごぼう抜きした。

アグネスもスティックを傾けると、太陽が左上から右後ろ斜めへ飛び跳ねる。握りしめたスティックを倒すと世界が青一色に染まった。

鋼鉄の翼は神の喉元に刺さる剣のように、そそり立つ。ミストラルは推力比が2.0に近い。やろうと思えば高度0から垂直離陸できる。

いまいましいワイバーンに抗うためには充分すぎるスペックだ。


バイザーには15個の輝点が矢じりのように整列する。それをひとかたまりとして、同じ規模のグループが正三角形の頂点を形づくる。その中心に敵を囲い込んだ。

「カモメ、アジサシ。タイミングを逃さないでね」

アグネスは両翼を担う小隊に難しい注文をつけた。ワイバーンの群れは追いつめられると団結して一点突破を仕掛けてくる。ドラゴンブレスやファイアボール、果ては地上でしか使わないかぎ爪まで繰り出して悪あがきする。


両小隊はつかずはなれず、微妙な距離感でワイバーンと睨みあう。わずか数メートル隔てて、血走った眼球の静脈まではっきりと識別できる。少しでも入り込めば縄張りを犯したとして袋叩きにあう。

逆に離れすぎれば、安心感を与え、送り狼のごとく火球をぶち込んでくる。勢力争いを避けて瀬戸際外交を行う彼らの習性を利用した、まさに紙一重の戦いだ。

「ねぇ、ウミネコ。ずっとこれを続けるの?」

「いつまでもあると思うな親と燃料」

カモメとアジサシの隊長は姉妹揃って口が悪い。

「慌てるウミネコは貰いが少ないというね。黙ってついといで」

アグネスはボス竜の生体反応をモニタリングして、疲労の色を感じ取った。



「いける!」



うみねこツンドラ飛行中隊は海猫、鴎、アジサシの3個小隊 作戦機総計48機から成る王立航空軍の中核戦力だ。

流氷を蹴って羽ばたく海猫よろしく、高機動バーニアと重力を相殺する慣性制御システムによる縦横無尽の運動で攻撃対象を翻弄する。


「ワンコーラスで決めるよ。ウミネコ、オンステージ!」


アグネス中隊長の号令下、15機のミストラルがボス竜直属の親衛隊を狙い撃つ。


ミストラルは莫大な電力を消費する重力・慣性制御システムとバーニア用推進剤の搭載量制約から1作戦あたりの活動限界は3分46秒と極めて短い。そのため、極限まで操作効率を追求した結果として、機体は操縦席を廃し皮膚密着ボディースーツ型のマンマシン・インターフェイスを採用している。従来のパイロットスーツと違う点は皮膚密着型のデータリンクでなく、人体のキルリアン場(俗に言うオーラ)で情報の媒介を実現している。そのため、ドレスアップが可能になった。

パイロットは機上に展開したキルリアン場に守られて、振り落とされることなく、舞い踊る。


無線帯域を軽快なイントロがにぎわせる。ワイバーンの小脳を沸騰させる高周波を含んでいる。アグネスの目と鼻の先でボス竜が苦悶し始めた。

シンセブラスが主旋律を奏で始める。3:45……3:44……蛍光ピンクのカウンターがワイバーンどもの余命を数え始めた。

親衛隊の一団がボスから離れ、カモメに襲い掛かる。

「ハイ、ハイ、ハイ!」



アグネスは両腕を翼のように水平にして、上体を左右にひねる。ウミネコ小隊はバレルロールで親衛隊を翻弄し始めた。激しい運動に機体が悲鳴を上げる。


どうせ作戦終了後に廃棄する。戦闘機はバッテリーと燃料タンクの塊みたいなもんだ。おまけに高速機動をすれば金属疲労も無視できまい。よって、戦闘終了後、搭乗員はスーツを投棄して脱出する。固定武装は無く翼下パイロンにハードポイントが用意されてはいるが、デッドウエイトでしかない。

慣性制御システムを駆使して大気中の浮遊塵芥を加速、投擲するのだ。

当たれば埃でも十分な加速度と運動量により、相応の破壊力を期待できる。機体と一心同体となったアグネスは攻撃スキル【ストラットダンス】で敵戦力を削っていく。

右往左往する群れにアジサシ小隊が飛び込み、混迷に拍車をかけた。

とどめにカモメ小隊が参戦。散り散りになったワイバーンを各個撃破していく。


その様子を首都オドラの領主。オドラ・ポンダ王がじっと見守っていた。庭園に特設されたステージにストラットダンサーの妖艶が余すところなく投影されている。

戦闘吟遊詩人(バード)たちがラップ調の加持祈祷で彩を添える。

あっという間の3分46秒。ワイバーンの血肉が畜産農家に降り注ぎ、戦闘機の噴煙が王都の郊外にたなびいた。

水平線に爆炎が連なると、来賓が万雷の拍手でたたえた。



「アグネス・イアハート。お疲れのところ申し訳ありません」

アンダースイムショーツ一枚で汗を洗い流していると、浴室の外から侍従が呼び掛けてきた。


「なんなの?」

キュッと引き締まった腰に濡れ髪が垂れ下がる。

「失礼します。オドラポンダ陛下のご命令ゆえ」

ビキニ姿の従女は背中を流しに来たのではなさそうだ。もっとも、その類のサービスをアグネスは辞退した。

「で、急用なの?」

つい、声を荒げる。疲労困憊したアグネスは気が立っていた。

「王立アカデミーの学者たちが是非とも『内政チート』とやらを授けていただきたいと」

唐突な申し出に思わず拳を握りしめた。オドラは情緒不安定な女だ。侍従を殴ったところで気まぐれが治る保証がない。

だいいちそんなことをすれば、地球に帰れる日が永久に遠ざかるだけだ。

アグネスは深呼吸を繰り返して、余所行きの笑顔を作った。

「光悦至極、五分後に参りますと伝えて☆」


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