アコルディウス
「今すぐその首を切り落としてやるから」
「そうそう、そうやって、いつもみたいに威勢よく吠えろよ」
「さあ、行こうか」
「さようなら、メル」
――ズドオオオン!!再び、建物が崩壊する。
メル・リンドは死んだ。あっけない最後だった。
「ふぅ……」と息を吐くと、エルは構えを解き、剣を収めた。
「終わったな」
エルはメルの死体に近づき、懐から拳銃を取り出すと、躊躇なく自分の頭に向けた。
「さらばだ」
そして、引き金を引こうとした瞬間、
「させるか!」
メル・リンドの亡骸が動き出し、エルの拳銃を蹴り飛ばした。
「なに!?」
エルが驚いている間に、メルはエルにタックルする。
「ぐおっ……」
二人はもつれ合いながら倒れる。
「離せ!」
エルだったものが叫ぶと、亡骸が崩れてどす黒い瘴気が立ち込めた。それがもぞもぞと竜を形作る。「我は調整神アコルディウス。世界の歪みを正し調和を守護する者だ。お前は大宇宙の法則を乱し神の意志に背く輩だ。裁きを受けよ!」「くそっ」
アコルディウスの背にはバッドエンドと読める文様が描かれている。そして「ピーケー!ピーケ―!」と鳴きながら、その場にいる者どもを次から次へと食い殺していく。
「この野郎!!」
エルは回避スキルを全開しつつ周囲に助けを求めた。「誰か手伝ってくれ。あいつを何とかしないと!」
「もうどうにもならない。この世界は崩壊する。お前も早くログアウトしろ」
と、エルの背後から声がする。振り返ると、そこにはエルによく似た姿の男が立っていた。
男はエルの方を向かずに言う。
――ドンッ!ドンッ! と銃声が響き渡り、エルに似た男の背後にいた者たちが次々と消えていく。
そして、エルと似た男がこちらを向いて、にやりと笑う。「悪いね。君とはここでお別れだ。君は元の世界に帰りなさい」
「待ってくれ、俺はまだ……」とエルが言うと、「大丈夫、君は死なない」と男が言う。「でも、ここは危険だから、すぐに立ち去るんだ」
「でも……」とエルが迷っていると、「行きなさい」「……」「さあ、行くんだ」
「ああ、わかったよ」
エルはしぶしぶとその場から去って行った。
「さて……」と男が呟いて、「私と決着をつけるかね」と、アコルディウスに向き直る。
「ああ、望むところだ」
そして、戦いが始まった。光線が炸裂し、技同士がぶつかりあい、世界が蒸発した。勝負は一瞬で突いた。最強同志がせめぎ合う野田からおのずとそうなる。だが、結末は違った。男が勝ったのだ。
――ドンッ! と銃声が鳴り響く。そして、男の身体は光に包まれる。
「……」と男が口を開く。「私の勝ちだな」
しかし、次の瞬間、男の背中に光の翼が現れ、飛び立った。歯ブラシ太郎の降臨だ。そいつは隣のゲームサーバーを司る神だったがさっきのバトルのショックで回線が混信してしまったのだ。歯ブラシ太郎は闘いとは全く無縁のほのぼの日常ゲームだった。喧嘩はご法度である。だから歯ブラシ太郎は二人をBANすることにした。こうしてエルとアコルティウスはアカウントを凍結されてしまった。
もう戦いはないのだ。
トーク機能はまだ生きている。グループ内の別会社が運営しておりANされるまで3分ほどある。
「……」とエルが呟く。
「……」とアコルティウが答える。
「……」
「……」
「……」
「…………あのさ」
「なんだ?」
「俺が死んだら、お前を道連れにしてやるよ」
「……」
「お前が先に死んだら、俺はお前の後を追ってやる」
「……」
「だから、安心して逝けよ」
「……」
「さようなら、俺の弟」
退会ボタンをクリックした。
そして、エル・ドラドは死んだ。
「ふう……」と息をついて、「これでいい」と言ったのは、アコルティウスだ。ログアウトして見れば自分はタダの引きこもり大学生、山田無学〈22歳〉。周囲にはカップ麺のカラ、腐った飲みかけコーラ、臭い靴下。そして溜まりにたまった請求書。
それを見て「ゲッ!」と驚いた。凍結のペナルティーやらもろもろの請求額二億円。聖アコルディウスを名乗って私怨私腹でルール無用のプレーヤーキルを繰り返したツケだ。手塩にかけて育てた自キャラを理不尽に殺された人々の恨みは計り知れない。しかし生身の人間と違って金で解決する話だ。
賠償金で新しいキャラを作り代行業者に育成を依頼することもできる。その諸経費を負担せよと被害者たちが求めている。
そのあまりの金額に山田無学は心臓発作を起こして死んだ。どんな世界にも負けられない戦いはあるが、1円たりとも『負けられない』戦いもあるのだ。聖アコルディウスはゲームバランスを崩す害悪であった。だから運営によって整えられたのである。
これでこの物語は終了である。
あとがき。『ぼくらのゲーム戦争』を読んでいただきありがとうございます。
今回はプロローグ以来久々の登場となる主人公、山田無学の視点で描かれました。
彼は本編の主人公エル・ドラドの弟です。
エル・ドラドは兄の仇を討つためにセクター35に降り立ったのですが、そこで出会ったアコルディウスという存在が世界を崩壊させてしまいます。
一方、山田は無能で引きこもりでしたが、彼の部屋で偶然見つけた『伝説の勇者の伝説』(富士見ファンタジア文庫)を読み、自分が本当に必要なものを見つけて勇猛果敢に立ち向かい、最後は見事、世界を救うことに成功しました。
これが今回のストーリーの大筋となります。
実はこれ、プロット段階ではなかった展開なのですが、どうしても入れたくて入れちゃいました。
そして、これは作者からのお願いなのですが、どうか「面白かった」と思ってくださったら、ぜひぜひレビューや感想をよろしくお願いします! 特に「こんな話を待ってた」みたいなご意見があれば、作者は泣いて喜びます。(笑 ちなみにこの作品、現在改稿中でありまして、もしよろしければまた読みに来ていただければ幸いです。
最後に、本書を手に取ってくれた読者の方々に感謝の意を表し、謝辞とさせて頂きます。
イラスト:有沢蒸発様
校閲:三上赤信号様
出版:株式会社KASOKAWA/エンタープロティン
ジャングルデイズ、スヴァールバル:収容所列島「戦士たちの彷徨と友情―追憶都市ポリスにて、現実と仮想が交差する中、一人の少尉が立ち上がる―」 水原麻以 @maimizuhara
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