ジャングルデイズ、スヴァールバル:収容所列島「戦士たちの彷徨と友情―追憶都市ポリスにて、現実と仮想が交差する中、一人の少尉が立ち上がる―」

水原麻以

「負けられない戦いと聞いて…」

「負けられない戦いと聞いて…」

セクター35に降り立ったメルは現場と募集条件がまるっきり違う事に戸惑い、安堵した。追憶都市ポリスの求人にありがちな齟齬だ。

自動小銃を帯びたメイドが二人、新人などお構いなしに談笑している。罠なのか本気で怠けているのかわからない。だが油断は禁物だ。最後の肉体が地上から消えて百年。戦争は仮想化されて続いている。

徴募局で支給された銃は本物だ。当局の認証がなされ引き金を絞ればプレイヤーキルできる。ただ、いきなり初陣でそれは御免被りたかった。彼我の戦力は十年前から拮抗してて、朝三暮四の和平協定が兵士たちの眠気覚ましに落ちぶれている。完全な停戦合意に至ってないが散発的な発砲はいい刺激になる。そこは向こうの歩哨も承知のうえで、わざわざ次の協定破棄を教えてくれる。

「あのう…」

メルはロックを解除しつつも慎重に銃を構えた。二人が潜入者であれば無傷で自分を招き入れた意図がある筈だ。見極めて先手必勝あるのみ。

突然、スカートの裾が揺れた。次の瞬間、世界が驚くほどの速さで明滅した。

バリバリと鼓膜が震える。ズシンと大地が揺れた。と、同時に叱責が飛ぶ。

「メル・リンドだっけ? 少尉ならアムの隊を率いておくれ」

メイドの片割れがすぐ脇にしゃがんでいる。片膝を立てて、ドレスの裾をめくり、太腿に巻いたベルトから鉄鋼焼夷弾を抜く。

「アム…さん?」

「そこに血だるまで転がってるだろ。20人が指示待ちで孤立してる。ボヤッとしてないでさ!」

女があごをしゃくると岩陰に肌色のボールが見えた。ブロンドの尻尾が生えていて、白目を剥いている。小隊長の襟章がどくどくと血を吸っていく。

「ひっ…」

メルは咄嗟に目を逸らした。「メル・リンド。適応偏差75。優秀な士官と聞いてがっかりだよ」

アムの相棒に言われたくない。メルの闘争心に火が付いた。転がりながら掃射を避け、マイクを握る。同時に視野が欠け、等高線と赤外映像が被さる。

「第七小隊。メル・リンドに継承」

言い終わる前に輝点が岩場を迂回する。

「射点を検索、除去せ…」

メルが命令を口にすると矢継ぎ早に報告が入る。

「言われなくてもやってる」

「ほいさ」

「終了~」

だるそうな女たちの声。たちまち三次元マップから敵影が消えた。最後にドカンと一枚岩が砕けて、砂粒が目に入った。

「あんたのせいで忙しくなりそうだよ」

黒煙の晴れ間から第七小隊の一人が歩み出た。

「あの…す、すみませ。ひゃん!!」

強烈なビンタが挨拶になった。

いかつい目で女が睨んでいる。意図せずとは言え引き継いだ階級に照らして自分の方が上司だ。

「今は…私が小…隊長です…よ。も…もう少…し…け…敬意を払っ…てくれませんか」

どもりながらメルが何者であるか言い聞かせる。しかし、相手はピクリとも反応しない。仕方ない。震えながら呪文を唱えた。魔法でなく階級が担保する不条理な呪文。通用するだろうか。すんなり効いてくれるだろうか。不安と恐怖と不信と興奮が胸中を駆け巡る。

その時、アムの遺体が視界をよぎった。躊躇している時間はない。

そしてメル本人の自覚と使命感が背中を押してくれた。すぅっと深呼吸し、吐き出す。

「これは命令です」

女の目がハッと見開いた。

「すまん。小隊長の命令だから我慢するよ」

女はすごすごと隊列に戻った。★当番GMタスクは6面ダイスを3つ振ってメル・リンドの駒を進めた


「で、では。失礼します」

メルは踵を返して小隊長のポジに戻ろうとした。その際、自分が持つ槍の先端がさっきの女に当たった。衝突判定と分岐が起きる。

「ん?」

女がメルを睨み付けた。

「何が……」

メルが戸惑っていると女が興味を示した。

「この槍。あなた『ギフト』を持ってるね?」

女の表情からは喜色や媚びは読み取れなかった。

「『ギフト』て何?」

メルが女の顔に目を向けた。その左半分は血がにじんでいる。

「あなた、ちょっとそのアイテム、見せてもらえない?」

メル・リンドは女の声に耳を傾けた。

「うぐ」

女がメルの両手に槍を押し付ける。メルは槍を見入っていたが、何とか言いあぐねて、女の顔を見上げた。

「メル、今の、本当なの?」

女はメルの青い瞳の向こうに光る火を見た。

「………うん。たぶん。」

メルは、もう一度女に槍を差し出した。

「ここの……」

柄の赤い突起に軽く触れる。

「うん」

促されて女は握ってみた。

「………!?」

女は、メルの手から槍を引き戻そうとした。

「これは、お前、【ホワイトプレインズ】のメルか…」

「【ホワイトプレインズ】…」

メルは笑みを見せた。今まで以上の笑顔だ。

「その白い目。白い肌。その耳。その尻尾。……まさしく『天賦ギフト』よ」

「いいえ、これは小隊長の属性あかしよ!!」

二人の目の前で、小さな炎が渦巻き、そして小さな白い尾が流れた。








☆当番GMの視界には、新しいメッセージが現れていた。"新ミッション『天命の果てまで進め! 第二層、クリア』"「メル。あなたの属性は?」

女は自分の手を凝視している。まるでメルの熱さに驚いているようだ。だが、次の瞬間には、女は自分の頬の傷に触れて笑いかけた。

「ふ、私のはこんなもんじゃないぞ」

そう言うと立ち上がりドレスの裾を払って言った。

「ようこそ、我らが軍旗の下に!」

メルも慌てて立ち上がる。それから自分の手を握ったり、開いたりした。

「あの、これって……」

その時、女が背後から声を掛けてきた。

「お嬢様~?どこですかぁ~」

はっと振り返るとアムを抱えたもうひとりの女が駆け寄ってきたところだった。アムの首に腕を回し、頭を胸に抱え込みながらこちらを見る。目が合った。

「この子は私が引き受けますんでぇ、行ってくださいぃ、さ、早くぅ」

(何者なんだ……)と首を捻ったときメルはまたも閃光と轟音に包まれた。

☆一方、セクター35の地表では、三人の戦闘用機械が地上部隊の指揮を執っていた。

「こっちはどうなってる」

「第三、第五ともに沈黙。残敵の掃討に入りました」

「第四、第七、共に健在です」

「第一は、今、移動中」

メルが降り立った地点から、岩陰に潜んでいた四人の戦闘用機械が立ち上がったのだ。全員が、黒いドレスを身にまとい頭頂部でまとめたブロンドの髪にヘッドバンドを乗せている。

「お、やっと出てきたな」

リーダーらしき一際小柄なメイドが、腰に手を当てた仁王立ちで見下ろしてくる。

その視線が自分を捉え、すっと横に動いた時メルは何が起きているのか理解した。スカートの裾の先に焼け焦げた地面がある。さっきの射撃で弾けた土塊だろう。

一瞬でメルの背後に回り込んだ四人のうちの一人が声を上げた。

「おや、スカートの裾をお直しになった方が良ろしゅうございます」

「あら、ありゃ。うっかりしていたね」

メイドたちは大げさに顔を覆った。メルも思わず苦笑してしまう。それから、はっと気を取り直して訊いた。

「ここは、第ニ層なのですか?私はてっきり第三層の……」

そこでメルは口を閉じた。四人の表情を見て息を飲む。彼女たちの顔には見覚えがあったからだ。それは先日会った徴募局の女兵士と同じ顔つきだ。つまり、目の前でニヤリと笑いかけたのも同じ種族に違いない。

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